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オペラとクラシック音楽に関する肩の凝らない芸術的な鑑賞の記録

1/25(金)辻 彩奈/バッハ無伴奏ソナタ&パルティータ全曲演奏/端正かつ流麗で際立つ「綺麗」な音/正統派の純音楽を描ききった天上の響き

2019年01月25日 23時00分00秒 | クラシックコンサート
辻 彩奈 J.S.バッハ 無伴奏ヴァイオリン・ソナタ&パルティータ全曲演奏会

2019年1月25日(金)18:00〜 紀尾井ホール 指定席 1階 1列 10番 4,000円
ヴァイオリン:辻 彩奈
【曲目】
J.S.バッハ:無伴奏ヴァイオリンのためのソナタ第1番 ト短調 BWV1001
J.S.バッハ:無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第1番 ロ短調 BWV1002
J.S.バッハ:無伴奏ヴァイオリンのためのソナタ第3番 ハ長調 BWV1005
J.S.バッハ:無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第3番 ホ長調 BWV1006
J.S.バッハ:無伴奏ヴァイオリンのためのソナタ第2番 イ短調 BWV1003
J.S.バッハ:無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第2番 ニ短調 BWV1004

 ヴァイオリンの辻彩奈さんが、J.S.バッハの「無伴奏ヴァイオリン・ソナタとパルティータ」の全曲演奏に挑んだリサイタルが紀尾井ホールで開催された。全曲ということで、ソナタ第1番〜第3番とパルティータの第1番〜第3番となる。番号順に演奏するのか思ったら、ソナタ、パルティータの順に、第1番、第3番、第2番という演奏順になっていた。これは、最も華麗で最も長い「シャコンヌ」を最後のクライマックスに持ってくるという配慮だろう。その方が盛り上がることは確かだ。

 本来なら2回に分けても成り立つくらいのボリュームになる「無伴奏全曲」であるため、今日のリサイタルは平日にも関わらず18時開演であった。働いている現役組としては少々辛いところがあり、何とか理由を付けて職場を抜け出して予定時刻に間に合わせた次第である。

 辻さんは現在21歳。2016年の「モントリオール国際音楽コンクール」で優勝と5つの特別賞を受賞するという快挙を成し遂げ、一躍トップ・アーティストのひとりに上った。コンクールでの演奏がCDになった発売されたが、ワーナークラシックスと契約したということでも、世界クラスの注目アーティストだということは間違いない。現在、東京音楽大学に特待奨学生として在学しているが、今年2019年の秋からパリに留学する予定だという。このところ忙しく演奏活動をこなしているので、一度海外に出て、充電の時間を持った方が良いかもしれない。

 さて本日の演奏についてだが、これがまた驚くべきほどの完成度に仕上がっていたと思う。もちろん全曲を暗譜で演奏した。実は今日のリサイタルに先立って、名古屋の宗次ホールと大学内で2度にわたり全曲演奏をおこなっており、今日が3回目ということになるらしい。それだけに見事な仕上がりを見せたともいえそうだ。バッハの無伴奏を弾くということは、孤独との戦い、自分自身との戦いになる。当初はかなり緊張もしたとのことだが、今日の演奏では固くなるという意味での緊張感は見られず、終始肩の力が抜けていて、伸び伸びと演奏できていたようである。

 とにかく1曲目が始まってすぐに感じたのは、「音の綺麗」さ。「美しい」というイメージではなく「綺麗」という表現の方が似合うように感じた。音がどこまでも澄んでいて、紀尾井ホールの空間の中に自然に溶け込むように響いていく。音の均質さという点も見事だ。中・高音域の澄んだ音色に対して、普通はG線による低音部がどうしてもガリガリと硬く強くなりがちだが、辻さんの演奏はG線も柔らかく他の弦との音質的な違和感がない。GDAEの各線が均質で、バッハの多声部を描くのにとても済んだ重音を創り出している。とにかくこの澄んだ音色は特筆物で、天上の音楽というか、何者をも超越した純粋な音楽の「美」を感じさせた。
 逆にいうと、辻さんの演奏は、音楽自体を純粋に見つめ、解釈した結果なのだろう。そこには演奏者の持つ情感や個性は影をひそめ、まさに「純音楽」として捉えたバッハの姿が浮き彫りにされていた。淡々と演奏しているようで、聴いていてもまったく飽きが来ない(私としては滅多にないこと)のは、それだけバッハの音楽に肉薄していたからではないだろうか。
 技巧的にも素晴らしかった。完璧とも言うべき音程の正確さと、音楽的な流れの良さ(リズム感の良さ)である。バッハの無伴奏曲の場合、多声部を描くためにリズム感を崩してしまう人が多い。もちろん低音部と高音部を同時には弾けない以上、ある程度は崩さなければならない訳で、それを如何に自然に聴かせられるかが技量でもありセンスでもある。辻さんは音楽的な流れを崩すことなく、スムーズに、しなやかに演奏していた。かなり高度な技巧と音楽性だと思う。

 バッハの無伴奏ヴァイオリン・ソナタとパルティータ全6曲には、全部で27の楽章がある。あまり細かく見ていっても仕方ないので、ここでは取り敢えず一番有名な「バルティータ第2番」の終楽章「シャコンヌ」についてレビューしておこう。
 この「シャコンヌ」は単体でリサイタル・ピースになる人気曲であると同時に難曲である。単体として演奏するなら、またそれなりの解釈や表現も必要になるはずだが、今日の辻さんは、あくまで全曲演奏の終曲として位置付けていたようで、とくに気負ったところもなく、他の曲や楽章と同様にもやや速めのテンポで音楽を自然にスムースに流していく。高度な技巧性のある曲だと感じさせないような、自然体のアプローチで、楽曲の持つ純音楽的な世界観を描き出していた。最後まで失われなかった「綺麗」な音。重音の綺麗さはまさに天上の響きだ。この「シャコンヌ」だけを取り出しても、これまで聴いた中でベスト・スリーに入ると確信する。


《終演後、楽屋に表敬訪問した時の写真》

 さて、見事としか言いようのない「無伴奏ヴァイオリン・ソナタ&パルティータ全曲演奏会」。すべての曲、すべての楽章が、まさに均質に仕上がっていて、1曲ずつのまとまりもキチンと造形されていたし、全6曲を並べたとき分かるバッハの偉大さも十分に感じ取れた。21歳の若さで「無伴奏全曲」に取り組むことの意味が、おぼろげながら分かるような気がしてきた。私は昔からバッハが苦手で、論理的で構造的な音楽に芸術性があまり感じられない・・・・つまり聴いていても楽しくないし感動もしない・・・・のであったが、今日の辻さんの演奏を通して聴いてみて分かったことがある。要するに演奏が良ければ、バッハも好きになれるということだ。まあ、とはいってもこれから積極的にバッハを聴いて行こうとは思えるわけではないが、それでもそれでも聴かず嫌いにはならないように、努力しよう。素晴らしい演奏に巡り会うことができれば、今日のようにバッハにも共感して感動することができるのだと分かった。

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