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1457(長禄元)年 〈コシャマインの戦い〉★

2016-08-30 | 『新日本史頻出年代暗記』

●室町時代(後花園天皇 足利義政)

Battle of Koshamain; Ainu people led by Koshamain rebel against Wajin but are defeated.
一死御難だ コシャマイン。
 1457年         武田信広 コシャマイン

渡島半島南部に館を構えた和人の館主らに対してアイヌの不満が高まった。1457年、アイヌの大首長コシャマインに率いられたアイヌがいっせいに蜂起したが、蝦夷地南岸に居住した小豪族蠣崎氏の客将武田信広がコシャマイン父子を射殺し、乱を鎮圧。蠣崎氏を継いで蝦夷地の支配者となった武田信広は松前氏の祖とされる。






《アイヌ蜂起の歴史》

 南アイヌは、松前藩の収奪と和人の侵略に抵抗し、しばしばほうきした。1457年、大首長コシャマインが和人の進出に対して蜂起。蠣崎氏が鎮圧。1699年には染退の総首長シャクシャインが全道のアイヌを糾合して、松前氏となった蠣崎氏に反抗したが、鎮圧され、1789年、国後島と知床半島の目梨のアイヌによるクナシリ・メナシの戦いがアイヌ最後の蜂起となった。
1457年 コシャマインの戦い
1699年 シャクシャインの戦い
1789年 クナシリ・メナシの戦い

小癪(こしゃく)なアイヌ 蜂起する。
  コシャマインの戦い シャクシャインの戦い クナシリ・メナシの戦い アイヌの蜂起

 

 

〈2016早大・社会科学:「
  北方では、人びとは本州から北海道の南部に進出し、港や館を中心に新しい生活を作り上げていった。道南十二館の1つ、[ A ]から出土した14世紀末から15世紀初め頃の大量の中国銭が、この地域の繁栄を物語っている。

問6[ A ]に該当するものはどれか。1つ選べ。


 イ花沢館 ロ比石館
 ハ穏内館 ニ志苔館
 ホ茂別館


(答:ニ)

〈2015早大・人間科学:「
問4 下線部d十三湊を含む本州から、蝦夷地の渡島半島に渡った和人たちにより築かれた館のうち、40万枚近くに及ぶ中国銭が出土した館はどれか、1つ選べ。

 ア比石館 イ箱館
 ウ茂別館 エ花沢館
 オ志苔館


(答:オ)〉

〈2014明大・農(食料環境政策):「
問7 下線部(エ)蝦夷地に関連して、古くから北海道で生活をしていたアイヌに関して記述した以下の文章のうち、適切でないものを一つ選べ。

 A 和人の進出にたえかねたアイヌは、1457年、大首長コシャマインを中心に蜂起した。

 B 上之国の領主蠣崎氏は、道南池域の和人居住地の支配者に成長し、江戸時代には松前氏と名乗って蝦夷地を支配する大名となった。
 C アイヌの口承文学「ユーカラ」は、民族の神々(カムイ)や英雄の長編叙事詩である。
 D 明治政府は、1899年にアイヌ文化振興法を制定したが、アイヌの生活や文化の破壊をくい止めるものにはならなかった。

(答:D×1899年に制定は北海道旧土人保護法、「旧」で1ケタの9を。アイヌ文化振興法は1997に制定)

〈2013慶大・商:「
 蝦夷地では,松前氏が幕府からアイヌとの交易独占権を認められていた。松前氏は( e )とよばれるアイヌとの交易地域の権利を家臣に[   ]として与えた。

(答:知行、e商場〔場所〕)

〈2014慶大・文

 蝦夷地では、南部(道南)に勢力のあった( G )氏が松前氏に関連している。将軍( H )は松前慶広に黒印状を与え、アイヌとの交易の独占権を保証した。1669年、( Ⅰ )の蜂起によって蝦夷地は一時混乱に陥ったが、鎮圧後は松前藩の支配が強化された。

(答:G蠣崎、H徳川家康、Iシャクシャイン)〉

 

〈2013慶大・商:「
 蝦夷地では,松前氏が幕府からアイヌとの交易独占権を認められていた。松前氏は( e )とよばれるアイヌとの交易地域の権利を家臣に[   ]として与えた。」

(答:e商場〔場所〕、知行)〉










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