パチンコ業界も競争が激しいらしい。差別化を図るために新しいサービスを日々追求している。高円寺北口の某パチンコ店は高らかに宣言した。
サンコーにしかできないこと!
サンコーだからできる事を
追求致します!
……ウチしかできないことって何だ?
……ウチだからこそできることって何だ?
喧々諤々の議論があったに違いない。もっとも、会議の場所が店奥の従業員部屋だったのか、近所の飲み屋だったのか、はたまたお姉ちゃんのいるお店だったのかはわからない。そして出てきた答えは……
メイドさんのコーヒーサービスあります
別にいいけどさ……流行りモノに便乗するのは商売の常道だからね。そのオマヌケなアイデアも、それを実行してしまうことも、あえて咎めない。どうぞお好きにおやりなさい。
それより私がもっと気になるのは……
このメイドさん、どこから連れてきたの?
借りたのか買ったのわからないが、この衣装は店側で準備したものに違いない。本物のコスプレ娘がタバコ臭いパチンコ屋で自前の衣装を着るとは思えないからだ。そうなると、中身も本物の(?)のコスプレ娘を雇ったではなく、「バイトの女の子に無理やり着せちゃった」のではないか?
「……というわけで、お願いできる? 君しかいないからさぁ。」
「えぇ~、そんな恥ずかしいの嫌ですよぉ、ムリムリ!」
「ん~、それじゃあ自給100円アップするからさぁ。」
「100円アップなんて、そんなの安すぎますよ。せめて200円。」
「じゃ、中をとって150円アップでどう?こういうの着てみたかったでしょ?」
「まぁ興味がないわけではないけどぉ……」
「よし決まりだ。さっそく明日からお願いね。」
「え、いきなりですかぁ……」
というような会話があったのではないかと思うのだ。かくして、昨日までは可愛げのないチェック柄(かどうかわからないが)の制服を着て店内をうろうろしていたバイト娘が、今日から突然メイドさんに変身した、と。
さて、話はここで終わらない。さて、メイドに変身したバイト娘さん、このことを友人に話したかどうか? 「王様の耳はロバの耳」の話にあるように、人は何かあると人に話したくなるものだ。それが非日常的なことであればあるほどね。
「前に話したじゃん、私パチンコ屋でバイトしてるって。」
「うん、タバコ臭いけど、時給がいいから我慢してるって言ってたね。」
「それがさぁ、急に……」
「急に……って、お店つぶれたの?」
「そうじゃなくてぇ、急にメイド服着せられてさぁ。」
「パチンコ屋でメイド服って何それ?」
「私にもわけがわからないんだけど、とりあえずコーヒーを出してる。」
「へぇ、おもしろそうじゃん。今度見に行くよ。」
「ダメ!絶対にダメ!超恥ずかしい。絶対に来ないでよ!」
「そんな話を聞いたら見に行くしかないじゃん。」
運が悪いことにこの友人は噂好きだった。おもしろい話を仕入れると、最低10人に話さないと気がすまない。知り合い関係を中心に「メイドさんになったパチンコ屋バイト娘」の話が広がる。
メイド娘には前々から気になる男友達がいた。噂好きの友人とは共通の知り合いだ。そして、その男もメイド娘のことがちょっと気になっていた。さらに、その男は誰にも言わないのだが、ちょっとだけメイド服に萌えるところがあった。とは言っても、メイド喫茶へゆく勇気はなく、なんとなく憧れているという程度だったが。
「というわけでさぁ、○○ちゃんメイド服を着せられてるんだって。」
「へぇ、パチンコ屋でねぇ……」
「ねぇ、○○ちゃんのこと気になってるんでしょ?」
「そ、そんなことないよ……」
「みんな知ってるよ。○○ちゃん可愛いから、きっと似合うよ、メイド服……」
「……」
かくして、メイド喫茶へ行かなくてもメイドさんを見られることと、それがちょっと気になる○○ちゃんであるということと、この男にはむやみに楽しい状況ができあがってしまった。そして彼の中で、「メイド姿の○○ちゃんを見たい」という願望と、「その状態で顔を合わせたらちょっと気まずいかも」というためらいとが入り混じっていた。しかし、彼は肝心なことを忘れていた。彼女がどこのパチンコ屋でバイトしているのか知らなかった。
彼は高円寺北口・庚申通り商店街のはずれにあるラーメン屋「タンタン」が好きだった。ウナギの寝床のような狭い店にやる気のなさそうなオヤジ。お気に入りはピリ辛の「オロチョンラーメン」。しかしこのところ彼も仕事が忙しくてとんとご無沙汰している。久しぶりにあのくどくて辛いラーメンを食べたい。彼は高円寺へ向かい、ガード下の風俗街をぬけ、ららマートを過ぎ、庚申通り商店街を北へ向かう。
「このあたり、ちょっと様子が変わったな。このパチンコ屋、こんなに明るかったっけ?しばらく来なかったからな……」
彼はふとパチンコ屋に目を向けた。
「ん?」
なんて話があったらおもしろい。