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国際交渉までの経緯

2009-10-16 16:32:07 | 地球温暖化交渉の基礎知識
■政治に影響を与える科学の知見

 地球温暖化はまさしく、地球上のあらゆる国に共通する問題です。それゆえ、1つの国だけが対策に取り組んだからといって、地球全体の温暖化の進行を食い止めることはできません。このような性格を持つ地球温暖化問題については、世界の国々の話し合い、つまり政治的な国際交渉によってその解決を図ることが必要です。
 しかし地球温暖化の主要な原因である二酸化炭素(CO2)は、エネルギー源を化石燃料に頼っていることからエネルギー関係から多く排出されます。地球温暖化問題はエネルギー問題でもあり、各国の社会経済システムやエネルギー政策に密接に関連し、鋭く利害が対立する問題です。
 また、新たな環境問題であるだけに、どうやって解決したらよいのか、どれくらい努力したらよいのか、誰がよりいっそう頑張るべきなのかということを決めるのも手探りのところがあります。
 何の情報もなしにただ話し合っていても埒があきません。これらのことを決めるためには、地球温暖化の原因やメカニズム、その影響や有効な対策などについての科学的な知見が不可欠です。こうした研究や分析を行っているのがIPCC で、これまで4回の評価報告書を発表しています。国際交渉は、IPCCなどの科学的知見を共通認識とした上で話し合いが行われています。
 ここでは、科学と政治がどのように係わりあって地球温暖化の国際交渉を進めているのかを見ていくことにしましょう。


■国際交渉までの経緯

 地球温暖化は前述の通り世界の国々で協力し合う必要があるため、国際政治のレベルで交渉を行って、解決策を模索しています。
 しかし、初めからそうだったわけではありません。科学者たちが地球温暖化の警鐘を鳴らしてから、それが国際交渉上の問題として取り上げられるようになるまでにどのような経緯をたどって来たのでしょうか。以下にそれに至るまでの重要な会議をまとめてみました。

1979 「世界気候会議」@ジェノバ
 世界気象機関(WMO)によって開催された会議で、初めて地球温暖化問題が議題として取り上げられた国際会議です。この時点では、地球温暖化問題は主に科学者の間のみで話し合われていましたが、この会議ではまだ地球が温暖化しているという共通認識で合意することはできませんでした

1985 「気候変動とその関連問題における二酸化炭素(CO2)およびその他の温室効果ガスの役割評価に関する国際会議(フィラハ会議)」@フィラハ/オーストリア
 CO2の増加に研究者の関心が高まってきたことを機に、国連環境計画(UNEP)が開催した会議。「21世紀前半には、地球の平均気温の上昇が人類未曾有の規模で起こり得る」という認識とともに「政治家や官僚などの政策決定者は、地球温暖化を防止するための対策を協力して始めなければならない」という宣言が出されました。地球温暖化が国際政治の問題として認識されるようになるきっかけとなった会議です。

1988 「変化する地球大気に関する国際会議(トロント会議)」@トロント/カナダ
 地球温暖化について、政治家と研究者が共に集まり話し合った初めての国際会議。この会議で初めて、「2005年までに88年レベルから20%削減」というCO2排出量の削減目標が数値として提唱されました。

1992 「国連環境開発会議(地球サミット)」@リオ・デ・ジャネイロ/ブラジル
 1989年12月22日、第44回国連総会は、「環境はますます悪化し、地球の生命維持システムが極度に破壊されつつある。このままいけば、地球の生態学的なバランスが崩れ、その生命をささえる特質が失われて生態学的なカタストロフィー(破局)が到来するだろう。私たちは、この事態を深く憂慮し、地球のこのバランスを守るには、断固たる、そして緊急の全地球的な行動が不可欠である。」と決議し、1992年にブラジルで地球サミットを開催することを決めました。そして、この地球サミットに向けて、地球温暖化問題を防止するための国際条約をつくる交渉が始められました。地球サミット直前の1992年5月、「国連気候変動枠組条約」が合意され、地球サミットで条約文言の確認である条約への署名が開始されました。地球温暖化問題は、この地球サミット以降、国際政治の主要な課題になっていきます。






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