
ユジャ・ワン ピアノ・リサイタル
Yuma Wang Piano Recital
2016年9月4日(日)14:00〜 神奈川県立音楽堂 指定席 1列 19番 7,000円
ピアノ:ユジャ・ワン
【曲目】
シューマン:クライスレリアーナ 作品16
カプースチン:変奏曲 作品41
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ 第29番 変ロ長調 作品106「ハンマークラヴィーア」
《アンコール》
プロコフィエフ:ピアノ・ソナタ 第7番 変ロ長調 作品83より 第3楽章
ラフマニノフ:エレジー 作品3-1
カプースチン:8つの演奏会用練習曲より第3曲「トッカティーナ」作品40-3
ショパン:バラード 第1番 ト短調 作品23
モーツァルト/ヴォロドス/サイ編:トルコ行進曲
ユジャ・ワン。いま、世界で最も過激な超絶技巧の演奏で、まるでアイドルのように世界中の人々(しかも男女に)愛され、超一流の巨匠と呼ばれる指揮者やオーケストラから共演のオファーが絶えず、圧倒的な存在感で強烈なオーラを放ち続ける、29歳の、中国生まれのピアニストである。彼女の演奏を聴いたことがないという人は、とにかくコンサートでのナマの演奏を聴いて欲しい。CDなどでは彼女の魅力の10%も感じ取ることはできないと思うし、NETの動画もたくさん出回っているが、同様に雰囲気は何となく分かったとしても、コンサートホールでの興奮は行った人にしか分からないものである。とくに彼女の場合は・・・。
そんなユジャさん。ほぼ毎年のように来日してくれるので、最近では首都圏でのコンサートはほとんど聴いていると思うが、聴く度に新しい興奮に出会うことになる。必ず何かをやらかしてくれるのである。
今回の来日ツアーは、本日9/4の神奈川県立音楽堂をスタートに、9/5仙台、9/7東京、9/9名古屋、9/11長野が予定されている。まず面白かったのは、チケットが発売される段階では「演奏曲目未定」。チラシにそう印刷されている。曲目は決まり次第追ってWEB等で発表する、と。うーん、ジャズじゃないんだから。
そしてその後に発表されたのが、コチラであった。
【曲目】
ショパン:ピアノ・ソナタ第2番 変ロ短調 作品35「葬送」
ショパン:ピアノ・ソナタ第3番 ロ短調 作品58
スクリャービン:左手のための前奏曲 嬰ハ短調 作品9-1
前奏曲 嬰ヘ短調 作品11-8
幻想曲 ロ短調 作品28
前奏曲 変ロ短調 作品37-1
2つの詩曲 作品63
ピアノ・ソナタ第9番 作品68「黒ミサ」
バラキレフ:「イスラメイ」(東洋風幻想曲)
ただしこれは暫定的なもので変更になることがすでに予告されていた。
そして「曲目が決定いたしました」と発表されたのがコチラ(8月9日現在)。
【曲目】
スクリャービン:ピアノ・ソナタ第4番 嬰ヘ長調 作品30
ショパン:即興曲第2番 嬰ヘ長調 作品36
ショパン:即興曲第3番 変ト長調 作品51
グラナドス:「ゴイェスカス」作品11から
ともしびのファンダンゴ
わら人形
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第29番 変ロ長調 作品106「ハンマークラヴィーア」
思わず、「全然違うじゃん!」とツッコミたくなるくらい。こちらの曲目が配布されたプログラムにも掲載されている。
さらに当日、「演奏者の強い要望により、曲目・曲順が一部変更になる場合がございます」と書かれた紙がプログラムと一緒に配布された。
そして開演5分前。会場のアナウンスで曲目の変更が発表された。その時点で「シューマンの『クライスレリアーナ』とベートーヴェンの『ハンマークラヴィーア』を演奏します」ということだった。会場がザワつく。「え? 何? 何だって?」「シューマンの何だって?」とか、「せっかく予習してきたのにぃ〜」などという声があちこちから聞こえて来た。
本当に「全然違うじゃん!」とツッコミたくなる。さすがはユジャさん、やってくれる。無料で配布されたプログラムにも、KAJIMOTOが作った有料プログラム(500円)にも、曲目の解説がしっかりと掲載されている。グラナドスなんかは珍しいから、結構調べ物をしたり視聴したりして書いたはず。これを書いた音楽評論家の先生たちも一刀両断されたわけだ。開演前にこれで明らかになったこと・・・・「教訓・・・ユジャ・ワンのリサイタルに行くか行かないかは、曲目で判断してはならない。」もちろんユジャさんは曲目がまるっきり変わろうが、そんなことは一切お構いなしで、飛びきり上等の、最高のパフォーマンスを披露してくれるのだから、聴きにいって損することは、絶対にない! のである。

というわけで、前半はシューマンの「クライスレリアーナ」全曲。登場したユジャさんは、背中が大きく切れ込んだロング・ドレスに15cmくらいのハイヒールといったスタイル。背中の筋肉がアスリートのようにしなやかにうねる。そしてあの超セクシーで歩きにくそうなハイヒールは、本番の時はいつも同じ高さなので、ペダリングには差し支えがないのだそうだ。練習でもゲネプロの時は履いているという。うーむ、プロだなぁと妙なところで感心してしまう。
曲が始まると一瞬にしてユジャさんの音楽世界が広がる。速い打鍵から飛び出してくる音は明瞭で鋭いが決して硬くはなく、むしろ柔軟でしなやかなイメージ。そして鮮やかな色彩感。満艦飾が溢れるごときカラフルだ。そして広いダイナミックレンジ。消え入るくらいの弱音であっても音の芯がハッキリしているので聴き逃すようなことはなく、なだらかに駆け上がる音量の変化、さして最強音でも音に濁りは全くなく、ひとつひとつの音が明瞭に分離して、響き合う。このピアノの鳴り方はユジャさん独特のものだ。
そして描き出される音楽は、きわめてリズミカルで旋律がしなやかに歌う。躍動的であったり、叙情的であったり、諧謔的であったり、瞑想的であったりと、浪漫的あであったり、激情的であったり、悲愴的であったり、8つの小曲に描かれる音楽世界は、それぞれがきわめて美しく情感豊かで、みずみずしい生命力に溢れている。決して何者にも媚びることはなく、自然体でおおらかで、光り輝いているのだ。
とにかく、ユジャさんの演奏は聴く者に訴えるチカラが強烈。早くもBravo!!が飛び交った。
ここで拍手が鳴り止まずにアンコール風?に弾いたのが、カプースチンの「変奏曲 作品41」。これは何しろ発表されていない曲なのだ。「前半からアンコールかい!?」とまたまたツッコミたくなるような、超絶技巧の派手な曲である。ジャズのようなフォービートのリズムに乗せて、華麗な技巧が迸る。後半、テンポが上がるとキラキラ光る音の粒がホールいっぱいに飛び散るイメージ。最後は目にも止まらぬ速さで手も指も動体視力を超えた動きで聴衆を圧倒した。
後半はベートーヴェンの「ピアノ・ソナタ 第29番 変ロ長調 作品106『ハンマークラヴィーア』」。後半のお衣装は、待ってましたの超ミニ・ドレス。しかもナマ足っぽい。最前列の男性諸氏の鼻の下が一斉に5センチは伸びた・・・かどうかは別として、登場したときに「ほぅ〜」という溜息が一斉に聞こえたのは確かである。演奏が始まっても、ついつい視線が下がってしまう・・・・いや、第1音から鮮やかに響き渡る和音。視線が下がるどころか、その音の圧倒的な質感に、聴く方の心がどんどん開かされていく。あえて気持ちを集中させなくても、こちらの心の中にズンズン突き刺さってくる。ユジャさんが弾くと、ベートーヴェンもこんなに色鮮やかになるのか。
第1楽章は最初の和音で聴衆の心を掴み、後は流れるようなリズム感に乗せて主題が美しく描き出されていく。造形的にはシッカリしている。揺るぎない構造感がある。ところが音色も和声のバランスも歌うような旋律の流れも極めて浪漫的な香りがプンプンなのだ。純音楽であることはいうまでもないが、あまりにも人間的な情感が鮮やかに、そして自由に歌い上げられているように感じられる。
第2楽章は短いスケルツォ。速めのテンポで躍動感が弾ける。
第3楽章は長い緩徐楽章。深い哀しみを湛えた主題と憧れを乗せた主題が切なげに語られていく。わずかな流れの中で短調と長調の間を揺れ動く様は、人の感情の移ろいを感じさせる。ユジャさんのピアノは超絶技巧だけの上っ面だけのものではない。こうした緩徐楽章のピアニッシモの中の深い感情表現がまた素晴らしいのである。
第4楽章は序奏付きのフーガ。序奏は幻想曲風で浪漫的な自由さで描かれ、対してフーガは3声で壮大なイメージを創り出す。この古典的な造型に対して、ユジャさんの演奏は各声部が鮮やかに分離して、とくに重厚な低音部が明瞭な音と造形を見せるために、非常にスケールの大きな音楽になる。そして造形的には堅固でありながら、自由度が高く大らかに歌う。何てロマンティックな描き方なのだろう。これはもう、最大級のBraaaava!!
そしてアンコール。ここからが「ユジャ・ワン劇場」の始まりである。プログラムの本編、つまりシューマンとベートーヴェンは、いわばユジャさんの「芸術的表現」のピアニズム。アンコールはいわば「超絶技巧表現」のピアニズムともいうべき、見せる音楽、魅せる音楽を聴かせてくれるのだ。
1曲目はプロコフィエフの「ピアノ・ソナタ 第7番 より 第3楽章」。いわゆる「戦争ソナタ」のひとつ。会場のアンコール曲紹介は「トッカータ op.11」となっていたがこれは間違い。やはり突然曲目を変更したのだろうか。目にもとまらぬ早さで鍵盤を叩き続けているように見えるが、聞こえてくる音楽は正確無比の突撃するような音楽。エネルギーが充ち満ちて超絶技巧曲を超絶技巧っぽく弾きまくる。素晴らしい見せる音楽なのである。
2曲目は一転してラフマニノフの「エレジー 作品3-1」。悲歌もユジャさんの手にかかると鮮やかでロマンティックに聞こえてくるから不思議。悲しさも瑞々しい。
3曲目はカプースチンの「トッカティーナ 作品40-3」。またまた超絶技巧ものが飛び出してくる。それを普通よりも速めのテンポで弾いていたのではないだろうか。
4曲目は、何とショパンの「バラード 第1番 ト短調 作品23」。とてもアンコールで弾くような曲じゃない。静かなモノトーンのイメージで始まり、展開して盛り上がっていくと途中からはショパンですら超絶技巧の派手なパフォーマンスに変わっていく。テンポも速めで、目まぐるしく音が交錯する。「ユジャ・ワン劇場」もエンジン全開のパフォーマンスだ。
さすがにもう終わりかと思っていたら、最後にもう1曲。モーツァルト/ヴォロドス/サイ編の「トルコ行進曲」。この曲は子供の発表会のようにトルコ行進曲が始まるので会場から笑いが起こる。ところが2回目のフレーズから変奏が始まり「え?」と思った時には超・超・超絶技巧の強烈なパフォーマンスに変わっていて、知らない人は度肝を抜かれることになるのだ。これで会場はパニックのような大喝采!!
ユジャさんのサーカスみたいなアクロバティックな演奏について、良いの悪いのと言っても始まらない。とにかくスゴイものはスゴイのであって、他にこんなことをできる人がいない以上、彼女の存在は天下一であることも確かなのだ。好き嫌いは人の自由である。ユジャさんのことを「あんなの鍵盤を叩いているだけじゃない。指が早く回れば良いって訳じゃないのよ!!」というようなことをピアノの先生らしき人が言っているのを耳にしたことがあるが、 まあ・・・・それはその通りなんだけれども・・・・あれだけの技巧があって初めて表現できる世界もあるのではないだろうか。ユジャさんの演奏を見・聴きしていると、演奏の技術そのものはショパンやリストやラフマニノフよりも上だったのではないかと思ってしまう。もしショパンがユジャさんほどのテクニックを持っていたら、ショパンの作る曲を弾ける人は他にいなくなってしまい、その結果、歴史に残らなかったのではなかっただろう、などと妙な妄想に取り憑かれてしまうのであった。
終演後はサイン会があった。さすがにあれだけの演奏を聴かされただけに、あっという間に長蛇の列。新しいCDは買ったものの、横浜は遠いので、サイン会は断念することにした。何しろ演奏が終わったのは16時半くらいだったのだから。ユジャさんのツアーは続くので、この後は9月7日のサントリーホールで、もう一度聴く予定になっている。
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Yuma Wang Piano Recital
2016年9月4日(日)14:00〜 神奈川県立音楽堂 指定席 1列 19番 7,000円
ピアノ:ユジャ・ワン
【曲目】
シューマン:クライスレリアーナ 作品16
カプースチン:変奏曲 作品41
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ 第29番 変ロ長調 作品106「ハンマークラヴィーア」
《アンコール》
プロコフィエフ:ピアノ・ソナタ 第7番 変ロ長調 作品83より 第3楽章
ラフマニノフ:エレジー 作品3-1
カプースチン:8つの演奏会用練習曲より第3曲「トッカティーナ」作品40-3
ショパン:バラード 第1番 ト短調 作品23
モーツァルト/ヴォロドス/サイ編:トルコ行進曲
ユジャ・ワン。いま、世界で最も過激な超絶技巧の演奏で、まるでアイドルのように世界中の人々(しかも男女に)愛され、超一流の巨匠と呼ばれる指揮者やオーケストラから共演のオファーが絶えず、圧倒的な存在感で強烈なオーラを放ち続ける、29歳の、中国生まれのピアニストである。彼女の演奏を聴いたことがないという人は、とにかくコンサートでのナマの演奏を聴いて欲しい。CDなどでは彼女の魅力の10%も感じ取ることはできないと思うし、NETの動画もたくさん出回っているが、同様に雰囲気は何となく分かったとしても、コンサートホールでの興奮は行った人にしか分からないものである。とくに彼女の場合は・・・。
そんなユジャさん。ほぼ毎年のように来日してくれるので、最近では首都圏でのコンサートはほとんど聴いていると思うが、聴く度に新しい興奮に出会うことになる。必ず何かをやらかしてくれるのである。
今回の来日ツアーは、本日9/4の神奈川県立音楽堂をスタートに、9/5仙台、9/7東京、9/9名古屋、9/11長野が予定されている。まず面白かったのは、チケットが発売される段階では「演奏曲目未定」。チラシにそう印刷されている。曲目は決まり次第追ってWEB等で発表する、と。うーん、ジャズじゃないんだから。
そしてその後に発表されたのが、コチラであった。
【曲目】
ショパン:ピアノ・ソナタ第2番 変ロ短調 作品35「葬送」
ショパン:ピアノ・ソナタ第3番 ロ短調 作品58
スクリャービン:左手のための前奏曲 嬰ハ短調 作品9-1
前奏曲 嬰ヘ短調 作品11-8
幻想曲 ロ短調 作品28
前奏曲 変ロ短調 作品37-1
2つの詩曲 作品63
ピアノ・ソナタ第9番 作品68「黒ミサ」
バラキレフ:「イスラメイ」(東洋風幻想曲)
ただしこれは暫定的なもので変更になることがすでに予告されていた。
そして「曲目が決定いたしました」と発表されたのがコチラ(8月9日現在)。
【曲目】
スクリャービン:ピアノ・ソナタ第4番 嬰ヘ長調 作品30
ショパン:即興曲第2番 嬰ヘ長調 作品36
ショパン:即興曲第3番 変ト長調 作品51
グラナドス:「ゴイェスカス」作品11から
ともしびのファンダンゴ
わら人形
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第29番 変ロ長調 作品106「ハンマークラヴィーア」
思わず、「全然違うじゃん!」とツッコミたくなるくらい。こちらの曲目が配布されたプログラムにも掲載されている。
さらに当日、「演奏者の強い要望により、曲目・曲順が一部変更になる場合がございます」と書かれた紙がプログラムと一緒に配布された。
そして開演5分前。会場のアナウンスで曲目の変更が発表された。その時点で「シューマンの『クライスレリアーナ』とベートーヴェンの『ハンマークラヴィーア』を演奏します」ということだった。会場がザワつく。「え? 何? 何だって?」「シューマンの何だって?」とか、「せっかく予習してきたのにぃ〜」などという声があちこちから聞こえて来た。
本当に「全然違うじゃん!」とツッコミたくなる。さすがはユジャさん、やってくれる。無料で配布されたプログラムにも、KAJIMOTOが作った有料プログラム(500円)にも、曲目の解説がしっかりと掲載されている。グラナドスなんかは珍しいから、結構調べ物をしたり視聴したりして書いたはず。これを書いた音楽評論家の先生たちも一刀両断されたわけだ。開演前にこれで明らかになったこと・・・・「教訓・・・ユジャ・ワンのリサイタルに行くか行かないかは、曲目で判断してはならない。」もちろんユジャさんは曲目がまるっきり変わろうが、そんなことは一切お構いなしで、飛びきり上等の、最高のパフォーマンスを披露してくれるのだから、聴きにいって損することは、絶対にない! のである。

というわけで、前半はシューマンの「クライスレリアーナ」全曲。登場したユジャさんは、背中が大きく切れ込んだロング・ドレスに15cmくらいのハイヒールといったスタイル。背中の筋肉がアスリートのようにしなやかにうねる。そしてあの超セクシーで歩きにくそうなハイヒールは、本番の時はいつも同じ高さなので、ペダリングには差し支えがないのだそうだ。練習でもゲネプロの時は履いているという。うーむ、プロだなぁと妙なところで感心してしまう。
曲が始まると一瞬にしてユジャさんの音楽世界が広がる。速い打鍵から飛び出してくる音は明瞭で鋭いが決して硬くはなく、むしろ柔軟でしなやかなイメージ。そして鮮やかな色彩感。満艦飾が溢れるごときカラフルだ。そして広いダイナミックレンジ。消え入るくらいの弱音であっても音の芯がハッキリしているので聴き逃すようなことはなく、なだらかに駆け上がる音量の変化、さして最強音でも音に濁りは全くなく、ひとつひとつの音が明瞭に分離して、響き合う。このピアノの鳴り方はユジャさん独特のものだ。
そして描き出される音楽は、きわめてリズミカルで旋律がしなやかに歌う。躍動的であったり、叙情的であったり、諧謔的であったり、瞑想的であったりと、浪漫的あであったり、激情的であったり、悲愴的であったり、8つの小曲に描かれる音楽世界は、それぞれがきわめて美しく情感豊かで、みずみずしい生命力に溢れている。決して何者にも媚びることはなく、自然体でおおらかで、光り輝いているのだ。
とにかく、ユジャさんの演奏は聴く者に訴えるチカラが強烈。早くもBravo!!が飛び交った。
ここで拍手が鳴り止まずにアンコール風?に弾いたのが、カプースチンの「変奏曲 作品41」。これは何しろ発表されていない曲なのだ。「前半からアンコールかい!?」とまたまたツッコミたくなるような、超絶技巧の派手な曲である。ジャズのようなフォービートのリズムに乗せて、華麗な技巧が迸る。後半、テンポが上がるとキラキラ光る音の粒がホールいっぱいに飛び散るイメージ。最後は目にも止まらぬ速さで手も指も動体視力を超えた動きで聴衆を圧倒した。
後半はベートーヴェンの「ピアノ・ソナタ 第29番 変ロ長調 作品106『ハンマークラヴィーア』」。後半のお衣装は、待ってましたの超ミニ・ドレス。しかもナマ足っぽい。最前列の男性諸氏の鼻の下が一斉に5センチは伸びた・・・かどうかは別として、登場したときに「ほぅ〜」という溜息が一斉に聞こえたのは確かである。演奏が始まっても、ついつい視線が下がってしまう・・・・いや、第1音から鮮やかに響き渡る和音。視線が下がるどころか、その音の圧倒的な質感に、聴く方の心がどんどん開かされていく。あえて気持ちを集中させなくても、こちらの心の中にズンズン突き刺さってくる。ユジャさんが弾くと、ベートーヴェンもこんなに色鮮やかになるのか。
第1楽章は最初の和音で聴衆の心を掴み、後は流れるようなリズム感に乗せて主題が美しく描き出されていく。造形的にはシッカリしている。揺るぎない構造感がある。ところが音色も和声のバランスも歌うような旋律の流れも極めて浪漫的な香りがプンプンなのだ。純音楽であることはいうまでもないが、あまりにも人間的な情感が鮮やかに、そして自由に歌い上げられているように感じられる。
第2楽章は短いスケルツォ。速めのテンポで躍動感が弾ける。
第3楽章は長い緩徐楽章。深い哀しみを湛えた主題と憧れを乗せた主題が切なげに語られていく。わずかな流れの中で短調と長調の間を揺れ動く様は、人の感情の移ろいを感じさせる。ユジャさんのピアノは超絶技巧だけの上っ面だけのものではない。こうした緩徐楽章のピアニッシモの中の深い感情表現がまた素晴らしいのである。
第4楽章は序奏付きのフーガ。序奏は幻想曲風で浪漫的な自由さで描かれ、対してフーガは3声で壮大なイメージを創り出す。この古典的な造型に対して、ユジャさんの演奏は各声部が鮮やかに分離して、とくに重厚な低音部が明瞭な音と造形を見せるために、非常にスケールの大きな音楽になる。そして造形的には堅固でありながら、自由度が高く大らかに歌う。何てロマンティックな描き方なのだろう。これはもう、最大級のBraaaava!!
そしてアンコール。ここからが「ユジャ・ワン劇場」の始まりである。プログラムの本編、つまりシューマンとベートーヴェンは、いわばユジャさんの「芸術的表現」のピアニズム。アンコールはいわば「超絶技巧表現」のピアニズムともいうべき、見せる音楽、魅せる音楽を聴かせてくれるのだ。
1曲目はプロコフィエフの「ピアノ・ソナタ 第7番 より 第3楽章」。いわゆる「戦争ソナタ」のひとつ。会場のアンコール曲紹介は「トッカータ op.11」となっていたがこれは間違い。やはり突然曲目を変更したのだろうか。目にもとまらぬ早さで鍵盤を叩き続けているように見えるが、聞こえてくる音楽は正確無比の突撃するような音楽。エネルギーが充ち満ちて超絶技巧曲を超絶技巧っぽく弾きまくる。素晴らしい見せる音楽なのである。
2曲目は一転してラフマニノフの「エレジー 作品3-1」。悲歌もユジャさんの手にかかると鮮やかでロマンティックに聞こえてくるから不思議。悲しさも瑞々しい。
3曲目はカプースチンの「トッカティーナ 作品40-3」。またまた超絶技巧ものが飛び出してくる。それを普通よりも速めのテンポで弾いていたのではないだろうか。
4曲目は、何とショパンの「バラード 第1番 ト短調 作品23」。とてもアンコールで弾くような曲じゃない。静かなモノトーンのイメージで始まり、展開して盛り上がっていくと途中からはショパンですら超絶技巧の派手なパフォーマンスに変わっていく。テンポも速めで、目まぐるしく音が交錯する。「ユジャ・ワン劇場」もエンジン全開のパフォーマンスだ。
さすがにもう終わりかと思っていたら、最後にもう1曲。モーツァルト/ヴォロドス/サイ編の「トルコ行進曲」。この曲は子供の発表会のようにトルコ行進曲が始まるので会場から笑いが起こる。ところが2回目のフレーズから変奏が始まり「え?」と思った時には超・超・超絶技巧の強烈なパフォーマンスに変わっていて、知らない人は度肝を抜かれることになるのだ。これで会場はパニックのような大喝采!!
ユジャさんのサーカスみたいなアクロバティックな演奏について、良いの悪いのと言っても始まらない。とにかくスゴイものはスゴイのであって、他にこんなことをできる人がいない以上、彼女の存在は天下一であることも確かなのだ。好き嫌いは人の自由である。ユジャさんのことを「あんなの鍵盤を叩いているだけじゃない。指が早く回れば良いって訳じゃないのよ!!」というようなことをピアノの先生らしき人が言っているのを耳にしたことがあるが、 まあ・・・・それはその通りなんだけれども・・・・あれだけの技巧があって初めて表現できる世界もあるのではないだろうか。ユジャさんの演奏を見・聴きしていると、演奏の技術そのものはショパンやリストやラフマニノフよりも上だったのではないかと思ってしまう。もしショパンがユジャさんほどのテクニックを持っていたら、ショパンの作る曲を弾ける人は他にいなくなってしまい、その結果、歴史に残らなかったのではなかっただろう、などと妙な妄想に取り憑かれてしまうのであった。
終演後はサイン会があった。さすがにあれだけの演奏を聴かされただけに、あっという間に長蛇の列。新しいCDは買ったものの、横浜は遠いので、サイン会は断念することにした。何しろ演奏が終わったのは16時半くらいだったのだから。ユジャさんのツアーは続くので、この後は9月7日のサントリーホールで、もう一度聴く予定になっている。

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