「マナ、ちょっと来いよ。いーモン見せてやる」
そう言って、太一はマナの病室の片隅に準備していた車椅子を押してきた。
「え、なにーーー?」
マナは不思議そうに首を傾げたけれど、『いーモン』と聞いて、わくわくしている。
午後八時5分前。消灯時間の9時まで、あと約1時間。マナは明日の出発にそなえて、ベッドで安静にしていた。
太一はマナを乗せた車椅子を押しながら、そっと、病室を抜け出した。そのまま少し歩いて、海に面した大きな窓の前で立ち止まった。
「ついたよ」
「ここ?え、なんもないよ」
マナはまわりをキョロキョロ見回している。
「いいから。窓の方よく見て、もうちょっと待ってな。ちょっとビックリするかもしれないけど…しっかり見とくんだぞ」
おれたちは、今夜のことを、あらかじめ医者や看護婦や他の入院患者たちに話して、了解をもらっていた。それでも、マナが突然目の前で花火を見せられて、ビックリしすぎないか、と心配していた。打ち上げ花火の大きな音に、マナの心臓が耐えられるか。それが不安だった。
その時、ドンッという音とともに、夜空に大きな花が咲いた。
「うわぁーーーーーっ!?」
マナは初めこそ驚いたが、すぐに目を輝かせた。ガラス越しのおかげか、通常の花火より少し小さいせいか、思ったより音が小さい。
火の粉が夜空に散らばり、次の花火があがる。次々あがる花火を、マナは車椅子から身を乗り出して、くい入るように見つめている。
「よかったな」
おれは、マナのその顔を見るとほっとして、隣にいる鉄平に小声で話しかけた。今、おれと鉄平だけが、少し離れた場所で、マナにバレないように壁に隠れて、こっそりと様子を窺っている。
「うん」
鉄平も小声で答えた。だが、その後、急に踵を返して走り出した。
「鉄平?」
おれは驚いて、鉄平の後を追いかけた。
鉄平は屋上にいた。おれが追いついたときには、屋上の鉄柵に手をかけて、黙って花火を見つめていた。
「マナちゃんの顔、見なくていいのか?すっごい喜んでたぞ」
後ろから声をかけると、鉄平は顔だけこちらを振り向いて言った。
「いーよ。オレ、コレが言いたかったの。たーまやーー」
再び花火に向かって、声をあげる。
「…お前、素直じゃないねぇ」
はしゃいでいる鉄平を見て、苦笑した。
おれたちより一回り小さい体で、昼間、すごい頑張ってたくせに。
その時、夜空にひときわ大きな花が咲いた。おれと鉄平は、その花火に目が釘づけになった。
息を呑むほど美しい、8発目の花火だった。
≪つづく≫
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