Bravo! オペラ & クラシック音楽

オペラとクラシック音楽に関する肩の凝らない芸術的な鑑賞の記録

2/16(火)B→C尾池亜美Vnリサイタル/現代曲はすべて日本人作曲家/重量級プログラムを明瞭闊達な演奏で

2016年02月16日 23時00分00秒 | クラシックコンサート
B→C 179 尾池亜美 ヴァイオリン・リサイタル

2016年2月16日(火)19:00~ 東京オペラシティリサイタルホール 自由席 2列 10番 2,700円(会員割引)
ヴァイオリン:尾池亜美
ピアノ:佐野隆哉*
チェンバロ:桒形亜樹子**
【曲目】
池辺晋一郎:ファンタジー ~ ヴァイオリンとピアノのために(1986)*
清水昭夫:狂詩曲 ~ ヴァイオリンとピアノのための(2014)*
ルクー:ヴァイオリン・ソナタ ト長調 * 
*休憩時:即興演奏《能動的3分間》
タルティーニ:ヴァイオリン・ソナタ ト短調「悪魔のトリル」** 
吉川和夫:プレリュード「氷の岬の守りの木」(1985/2015、ヴァイオリン版改訂初演)**
J.S.バッハ:ヴァイオリンとチェンバロのためのソナタ第1番 ロ短調 BWV1014 ** 
《アンコール》
 マルセル・ビッチュ:リズミックソルフェージュの12のレッスン(ト音記号)より 第11番 **

 東京オペラシティ文化財団が主催する「B→C」シリーズ。今回はヴァイオリンの尾池亜美さんのリサイタルである。「B→C」のテーマは「バッハからコンテンポラリーへ」ということで、必ずバッハの曲があり、そこを起点として現代音楽までをプログラム化するものだ。今回はその現代音楽の部分はすべて現役の日本人作曲家による作品を集めていて、ヴァイオリンのリサイタルとしては非常に面白いプログラムになっていた。

 尾池さんを聴くのは、昨年2015年8月のものすごく暑い日にあった「Ami's Friends CONCERT 真夏のNightmare(ナイトメア)」以来である。その時は仲間たちとの弦楽四重奏など、楽しいサロン・コンサートの雰囲気であったが、今日は「B→C」シリーズだけあって、聴く側にも緊張感が漂っていた。

 プログラムの前半は、ピアノの佐野隆哉さんとのデュオ。
 1曲目は、池辺晋一郎さんの「ファンタジー ~ ヴァイオリンとピアノのために」という曲で、1986年の作というから、30年前の作品ということになる。「娘・麻子のために1980年から86年に書いた曲集」の中の1曲ということで、ヴァイオリンを習っていたお嬢さんのために書かれた曲であり、コレッリの「ラ・フォリア」など古今のヴァイオリンの名曲をイメージして作られているという。従って作風はバロック風の主題をロマン派風にアレンジしたという感じである。尾池さんのヴァイオリンは、明瞭で屈託がない。優しい曲想に対して、柔らかい音色が楽器を豊かに鳴らし、大らかな演奏である。

 2曲目は清水昭夫さんの「狂詩曲 ~ ヴァイオリンとピアノのための」で、コチラは新しく2014年の作。12音技法で書かれている。前衛的な現代音楽とは違って、かなり論理的な造型感があり、豊かな音楽性が感じられる曲である。尾池さんの演奏は、音程がきわめて正確で、音の立ち上がりがキリッと明確、音色も陽性で開放的な感じがする。複雑な変拍子とリズムも明瞭に捉えられているため、非常に分かりやすい演奏だといえる。12音技法の中で登場する抒情性や諧謔性なとの表現には多彩な音色で描き分けている。演奏が明瞭で闊達だから曲が分かりやすく聞こえるのかもしれない。

 3曲目はルクーの「ヴァイオリン・ソナタ ト長調」。夭折の作曲家ギヨーム・ルクーの残した傑作のひとつだが、演奏機会はそれほど多くはない曲である。3つの楽章を持ち、演奏時間も30分くらいの大作。師であるフランクの影響も強く、循環主題などの構造もフランク譲りだ。全編に渡り絵画的な色彩感に満ちた美しい旋律に溢れ、またフランス風の洒脱さやヒラメキにも満ちている。
 第1楽章は、佐野さんのピアノとともに、音楽の流れが非常にスムーズで、歌うように、踊るように、流れるように、次々と美しい旋律が繰り出されてくるのが印象的だった。ヴァイオリンがよく歌い、よく鳴っているという感じだ。
 第2楽章は緩徐楽章。8分の7拍子などの変拍子が登場する。抒情的な美しい旋律がゆったりと歌うが、変拍子がちょっとした不安定感をもたらし、夢幻的な雰囲気を創り出している。尾池さんのヴァイオリンがふわりふわりと浮遊感を漂わせながら、暖色系の音色で、細やかなニュアンスを描き出していた。佐野さんのピアノがぴったりと寄り添っていく感じ。
 第3楽章は、速いテンポの楽章で推進力に満ちている。フランクと違うところは、この曲はルクーが23歳の頃の作品であるところで、音楽が実に若々しく活き活きとした曲想に満ちていることだ。ほぼ同世代ともいえる尾池さんたち若い演奏家の手によると、実に瑞々しい演奏になり、生命力が漲ってくる。しかも基本的に明るくクッキリとした造型の音色による大らかな演奏が、一層、輝いてみえたような気がした。華やかに曲が終わるとBravo!!の声かが飛んだ。


 プログラムには「休憩時:即興演奏《能動的3分間》」と載っていた。休憩時間が終わりに近づいた頃、席に着いていると、まだ開いているホールの扉の向こう側、すなわちホワイエの方から何やらキコキコとヴァイオリンの音が聞こえてくる。休憩中に誰が弾いているのかと思っていたら、これがすなわち「即興演奏」なのであった。やがて尾池さんがヴァイオリンを即興で弾きながらホール内に入って来ると、皆が演奏が始まっていることに気づいた。いつのまにかステージ上には桒形亜樹子さんが登場していて、チェンバロで即興のセッションを始めた。聴衆もやっと事態を把握して、あわてて席に着く。現代音楽を中心にしたコンサートは何が起こるか分からない。

 後半は桒形さんのチェンバロとのデュオとなる。
 1曲目はタルティーニ「ヴァイオリン・ソナタ ト短調」。いわゆる「悪魔のトリル」と呼ばれる曲だ。この曲をチェンバロ転送で聴くのは初めてだ。ヴァイオリンとの対比で言えば、チェンバロはかなり音量が小さい。2列目の正面で聴いているせいもあるかもしれないが、ヴァイオリンと通奏低音という感じに聞こえる。本来はこのカタチなのかもしれない。
 第1楽章は緩徐楽章。尾池さんのヴァイオリンはこれまでの大らかな感じに対して、ややエッジを効かせたような硬質なイメージに変わったような気がした。バロックのゆったりとした旋律の中に、途中から即興的な装飾音符が混ざってくる。なるほど、この時代は演奏者が技量を見せつけるように装飾を加えて華やかに演奏したことは容易に想像がつくので、チェンバロとの組み合わせがかえって活きてくるようだ。
 第2楽章はAllegro楽章で二部形式。主題はキリリとした鋭い音で入って来る。全体に鋭さを保ちつつ、技巧的な表現に変わってきたようだ。
 第3楽章。いわゆる「悪魔のトリル」が出てくる。カデンツァも含めて重音構造でトリルが多用される超絶技巧のオンパレードだ。ホール内の全員の視線が尾池さんの左手指先に注がれていて(?)、よくもまあこんな曲が弾けるものだと、感心してしまうところだが、今時のヴァイオリニストは平気な顔で弾いている。タルティーニの時代には「悪魔」にしかできない技だったのに・・・・。いずれにしても、尾池さん、見事である。

 2曲目は吉川和夫さんの「プレリュード『氷の岬の守りの木』」という曲。1985年の作で、フルートとチェンバロのための曲として書かれたもの。今回はヴァイオリンとチェンバロのための改訂版で、本日が初演である。チェンバロという古楽器を使った現代曲というのも、私にとっては初めての体験である。チェンバロで弾かれる不協和音が連続する伴奏がとても面白く、その上に乗るヴァイオリンが無調で不規則な音型が続き、刺激的な音楽になっている。尾池さんのヴァイオリンは、ことさらエッジを立てたような先鋭的な弾き方と尖った音色で、キリッキリッとリズムを不規則に刻んでいく。
 3つの楽章から成り、抒情的な第1楽章、戦闘的な第2楽章に対して、第3楽章は調性が明瞭になり抒情性も増して近代的な音楽になる。
 ヴァイオリンの尖り気味の鋭い「現代的な」音色と、古色そのもののチェンバロから生まれる「現代的」な不協和音やリズムという新しい「感覚」との対比が鮮やかで、刺激的に感じるのである。それにしてもヴァイオリンとチェンバロでは音量に差がありすぎ、2列目では目の前で弾いている尾池さんのヴァイオリンの音がチェンバロを遮ってしまっているように聞こえた。逆に尾池さんのヴァイオリンが、この曲ではとくに豊かに鳴っているように感じた。すべての音符が明瞭でくっきりとして鮮やかであった。

 最後にJ.S.バッハが登場し、「ヴァイオリンとチェンバロのためのソナタ第1番」となった。この曲は、ヴァイオリンとオブリガート・チェンバロ(すべて記譜されている)用に書かれていて、通奏低音と分散和音などの即興演奏が主流であった当時に、チェンバロは両手で異なる声部、つまり2声を弾き分け、そこにヴァイオリンが加わるために3声の構造を持つ「トリオ・ソナタ」という形式を創り出したものである。楽曲は、緩-急-緩-急の4楽章になっている。
 第1楽章は抒情性も豊かにヴァイオリンが中低音域で嫋々たる響きをきかせていた。
 第2楽章はバロック的な軽快さでチェンバロが疾走し2声のフーガを奏で、ヴァイオリンがそこに乗る。
 第3楽章はAndanteで非常にロマンティックな主題のヴァイオリンが、明るい音色で色濃く描かれて行く。
 第4楽章はAllegroで、3つの声部がフーガ風に複雑に絡み合う。
 尾池さんのヴァイオリンは明瞭な音でリズム感も弾み、古楽を意識させないような闊達な雰囲気を醸し出していた。だから他の曲と同じような感覚、つまりは「現代的」なバッハだったといえそうである。

 アンコールは、マルセル・ビッチュという人の「リズミックソルフェージュの12のレッスン(ト音記号)」より 第11番。桒形さんの紹介で、この曲を選んだとのこと。ソルフェージュのための曲で、短いがとても美しい旋律である。最後は優しい音色で締めくくった。

 現代音楽を中心にバッハを混ぜて構成される「B→C」だけあって、どうしても現代ものの方に力点が置かれるし、聴く側も新しい刺激を求めてしまう。演奏する側にとっては、量的にもかなりまとまっているため、重量級のリサイタルになるはずである。なかなか充実したコンサートであった。カーテンコール時には、本日演奏された現代曲の作曲家である池辺晋一郎さん、清水昭夫さん、そして吉川和夫さんの3名がステージに呼ばれていた。

 「B→C」はどうしてもプログラムが凝ってしまうので時間が長くなりがち。終演後は撤収までにあまり時間が残っていないので、出演者を囲んでゆっくり歓談するのも難しい雰囲気。とりあえず記念写真だけで失礼することにした。そして、会場には前述の「Ami's Friends CONCERT 真夏のNightmare(ナイトメア)」でヴィオラを演奏していた安達真理さんがお見えになっていたのでご挨拶。安達さんはその時の当ブログにコメントを寄せて下さったというご縁である。こうして人の輪が広がっていくのもまた嬉しいものである。

 ところで、尾池さんは昨年結婚されて、今後はアーティスト名「伊藤亜美」で活動されていくということである。今年2016年5月14(土)、東京文化会館・小ホールでのリサイタルから伊藤亜美さんの名でステージに立つ。同時に新しいCDもリリースするということなので、目が離せなくなりそうだ。

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【お勧めCDのご紹介】
 ヴァイオリニスト尾池亜美さんの最初で最後の(?)CDアルバムです。タイトルの「French Romanticism」の通り、フランス系のロマン派の名曲、フランクのヴァイオリン・ソナタとサン=サーンスのヴァイオリン・ソナタ第1番、そしてドビュッシーの「夢」が収録されています。ピアノは本日も共演した佐野隆哉さんです。

尾池亜美(ヴァイオリン) French Romanticism
サンサーンス,フランク,ドビュッシー
le petit dusque



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