Bravo! オペラ & クラシック音楽

オペラとクラシック音楽に関する肩の凝らない芸術的な鑑賞の記録

11/20(火)都民劇場/サンフランシスコ交響楽団/ユジャ・ワンの超絶技巧が冴えわたるプロコフィエフ

2012年11月22日 00時57分59秒 | クラシックコンサート
都民劇場・音楽サークル 第602回定期公演
サンフランシスコ交響楽団


2012年11月20日(火)19:00~ 東京文化会館・大ホール A席 1階 1列 18番 15,000円
指 揮:マイケル・ティルソン・トーマス
ピアノ:ユジャ・ワン*
管弦楽:サンフランシスコ交響楽団
【曲目】
アダムズ:ショート・ライド・イン・ア・ファースト・マシーン
プロコフィエフ:ピアノ協奏曲 第2番 ト短調 作品16*
《アンコール》
 ジューベルト/リスト編: 糸を紡ぐグレートヒェン*
ラフマニノフ:交響曲 第2番 ホ短調 作品27
《アンコール》
 ビゼー:「アルルの女」第2組曲より「ファランドール」
 コープランド: バレエ音楽「ロデオ」より

 実に15年ぶりの来日公演となったサンフランシスコ交響楽団。昨夜のサントリーホールと、今日の都民劇場公演の2回のみらしい。音楽監督のマイケル・ティルソン・トーマスさんとのコンビで来日した15年前にも、都民劇場に登場している。今回はゲスト・ソリストにユジャ・ワンさんを迎え、昨夜はラフマニノフの「パガニーニの主題による狂詩曲」、今日はプロコフィエフのピアノ協奏曲第2番。超絶技巧派のユジャ・ワンさんにピッタリのプログラムである。
 実は今回のサンフランシスコ交響楽団の来日に関して、どういうわけか情報が入って来なくて、まったく知らなかった。気がついたときにはチケットはほとんど売れた後。大好きなユジャ・ワンさんではあるが、良い席が取れないので半ば諦めていた。その後、都民劇場に登場することを知って大喜び。都民劇場の単券は発売時期が遅いので、まだ間に合ったのである。というわけで、今日も最前列、ピアノ下、指揮者の真後ろである。

 ユジャ・ワンさんは、圧倒的な存在感の超絶技巧と、眩しいくらいに輝く音色、瑞々しく闊達な表現力など、その魅力も最大級のピアニストである。2001年の仙台国際音楽コンクール第3位の後は、2008年に来日しNHK交響楽団の定期公演でラフマニノフの「パガニーニの主題による狂詩曲」を演奏、昨年2011年にはリサイタル・ツアーのために来日し、私も震災直前の3月5日の紀尾井ホールのリサイタルを聴いている。今日は初めて聴く協奏曲なので、期待度も最高潮といったところだ。
 さらに昨夜のサントリーホールに行った友人からの情報によると、昨夜のユジャ・ワンさんは、太腿の方まで深くスリットの入った紫のドレスで演奏したとか。最前列ピアノ下の席では、目のやり場に困るのでは? …などとさらに期待が高まるのだった。

 今日のオーケストラは、第1ヴァイオリンの向かいにチェロを、その後ろにコントラバスを配置するという20世紀的な配置。管楽器の方はよく見えなかったが、木管2列の後ろにホルンを横1列に並べ、その後ろにトランペットが並んでいたようである。開演前からステージ正面にはピアノが置かれていた。

 1曲目はアダムズの「ショート・ライド・イン・ア・ファースト・マシーン」という曲。プログラム・ノートによれば、ミニマル・ミュージックの手法による、とある。打楽器によるやや変則的なリズムを主題のように提示し、管楽器、弦楽器へと反復されながら徐々に拡大していく。最後は大きく盛り上がりを見せた。サンフランシスコ響の演奏は、クセのない素直な音色とダイナミックレンジの広いもので、アメリカン・サウンドといっていいだろう。最前列中央で聴いていたため(とくに東京文化会館はステージが高いため)、ヴァイオリンとチェロが完全に左右から聞こえてくるという超ステレオ効果で、バランスは良くないものの、楽器のナマの音と音圧を感じさせる迫力を十分に堪能させてくれた。曲が終わった瞬間に上の方の階から大きなBravo!が飛び、これには指揮者のティルソン・トーマンさんも、オーケストラのメンバーも思わず笑っていた。楽しい雰囲気のコンサートになりそうな予感である。

 2曲目はプロコフィエフの「ピアノ協奏曲 第2番」。いよいよユジャ・ワンさんの登場だ。深紅のドレスで登場したユジャ・ワンさんだが、…今日はスリットは入っていなかった。期待していただけに…。足下を見ると12cmはあろうかというヒールを履いていて、それがまた…。いやいや、雑念を振り払って、音楽に集中しよう。
 ユジャ・ワンさんはピアノの前に立つとペコリ。まさにペコリといった感じで元気いっぱいにお辞儀をする。この元気いっぱいこそ、彼女の音楽の源泉なのである。


 プロコフィエフの「ピアノ協奏曲 第2番」はもとよりピアノが大活躍する。というよりは、超絶技巧のピアノ・ソナタにオーケストラの伴奏が付いているような感じ、または各楽章ともカデンツァが異様に長い、といったイメージの曲である。また、全楽章を強烈なリズムが支配している。プロコフィエフの若い時の作品だけに、革新的で破壊的、常に前に前にと突き進んで行くような姿勢に満ちている。そして、そんな曲にピッタリなのがユジャ・ワンさんなのである。
 第1楽章は序奏のように始まる遅いテンポの第1主題とリズミカルな第2主題の対比が、明瞭なピアノの音色で描かれる。とくに第2主題以降は、水を得た魚のように、軽快で揺るぎないリズム感の上に飛び跳ねるような旋律がキラキラと輝いていた。展開部がカデンツァを兼ねるように、ピアノのソロが長く続く場面では、オーケストラは完全にお休みになり、ユジャ・ワンさんのリサイタルになってしまう。超絶技巧と不協和音に彩られた力強い音楽が、立ち上がりの鋭い、明瞭なタッチで、屈託なく描かれていく。
 第2楽章はスケルツォに相当する。ヴィヴァーチェの速いテンポで、ちょこまかと転げ回るような音楽が跳ね回る。オーケストラは伴奏に回り、ピアノが完全に主役となって駆け巡る。素晴らしい推進力。ひたすら前へ向かって突き進んで行く。ユジャ・ワンさんのピアノはキラキラと光の反射を撒き散らしていくような、目がくらむような眩しい演奏だった。
 第3楽章は、間奏曲。曲の構成の中では、緩徐楽章に当たるとも考えられる。野性味溢れるオーケストラの土俗的な旋律と和音に対して、ピアノがリズミカルな絡み合っていく。ユジャ・ワンさんのピアノはあくまで明瞭闊達な音色と、弾むようなリズム感が素晴らしい。旋律を口ずさみながら、鍵盤を睨むユジャ・ワンさんの視線は、鋭いというよりは自分の世界しか見えていないよう。それでも楽しそうにしか見えないのは、明るく屈託のない音色によるものだ。
 第4楽章になって、ピアノが縦横無尽に暴れ出すと、もうオーケストラの音はほとんど聞こえてこなかった。目の前で弾いてるユジャ・ワンさんの表情とピアノの音の奔流に圧倒される。これまでの経験では、最前列のピアノ下は、ピアノの底部から出てくる雑音やビビリ音が強く、決して音が良い訳ではないと思っていたが、今日は違っていた。強い打鍵、複雑な和音、速いパッセージなど、どんな場面でも、ピアノの音は澄んでいた。それでいてダイナミックレンジの広い爆発的な演奏だ。もちろん、弱音も細やかなニュアンスで描かれていたし、コーダに入って一気にパワーアップしていく辺りは、いったいどこまで突っ走っていくのか、といったイメージである。あたかもオーケストラを引っ張り回しているような圧倒的なスピード感で曲が終わった。これはもう、Braaava!!間違いなし。
 ユジャ・ワンさんのピアノは、作曲者の色を吹き飛ばしてしまうくらいの強い個性がある。といっても、わがままに好き勝手に弾いているわけではない。あくまで譜面通りなのだが、その曲に内在している表現の可能性を極限まで引っ張り出してしまう。時には作曲者の意図を超えてしまうのかもしれない。正統な音楽家からみれば、解釈が無謀だとか、技巧に頼って精神性が不足しているだとか、いわれるのかもしれないが、ミーハーな音楽ファンから見れば、今日の演奏は、プロコフィエフ流の音楽ではなくて、ユジャ・ワン流の音楽であって、これはこれでBrava!なのである。
 アンコールはジューベルト/リスト編の「糸を紡ぐグレートヒェン」。いくらリスト編といっても、この曲これほど広いダイナミックレンジの演奏を聴いたことはない。曲に描かれた物語性・標題性よりも、純音楽として表現の可能性を限界まで追求した結果こうなった、というような演奏で、衝撃的であった。

 後半はラフマニノフの交響曲第2番。結論から言えば、こちらも素晴らしい演奏であった。プロコフィエフがユジャ・ワンさんの独演会のような曲だったからという訳でもないだろうが、「あくまでこちらが主役ですよ」といわんばかりだ。ティルソン・トーマスさんの楽曲解釈は、極めてスタンダードで、派手なパフォーマンスはない。むしろスタンダードに演奏することで、楽曲の持つ本質的な素晴らしさを自然に描きたかったのだろうと思う。
 何といってもこの曲は、各楽章に一度聴いただけで忘れられなくなるような、甘美で感傷的な旋律が登場する。その代わりに演奏時間が長く、冗長にならざるを得ない。何しろ作曲したラフマニノフ自身がそう思っていたくらいだから間違いないところだ。だから、いかに緊張感を保って飽きさせずに、聴かせどころの美しい旋律にもっていくかが課題となる。何度聴いてもその印象は変わらない。
 第1楽章は、長い序奏にも、甘美な旋律があるし、第1主題を経て、第2主題が美しく旋律を歌わせる。ベースとなる和音の美しさもラフマニノフならではのものだ。サンフランシスコ響の演奏は、基本的に高い演奏技術を背景に、クセのない透明感の高いビッグ・サウンドである。弦楽のアンサンブルも澄んでいて、ぶ厚い。管楽器群も全般的に上手いし、パワーもかなりある。何よりも明快でスッキリした音色のラフマニノフである。
 第2楽章はスケルツォ。豪壮で躍動的な主部では、オーケストラが立ち上がりの鋭い演奏で、キレの良いところを聴かせた。最初の中間部に登場する息の長い、抒情的な旋律の部分では、ヴァイオリンを中心とした弦楽が美しいアンサンブルで、聴く者を感傷的な気分に誘う。ティルソン・トーマスさんはこういう部分はたっぷりと旋律を歌わせる。三部形式なので、後半にもう一度登場するこの美しい旋律は、何度聴いても素敵だ。
 第3楽章は、もう何も言うことはない。クラシック音楽史上屈指の名旋律による緩徐楽章である。サンフランシスコ響のクラリネットは素直でしっとりとした主題をたっぷりと聴かせてくれた。ヴァイオリンのアンサンブルも美しい。やはり聴かせどころはちゃんと聴かせてくれる。スタンダードな解釈の良いところで、ティルソン・トーマスさんのベテランらしい職人芸的なところだ。泣かせてくれる。
 第4楽章は一転して快活で壮麗な曲想となる。ロシアの民族的な香りのする旋律をベースに、各楽章の主題が回帰してきて、チャイコフスキーなどにも似たロシアの交響曲らしい構造を創り出していく。またここでも推進力の加わった第2主題の美しさが、いつまでも耳に残る。コーダに入ってからの盛り上がりと、爆発的な全合奏の音のパワーは、まさにアメリカン・ビッグ・サウンド。最前列で、音の奔流に圧倒されながら、至福の時を迎えるのだ。
 今日のサンフランシスコ響によるラフマニノフは、アメリカ流の透明なサウンドで、スッキリ爽やか、後味の良い演奏だった。少なくとも、途中でだらけたり飽きさせたりすることのない、適度な緊張感と、しっかりしたアンサンブル、そして豪快なサウンドで、聴衆を魅了したと言える。素晴らしい演奏であった。
 個人的には、ロシアの郷愁というか、悩めるラフマニノフの心情というか、なぜあんなにも感傷的なのか、そのへんのニュアンスをもう少しネットリと描く方が好きなのだが(今年2012年3月、アレクサンドル・ラザレフさんの指揮した日本フィルハーモニー交響楽団の定期演奏会の時のような)……。
 アンコールは2曲も大サービス。ビゼーの「ファランドール」とは、また意外な曲が出てきてビックリした。コープランドの「バレエ音楽『ロデオ』より」は、聴けば「ああ、あの曲か」という、どこかで聴いたことがある曲である。オーケストラのメンバーが途中でかけ声を上げたりして、思いっきり楽しい演奏だった。アメリカのオーケストラならではの陽気な一面を見せてくれた。

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3 コメント

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やはりいらしてたのですね。 (T.G.)
2012-11-22 18:01:12
ご無沙汰しています。
以前2回程都民劇場の所でコメントさせていただきましたが、多分今晩もいらっしゃるのでは、と思っていました。
私はS席ですが都民劇場は毎回違う席で、今回は後ろの方でしたが、ただ中央左でしたので、ピアノも良く見れたし、又オケなので音のバランスもよかったと思います。
確かにおっしゃる通り、アメリカのオーケストラ!といった音だなと思いました。ユジャ・ワンさんの音は大変澄んだ音で、しかも弱音でもはっきりと聞き取れる力のある音だったと思います。とてもこれからが楽しみで、来年4月のコンサートの予告があったので行ってみようという気になりました。アンコールのシューベルトはまるで中国の歌謡曲の様な雰囲気も感じたのですが、思い込みでしょうか。後半のラフマニノフは3楽章までは楽しめたのですが、4楽章に入ってすぐにトーマスさんが左手で指揮を始めたのが気になり、ずっとみていると、どうも右手が少し疲れているのか、かばっている様で、最後までずっと気になり、あまり心から楽しめなかったのが残念でした。体を少し悪くされたかなと思っていたので、そのあとの2曲のアンコールはびっくりしました。でも休憩時間にピッコロが「ファランドール」ばっかり練習していたので、アンコールはばればれだったと思います。ここでも先ほどと同じ様な感想になってしまいますが、「ファランドール」のピッコロと太鼓のやりとりの部分で太鼓がまるでインディアンの太鼓の様に聞こえてとても面白かったのですが、こういった聞き方は不謹慎でしょうか?アメリカのオーケストラのわかりやすい性格の音楽作りも良いなと思いました。特に金管がやはりアメリカ!といった感じでした。(但し上段のチューバとトロンボ-ンの2人が足を組んでいたのには少しお行儀がわるいなと思いました)
色々勝手な事を書きましたがお許しください。
追伸
都民劇場は来週はバイエルンでこれも楽しみです。(私が始めて本格的なオケを聴いたのがこのバイエルンで指揮者はクーベリック、シューベルトの未完成でした。最初の出だしのバイオリンの音色の美しさは一生わすれないぐらい素晴らしかったのを覚えています)
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来期も充実の都民劇場 (ぶらあぼ)
2012-11-24 01:22:10
T.G.様
お久しぶりです。コメントをありがとうございました。
私はバイエルンは都民劇場には行かず、サントリーホールの本公演を1回だけ行く予定です。
そういえば都民劇場の2013年度上期のチラシをもらいました。来期もなかなか充実した内容で、目が離せません。とくに懐かしの(?)チョン・キョンファさんが登場するのは朗報です。
今後とも、よろしくお願いいたします。
返信する
サンフランシスコ響 (サンフランシスコ人 )
2019-01-06 06:00:16
「今回のサンフランシスコ交響楽団の来日に関して、どういうわけか情報が入って来なくて、まったく知らなかった。気がついたときにはチケットはほとんど売れた後」

エサ=ペッカ・サロネンの最初のシーズンに、サンフランシスコ交響楽団との演奏会が日本であるみたいです..

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