最愛の犬ブワナが、天国に行って、昨日で、1年でした。
元気に競技に熱中していた頃は、パートナーであるブワナがいなくなることや、競技のない日常は、想像できませんでした。
時は、前にしか進まず、止まることもなく。
老化と、病と、痴呆と、死と。
ブワナは、生きて、生ききる、すべてを見せて、教えてくれました。
老いることは、かなしいことではなく、思う存分、家族に甘える時間であること。
病は、戦うものではなく、共存していくものだということ。
痴呆は、心の痛みからの解放であること。
そして、死は、愛し愛された人々の心に永遠に生きることだということ。
この1年、ももちゃんは、ことあるごとに、「これは、ブワナが好きだった」「ブワナは、こんなことをしていた」と、つぶやいていました。
おそらく、ずっと先のことだけど、わたしがいなくなった後にも、「これは、ママが好きだった」と、つぶやいてくれるんだろうなぁ、と。
それを聞いた孫たちは、また、ももちゃんのことを、そんな風に、話してくれて。
なんか、それでいいんだ、と思えた1年でした。
元気に競技に熱中していた頃は、パートナーであるブワナがいなくなることや、競技のない日常は、想像できませんでした。
時は、前にしか進まず、止まることもなく。
老化と、病と、痴呆と、死と。
ブワナは、生きて、生ききる、すべてを見せて、教えてくれました。
老いることは、かなしいことではなく、思う存分、家族に甘える時間であること。
病は、戦うものではなく、共存していくものだということ。
痴呆は、心の痛みからの解放であること。
そして、死は、愛し愛された人々の心に永遠に生きることだということ。
この1年、ももちゃんは、ことあるごとに、「これは、ブワナが好きだった」「ブワナは、こんなことをしていた」と、つぶやいていました。
おそらく、ずっと先のことだけど、わたしがいなくなった後にも、「これは、ママが好きだった」と、つぶやいてくれるんだろうなぁ、と。
それを聞いた孫たちは、また、ももちゃんのことを、そんな風に、話してくれて。
なんか、それでいいんだ、と思えた1年でした。
一字が、句読点が、あのころと同じ。
愛し愛された人々の心に永遠に生きることだということ
これが、あっこらしい言葉なんだろうけど、今回はむしろ
「なんか、それでいいんだ」に惹かれました。たぶん、ご主人と、ももちゃんの影響なんだろうね。一人で抱えず、がんばる必要もなく。宮沢湖にいくこともなく。(笑
失くした経験のない人間に、この感覚は到底理解できないね。やるせない、なんて言葉、あの頃は若すぎて飾りにもなっていなかったっていうことだね。
やっと、少しは。。。どうだろう?