goo blog サービス終了のお知らせ 

メルサがあるがね

名古屋郊外・春日井で暮らす日々

フライング・デッキ

2007年03月02日 | 地元の話
近所のお引っ越しで引越社ご自慢のフライング・デッキが来ていた。



工事現場に重機があるのは普通だけど、団地の中にこれがあると、何ともいえない迫力がある。荷物を積み終えると、すーっと下りていった。どうやらデッキに操縦盤があるようだ。なるほど、これは強力。高いところの引っ越しもすいすいだ。

高蔵温泉

2007年02月26日 | 地元の話
わずらわしい仕事を終えて、お風呂でほっと一息つきたかった。電車に乗って春日井温泉か大和湯へゆくというテも考えたが、近場の高蔵温泉を選択。明るくて賑やかなのもいいが、子じんまりとしたところでのんびり湯につかるのも悪くない。そして、何と言っても近い。



高蔵寺駅の南口を出て、ファミリーマートをすぐ左折。その並びの一番奥にある。春日井市内には昔ながらの銭湯が5軒あるが、東半分にあるのはここ1軒のみ。貴重な銭湯である。番台にはいつものおばあちゃん。愛知県の銭湯は今400円だ。

お風呂場は薄暗い。昼間は日光が入るようになっているが、夜はかなり暗い。これは好き嫌いが分かれると思う。私はあまり気にしない。小じんまりとしたお風呂で、湯船もそれほど大きくない。白湯はときどきひどく熱いときがあるが、この日はいい湯加減でのんびりすることができた。首までつかって、あれこれ考え事をして、お風呂を満喫。とてもスッキリした。

ご近所ぶらりぶらり

2007年01月31日 | 地元の話
夜行のキラキラ号で東京から帰名。名古屋駅を6:01に出る始発で高蔵寺へ戻る。藤山台南ゆきのバスがないので、コロニー行きで円福寺までゆき、そこから歩くことにした。このあたりはまさに生まれ育ったところ。子供のころは円福寺の観音堂あたりを駆け回っていたものだ。



朝焼けの円福寺。観音堂へ上がる階段のところ。

 

仁王像。子供のころ、この仁王様がとても怖かったものだ。大人になってから見ても、いかつくて躍動感がある。運慶・快慶の系統だとのこと。独得のデフォルメが、筋骨隆々たる様子を強調している。

夕方、ぶらり散策に出て、高森山へ行った。聞くところによると、ニュータウンの造成が始まったころ、山火事か何かのせいで高森山はハゲ山だったとか。藤山台小学校の生徒がせっせとどんぐりを山へ蒔いて、そして今のような緑の山になったそうだ。



やや急な道を登ること15分ぐらいか(?)頂上へ。測量の基準点みたいなものがあった。



そこからやや下ったところで、階段の踊り場のように少し平らなところがあった。頂上を見上げて、結構下ったことを実感。



そこから高森台小学校の方へ下った。団地の景色が開ける。緑の山から見えると四角い建物の群れのコントラストがまぶしい(?)。これが高蔵寺ニュータウン。

登って下りて、だいたい30分ぐらい。やや険しいところもあったが、ちょっとした散歩コースとしてはよかった。

初雪

2007年01月07日 | 地元の話
今シーズンの初雪が降っている。



それも結構まじめに降っている。このあたりはあまり雪が降らないところだが、これは雪国っぽい降り方だ。



暖冬で地面が冷えていないせいか、本格的に積もるにはいたっていない。しかし、このまま降り続けば、このあたりも銀世界になるかもしれない。

名駅~納屋橋ぶらりぶらり

2007年01月04日 | 地元の話
名駅あたりをぶらぶらしてみた。年末年始で家にこもりがちだったのだが、たまには外の空気を吸おうと思い、ひょいと名駅へ行ってみた。といっても、特別にお目当てがあるわけではない。とりあえず桜通口のANYTIMEでコーヒーを飲みながら、ぶらつくべき場所を考えてみた。名駅は夜行バスに乗るために毎週来るが、用事もなくぶらりと来ることはあまりない。30代半ばのおっさんが夜に独りでぶらぶらするところなど、水商売や風俗の店を除いて、あまりないものだ。あれこれ考えた結果思いついたのが……そうだ、久しぶりにナナちゃん人形を見に行こう。お正月コスチュームになってるかな?

名鉄の前をすぎて、横断歩道を渡る。……工事中? ナナちゃんがいるあたりには占い師のおばさん。それがナナちゃんの変わり果てた姿ではないことはすぐにわかった。そして「改装中」の貼り紙。どうやらビル工事のため、3月ぐらいまでナナちゃんはいないらしい。

唯一考えついたぶらぶら歩きはあっと言う間に終了。もと来た方へもどるのも芸がないので、信号を渡って、柳橋方面へ。このあたりはあまりよく知らない。またアテドもなくぶらぶらしてみた。

錦通りは結構賑やかだ。お正月で閉まっているところが多いけど、いろいろお店がある。知らなかった。細い路地も歩いてみた。そこで見つけたもの。



逃げも隠れもせず、でかでかと名前入りで「霊感師」。占いとか霊感とかそういう商売は、どちらかというとひっそりというイメージがあったので、ちょっと新鮮だった。繁盛しているのかな。

まっすぐ行けば納屋橋方面へゆくはず。納屋橋といえば、私が中学生ぐらいのころ、ユーテクプラザという商業ビルがあった。オープンのときには靴磨き名人のCMが流れて、おもしろかった。何度か行ったことがあるが、感じとしてはパルコっぽい雑居の商業施設で、電気・コンピュータ関係のお店が多かったように思う。しばらく賑わっていたようだが、その後すっかり寂れてしまったらしい。そんなことを思い出しながら、進んでゆく。納屋橋は伏見と名駅の間で不便なところだと思っていたが、思ったほど遠くなかった。

堀川の水運が名古屋の物流を担っていたころ、このあたりは一大繁華街だったらしい。その後も長く賑わっていたらしいが、今はひっそりとしている。名古屋の人手もナヤバシといって思いつくのは、せいぜい納屋橋まんじゅうだ。(納屋橋まんじゅうは江戸時代から名古屋名物として名高かったそうだが。)すると、橋の西端に貼り紙。「こんな季節に桜が咲いています」。



四季桜というらしい。これは珍しいものを見せてもらった。

もとの道を引き返すのも芸がないが、かといって伏見へ出ても帰り道の乗り換えが面倒くさいので、名駅へ戻った。ほどよい距離でぶらぶらしていて楽しかった。昼間だったら、名駅~納屋橋界隈~伏見なんていうのも面白そうだ。

田んぼに首

2006年09月30日 | 地元の話
東神明のバローの近くで発見。



田んぼに首。


女の顔にヘルメット。小さくてわかりにくいかもしれないが、「安全推進協力会」の緑十文字が入っている。そして汚れ防止のためか、ビニールにくるまっている。息苦しそうだ。

烏や雀がこの首を怖がるとは思わない。ただ、人間を気味悪がらせるには十分だ。ここは道が狭いのに交通量が多い。運転者が驚いてハンドル操作を間違わないか、心配だ。もう何年も前になるが、ここでひき逃げがあり、当時小学生の女の子が殺された。地主はユーモアのつもりかもしれないが、こういうユーモアはやめる方がいいと思う。

詩吟(?)を唸るばあさん

2006年09月28日 | 地元の話
団地にはいろいろな人が寄り集まって住んでいる。ご近所付き合いをしないとしても、ご近所に迷惑をかけないように暮らさなくてはいけない。団地で典型的な近所迷惑は騒音だ。大声を出したり、テレビやラジオを大音量でかけたりするのは、迷惑千万である。そして

そういう人は必ずいる。

音は上下よりも左右に飛ぶ。騒音源と同じ棟より、向かいの棟の方がよく聞こえる。腹立たしいことに、わが家の向かいの棟に迷惑なばあさんが住んでいる。詩吟のような歌を力いっぱい歌うのだ。まさに

高歌放吟

である。多いのは夜10時~11時ごろ。おそらくお風呂に入りながら歌っているのだろう。これはほぼ毎晩。それから早朝にも歌っている。徹夜仕事をしていたら、「夜の部」を聞かされ、そして「朝の部」を聞かされた。ロクな人生じゃないと思った。そして、昼間にも時々歌っている。たった今歌っていた。前に一度だけ近所から

うるさい!

と声がかかった。しかしばあさんは歌うのをやめなかった。あの唸り声が聞こえなくなるのは、ばあさんに何かがあったときに違いない。近所の人は心配するかわりに

そのまま静かにしてろ

とつぶやくだろう。

団地猫の平和な暮らし

2006年09月23日 | 地元の話
私の住む藤山台団地は平和そのものだ。少子化で遊び回る子供が減り、高齢化でうちにこもる老人が増えた。自室と駐車場の間の他を歩き回る人はごくわずかだ。これだけ人が住んでいて、これだけ静かなのも珍しい。

団地には猫がいる。猫を飼うのは禁止だが、ルールを破って飼う人や野良猫に餌付けする人がいる。食べる物に困らず、遊び場はいくでもあり、他に心配事がなくて、団地は猫の天国だ。猫たちは安心し切って暮らしている。



だいたい芝生のあるところで寝ていることが多いが、この日は駐車場で寝ていた。この緊張感のない寝姿から、どれぐらいのんびり暮らしているかわかると思う。


ちょうどそこへ自動車が入ってきた。別に驚く訳でもない。



落ち着いて移動。

このあと、その近くでまた寝ていた。こんな調子で猫はのんびり暮らしている。

セントレア

2006年09月12日 | 地元の話
家族を出迎えに中部国際空港へ行ってきた。初めて訪れる。金山から790円、特急に乗れば30分ほどで着くという。思っていたよりも近い。時間のことだけ考えれば、勝川駅からバスで名古屋空港へ行くのとあまりかわらないではないか。

空港駅からの空港へのアクセスもわかりやすい。このあたりはよく計画されていると思う。羽田や成田も悪くないが、ここは特によい。駅を出たらすぐそこが空港入口。それも出発と到着がパッと分かれている。多くの人が動く施設では、こういうわかりやすさが大切だ。

本来の目的は出迎えなのだが、用心しすぎて1時間も早く到着したので、出発窓口からお買い物コーナーを見学した。噂の「飛行機の見えるお風呂」に入ろうという考えもあった。(ちゃんとタオルを持参していた。)入浴料が600円までなら入ろうと決めていたが、900円だったのでやめた。べらぼうに高いとは思わないが、少なくとも日頃から銭湯を愛用している人には、ややためらいを感じる値段だ。ただし、お風呂と飛行機が両方とも好きなマニア、あるいは家族連れにはよいだろう。お風呂をスルーし、展望デッキへ出た。空港といえば展望デッキである。滑走路の奥でジェット機が出発しようとしているのを見ると、「『アムロ行きます』状態だな」と思ってしまう。オッサンの悲しい性だ。やや歩き疲れて、建物に戻り、出発窓口をぬけて、到着窓口へゆく。アイスコーヒーをすすりながら、家族の到着を待った。

全体の印象としては、「小じんまりうまくまとまっている」という感じ。どういう施設がどこにあるのか、ぱっと見てわかりやすい。お買い物コーナーが広すぎず、あれこれ迷わなくてもいい。(施設が大きすぎると、見て回るだけで大仕事だ。)今回は入らなかったが、「飛行機を見ながらお風呂」というユニークな施設もある。魅力ある施設だと思う。実際に飛行機で出発する人、到着する人だけでなく、見送りや出迎えやの人も楽しめるというか、「セントレアならば見送りや出迎えに行こうかな」という気分にさせてくれる。

ステーキのあさくま

2006年09月02日 | 地元の話
出川の「あさくま」が閉店したらしい。感慨深いものがある。子供のころ、何度か母親にあさくまへ連れていってもらった。もう25年も前のことだ。そのころわが家には自家用車がなかったので、遠い道のりを自転車で行く。出川の交差点からかなり行ったところにあり、子供心にはちょっとした遠征だった。そのころの出川は今ほどきれいに整備されていなくて、何か異質な世界を訪れたような気分になったものだ。

詳しいいきさつは知らないが、ファミリーレストランや郊外型ショッピングセンターが増えて、あさくまはお客を奪われたらしい。たしかに、郊外型ショッピングセンターがずいぶん増えた。古いところでは、は中央台のサンマルシェ/アピタ、19号線ぞいのTHE MALL(旧春日井西武)があり、新しいところでは勝川のサティ、守山のジャスコ、小牧や桃花台のアピタなどもある。そこでは各種レストラン、各種専門店、そして大型スーパーがすべて揃っている。お食事とお買い物が一度にできるので便利である。矢田や若宮通り(旧サッポロビール工場)のイオンなどは、単なる商業施設というより一つの街というほどの規模だ。お食事もお買い物も、何もかもそこで間に合う。

ただ、「そこに行けば何でも揃う」という便利さは、それと引き換えに何かを失っているような気がする。子供のころ、あさくまへ行くというだけの目的で、家族揃って遠い道のりを自転車でゆき、おいしく食事をして、また遠い道のりを自転車で戻った、あの「特別なお食事」という感動がない。いい意味でも悪い意味でも、あさくまは不便なところにあった。だからこそ、特別な場所だった。

そのあさくまが閉店した。世の中が移り変わっていることを一つ実感した。

ご近所ぶらりぶらり

2006年08月26日 | 地元の話
このごろは在宅勤務のような状態で、自宅にいることが多い。わが家には冷房設備がない。非常に暑い。日に日に元気がなくなり、出かけるのが億劫になり、暑い部屋でさらに元気が奪われる……という悪循環を繰り返していた。そこで昨日は思い切って外に出た。どこか涼しいところで仕事をしようというわけである。出川の業務スーパーへ行きたい用事があるので、そちら方面へ。



円福寺近くの農家のガレージで昔ながらの唐箕があった。ブルーシートに覆われているが、紛うことなき唐箕である。私が子供のころは刈り入れのころ実際に使われていたと思う。小規模な農家では今でも使っているのだろうか。



西松屋のとなりにココストアができた。もうすぐ開店。駐車場が広い。このあたりのお店では大事な要素だ。「春日井の人は近所のコンビニへ車で行く」というぐらいだから。後で調べたら、このあたりは白山町の南端である。隣のJERRY'S UNOは不二町、交差点を越えて明楽コーヒーからは松本町らしい。今から25年前、このあたり一帯はすべて田んぼだった。

不二農協わきのデニーズで仕事。平日昼下がりのファミレスはおばちゃんたちが多い。私の隣のご一行様は、1時間以上にわたってひたすら芸能話をしていた。世間の暇なおばちゃんたちとはこういうものか。ウェイトレスさん、ちょっとファンデーションが厚塗りだったけど、なかなか美人で感じのいい人だった。区切りのいいところまで仕事を進めたところ、冷房ですっかり体が冷えた。場所を変えよう。



あてもなく高蔵寺駅方面へ向かう。線路をくぐり、南へ。新東谷橋を渡るところで撮影。逆光になってしまったが、川岸の緑がきれいだった。そこから東谷橋へ回り、コメダコーヒーへ行こうと思ったが、道路工事で自転車では通行できない状態だったので、あきらめた。お腹が減ってきたので何かを食べようと思う。



高蔵寺農協2Fの与三郎そばへ来た。お気に入りである。「与三郎2枚(のりなし)」である。ここの特徴は固くて黒い田舎風のそばと、甘口と辛口とつゆが2種類あることだ。まず辛口で始めて、2枚目に入るところで甘口を混ぜ、味の変化を楽しむ。薬味を順々に変え、こちらも変化を楽しむ。おいしく楽しくいただいた。

与三郎そばを出て、気噴のユーストアへ向かう。脇のパン屋でコーヒーを飲みながら少し仕事をし、夕方の値引きになるのを見計らって買い物をする。残念ながら、この日はあまり安くなかった。

帰り道に業務スーパーでオリーブ油などを買い、バロー横の中部薬品にも立ち寄り、自宅に戻ったのは夜7時すぎだった。このごろはずっと自宅に引きこもっていたので、久しぶりの外出だった。気分が変わって楽しかった。

坂下のナカイ、エスワン跡地

2006年07月22日 | 地元の話
坂下のアミショッピングセンター内にあるホームセンターナカイがもうすぐ閉店する模様。経営者がドンキホーテのグループに店を売ったらしい。あの緩い感じ好きだったし、ときどき利用していただけに、ちょっと残念。ドンキホーテは広い駐車スペース、広い店舗、ゴチャゴチャ品物を並べる、というのが特徴。ナカイの敷地は売り場も、駐車スペースも、それには狭すぎる。私の推測では、同系列のピカソになるのではないかと思う。ピカソは店によって食料品やお酒を扱っている。ナフコに悪い影響が出なければいいが。ナフコはお気に入りのスーパー。旧エスワンにも通じるのんびりした感じと安さがいい。

旧エスワンといえば、あの跡地に工事用フェンスがかかった。もうすぐ工事が始まるらしい。マンションが建つそうだ。かつて賑わった藤山台のバス通りが、ただの住宅街になってゆく。昔を知っている者として、何とも寂しい。

生ビールのうまい某飲み屋

2006年06月25日 | 地元の話
近所の某飲み屋である。ビールの立て看の数がすごい。というのも、ここでは生ビール3種類(アサヒ・キリン・サッポロ)、瓶ビール6種類(アサヒスーパードライ・キリン一番搾り・キリンラガー・サッポロ黒ラベル・サッポロラガー・ヱビス)を揃えているからだ。さらに3つの生ビールサーバーを毎日洗うという。普通は1週間に1回ぐらいらしいのだが。ジョッキも各メーカーごとに大と中があり、それらもすべてピカピカに洗ってある。生ビールに関しては、とても念入りな店だ。だから、ここの生ビールはおいしい。ビール大好き人間としては、近所のこういう店があるのはうれしい。

アホドライバーは死んでしまえ

2006年06月17日 | 地元の話
昨日廻間線を庄名の三差路にむかって自転車で下っていた。ものすごくローカルな話なので、近所の人にしかわからないと思うが、細かい地名はどちらでもいい。要するに主要な幹線道路を走っていたわけだ。すると脇の細い道からミニバンが走ってきた。ブレーキをかけなければちょうど角で鉢合わせするぐらいのタイミング。ミニバンは脇道から幹線に入るのだから、当然一旦停止しなくてはいけない。きっとそうするだろうと思いつつ、でもいちおうこちらも用心してブレーキをかけながら進んでいった。そして問題の角にさしかかると、ミニバンは一旦停止はおろか、減速すらせず当たり前のように幹線にすべり込んでいった。私はあらかじめブレーキをかけていたから止まることができたが、もし小さな子供が夢中に自転車を漕いでたら、何が起こっていたのだろうか、考えるだけでも恐ろしい。

ミニバンがゆっくり走っていたので、運転席の様子が見えた。肥えたおばちゃんが同乗者と(?)歓談していた。チャイルドシートが見えた。子供が乗っていたかどうかまでははっきり見えなかった。交通ルールを守らなかったとか、他人を危険な目に合わせたとか、そういう意識は多分ゼロだと思う。ただいつものように当たり前の運転していただけだろう。そして、いくつかの条件が重なったとき、悪意もなくあの人は人を轢くのだろう。そうしたら「運が悪かった」と思うのだろうか?

名古屋は運転マナーが悪いことでしられている。春日井あたりは最悪だ。以前に庄名の三差路で、自分の信号が青になったの確認して交差点を渡ろうとしたら、完全に信号を無視した自動車が減速せずにつっこんできてもう50センチか1メートルぐらいのところで轢かれそうになったことがある。事故にはならなかったものの、その日はずっと動悸がして調子が悪かった。

その三差路から泉橋の方へ向かったところにあるパチンコ屋(プレイランド平和)の駐車場からは、歩道の様子をまったく見ないで自動車が飛び出してくる。パチンコに時間と金を費やすような奴らは低級なダメ人間に決まっている。そういう「キの字」な連中に運転マナーを期待するのがどだい無理であり、それだけこちら側が気を付けなければ事故に巻き込まれるということだ。あのパチンコ屋は屋外モニタを設置して道路を照らしている。あのモニタのせいで運転手が注意散漫になって事故を起こしたらどうするのだろう? そんな金があったら、駐車場にガードマンを常駐させて事故を防ぐべきだろうに。

このあたりのアホドライバーどもはウィンカーの使い方を知らない。ウィンカーは交差点に近づきながら灯さないと意味がない。しかし連中は交差点で一旦停止して、それからおもむろにウィンカーをつけて曲がる。ウィンカーをつけていないから直進すると思っていると、急に曲がるから、とても危ない。

右折したくて信号待ちをしている自動車が、信号が変わった途端に急発進することもよくある。横断歩道の歩行者や自転車に道を遮られる前に交差点を突破してしまおうという魂胆だ。これほど危ないものはない。歩行者や自転車がいるところへ全速で突っ込んでゆくのだから。これは殺人行為である。庄名の三差路で2度こういう運転に遭った。そのうち一度は今でも憶えている。黒い小型の高そうな車で、変なパーマをしたオッサンが運転していた。結果として私の自転車がその自動車の行く手を遮ることになったのだが、そのオッサンはものすごい目つきでガンを飛ばしてきた。あの人は本当に人間なのだろうか。

私は自動車を運転しない。どこへ行くにも歩くか、自転車か、公共交通機関を使うか、それだけだ。だからこそアホ運転手のダメダメぶりがわかる。そういう連中に日々危険な目に遭わされているのだから。だから声を大にして言おう。

アホドライバーは死んでしまえ!