
トランス=シベリア芸術祭 in Japan 2018
スーパー☆ヴァイオリニスト 夢の饗宴
「継承」−ザハール・ブロン教授70歳記念に捧ぐ−
2018年6月29日(金)19:00〜 BUNKAMURAオーチャードホール S席 1階 6列(最前列)19番 8,500円
指揮・ヴァイオリン:ザハール・ブロン
ヴァイオリン:ワディム・レーピン
ヴァイオリン:樫本大進
ヴァイオリン:服部百音
ヴァイオリン:パロマ・ソー
管弦楽:フェスティバル・アンサンブル
第1ヴァイオリン:小林壱成、福田俊一郎、小川恭子、大関万結
第2ヴァイオリン:鍵冨弦太郎、奧野玄宣、小形 響、本田有輝
ヴィオラ:生野正樹、有吉 翼、原田友一
チェロ:伊藤文嗣、蟹江慶行
コントラバス:菅沼希望
ハープ:原 日向子
チェンバロ:園田隆一郎
【曲目】
J.S.バッハ:2つのヴァイオリンのための協奏曲 ニ短調 BWV1043(ブロン、レーピン)
ワックスマン:カルメン幻想曲(ソー)
ヴィエニャフスキ:グノーの『ファウスト』による華麗なる幻想曲(服部)
サラサーテ:ナヴァラ(服部、ソー)
ショスタコーヴィチ:2つのヴァイオリンのための5つの小品
第1曲:プレリュード(樫本、ソー)
第2曲:ガヴォット(服部、ソー)
第3曲:エレジー(服部、ソー)
第4曲:ワルツ(ブロン、服部)
第5曲:ポルカ(レーピン、ソー)
サン=サーンス:序奏とロンド・カプリチオーソ(レーピン)
マスネ:タイスの瞑想曲(ブロン)
ラヴェル:ツィガーヌ(ブロン)
ヴィヴァルディ:3つのヴァイオリンのための協奏曲 ヘ長調(レーピン、樫本、ブロン)

世界的なヴァイオリニスト、ワディム・レーピンさんが主宰する「トランス=シベリア芸術祭」の日本開催が今日から始まった。本日の公演はガラ・コンサートに相当するもので、「スーパー☆ヴァイオリニスト 夢の饗宴」と題して、レーピンさんを中心にして、お師匠さんに当たるザハール・ブロン先生をメイン・ゲストに、そのお弟子さんに当たる樫本大進さん、服部百音さん、パロマ・ソーさんらが集結した。演奏はすべての曲がコンチェルト形式で行われ、指揮はブロン先生、管弦楽は本日のための特別編成による「フェスティバル・アンサンブル」が受け持った。趣旨としては、ブロン先生の70歳を記念してのコンサートという位置づけで、師匠から弟子へと「継承(Connecting Generations)」がステージで展開されることになりそうだ。
会場はNKAMURAオーチャードホール。例によって客席は1列〜5列が撤去されステージが拡張されているため、私の取った6列は最前列である。本日はすべての曲がコンチェルト形式なので、中央でブロン先生が指揮をして、管弦楽の「フェスティバル・アンサンブル」は着席しての演奏、ソリストは指揮者の手前側のステージ中央に立って演奏した。「フェスティバル・アンサンブル」については事前に発表されていなかったが、会場でプログラムを見てビックリ。若手を集めての臨時編成だが、日本音楽コンクールの優勝者も含むけっこうスゴイメンバーが揃っている。レーピンさん主宰の芸術祭で、いったいどういうルートでこれだけのメンバーを集めたのだろう。

1曲目は、J.S.バッハの「2つのヴァイオリンのための協奏曲 ニ短調 BWV1043」。ブロン先生の弾き振りとレーピンさんのソロである。この曲は、2ヶ月前の2018年4月15日、日本フィルハーモニー交響楽団の「サンデーコンサート」にゲスト出演したブロン先生と百音さんの演奏でも聴いている。第2ソロ・ヴァイオリンのレーピンさん合図で曲が始まる。フェスティバル・アンサンブルの弦楽合奏から浮かび上がって来るブロン先生とレーピンさんのヴァイオリンは、何と鮮やかな響きを持っていることか。色彩的で豊潤、厚く深みのある音色、情感の込められてロマン的な歌わせ方であると同時に、気品がある。バロック音楽とは思えない程の濃厚な音楽表現は、曲の持つイメージを一新してしまう。バロック音楽は単調に感じることが多く苦手意識が強かったのだが、今日のようなロマン性の強い演奏を聴くと、考えを改めなければならない。やはり演奏家の良し悪しということなのだろう。

2曲目はワックスマンの「カルメン幻想曲」。ヴァイオリン・ソロはパロマ・ソーさん。彼女はまだ13歳くらいで日本なら中学生。この年齢にして既に国際的に演奏キャリアをスタートさせている。もちろんブロン先生の愛弟子の1人だ。ブロン先生の70歳を記念する本日のコンサートに抜擢されたということは、それだけの実力があり評価されているこいうことに他ならない。
演奏が始まると、ナルホドと思わせる。私は最前列で聴いているので、ソーさんのヴァイオリンから発せられるリアルなナマ音を聴いているし、細やかなニュアンスの表現や高速パッセージの超絶技巧も目の当たりにした。総合的に見ればかなり上手い。とにかく指が良く回るし音程も正確無比、速いパッセージでも均質な音が出ている。技巧的には相当レベルが高く、この年齢にして、もう行き着くところまで行ってしまっている感じ。後は表現力や解釈の方が課題になってくると思われる。といっても表現力が足りないと言っているのではない。目を閉じて聴いてみれば、その辺の音大生たちよりも上。技巧のレベルの高さに対して表現力がまだ追いついていないという意味だ。具体的に言うと、「カルメン幻想曲」のような曲に対して、テンポ感がやや一本調子に感じられ、またダイナミックレンジもあまり広くない。音量も大きい方ではない。つまり比較的小さめの枠組みの中にギッチリ完璧に詰め込んでいるようなイメージで、厳しい言い方をすればメリハリに乏しいということだ。カルメンならではの自由奔放さが感じられないのである。しかし、逆に言えば技巧性が強く押し出されている訳で、この曲を器楽的に解釈するならば、かなり完成度の高い演奏だと言うこともできる。いずれにしても13歳の少女にあれもこれも求めるのは酷な話。現時点でのソーさんは、十分過ぎるくらいにBrava!!だといえる。

3曲目はヴィエニャフスキの「グノーの『ファウスト』による華麗なる幻想曲」。ソリストは百音さんである。こちらも相当な超絶技巧の曲であり、オーケストラ伴奏によるコンチェルト形式の小品にしては20分ほどの大作である。
『ファウスト』から採られた主題はこれぞロマン派と呼べるような美しいもの。それをソロ・ヴァイオリンが大きく歌わせる中に超絶技巧の装飾的なフレーズが溶け込んでいる。前の「カルメン幻想曲」もそうだが、この曲も題材がオペラから採られているため、それぞれの主題が極めて歌謡的で息の長いフレージングと呼吸するような息遣いを持っているのが特徴だ。だから、ソロ・ヴァイオリンに頻出する超絶技巧的なパッセージに気を取られてしまうと、本質を見誤ることになる。それらはあくまで装飾であって、本質は「歌」なのだ。オペラの歌には歌詞があるしドラマでもあるので情感を表現しやすいが、その旋律がヴァイオリンに置き換えられると、様々な演奏技術を伴う器楽曲になる訳だが、そこでヴァイオリンの機能性を重視して技巧的な表現にするのか、あるいは本質である「歌」を重視して旋律楽器であるヴァイオリンを如何に歌わせるか、それが解釈ということだろうと思う。
百音さんの演奏は、もちろん後者の方だと思う。深い溜息のようなG線の低音からすすり泣くようなE線のフラジォレットまで、ヴァイオリンで表現できる旋律の歌わせる技巧を駆使して、息づくようなニュアンスや、感情をオモテに出すような表現をしている。物理的に言えば、ダイナミックレンジはかなり広く取っているし、音には艶やかで潤いがあり、音色は多彩に変化し、鮮やかに輝いたり深い陰影を描いたりする。テンポを自在に変化させて旋律を大きく歌わせるのは、オペラのアリアのようだ。超絶技巧を持ちながら、それに頼らずに旋律を歌わせることに力点を置くのは、ブロン先生一流の教え方によるものなのだろう。
またそのような自由度の高い百音さんの演奏に対して、指揮をするブロン先生がフェスティバル・アンサンブルをうまくコントロールして、寄り添わせていた。弦楽合奏ではオーケストラのような華やかさはないが、音量的にも適切で、ソロ・ヴァイオリンがキレイに浮き上がっていた。今日の百音さんによる「ファウスト・ファンタジー」は、そうした「歌う」ヴァイオリンの魅力がいっぱい詰まった演奏であった。もちろん、Brava!!
3曲目は、サラサーテの「ナヴァラ」。ソリストは百音さんとソーさん。2つのヴァイオリンと管弦楽のための傑作といえる小品だ。とはいうもののオーケストラ伴奏で聴ける機会は滅多になく、しかも今日は弦楽合奏の伴奏・・・・もちろん初めて聴くスタイルである。明るく陽気に、歌うような美しい旋律がいっぱいの曲ではあるが、そこはサラサーテ、2つのヴァイオリンは超絶技巧満載である。テンポもやや速めの設定であろうか。百音さんとソーさんが澄んだ音色で主題を歌わせるかと思えば超絶的な速いパッセージが飛び交う。聴いていて美しくもあり、サーカスのアクロバットのようであったりもする。その辺りが何とも華やかで楽しい。
ソーさんをリードしていく百音さんの姿がお姉さんっぽくて微笑ましい(いつもはステージの上では最年少だから)。この超絶技巧の曲を平気で弾いてしまうお二人だが、やはりこの年代で5歳の年の差は大きいようで、同じ音型を二人揃って弾く場面などで顕著になるが、音色の色彩的な豊かさに違いが感じられた。しかし、この曲は今日のように若い演奏家が弾くと、一段と華やかになる。ブロン先生とレーピンさんがソロを弾いたら・・・・まあ、別の意味で素晴らしい演奏になるだろうとは思うけど。
休憩を挟んで後半は、まずショスタコーヴィチの「2つのヴァイオリンのための5つの小品」からである。楽曲としては、ショスタコーヴィチが作曲した映画音楽等を題材に、友人のレフ・アトミヤンが2つのヴァイオリンとピアノのための小品集として編曲したもの。今回はそれをマルコ・クリスポという人が弦楽合奏伴奏用に編曲したものが演奏された。これも実際には演奏機会は少なく、この版での演奏は聴いたことがない。さらに本日は、各曲ごとに2人のソリストが交替して、ブロン先生を含めて5人のヴァイオリニストが組み合わせを変えて演奏したのである。
第1曲の「プレリュード」は、樫本さんとソーさん。ここで初めて樫本さんが登場したが、何となく元気がない感じ。お疲れの様子(?)であった。甘美でロマンティックな曲を、2人が甘〜い音色で演奏していたのが印象に残る。第2曲の「ガヴォット」と第3曲の「エレジー」は百音さんとソーさん。曲想はかなり違う2曲だが、ソリスト2人の演奏が若々しくフレッシュなイメージで、しかも少女っぽいロマンティシズムいっぱいに描かれていたような気がする。ここでも百音さんがお姉さんぶりを発揮して、妹分をリードしていく様子を見せた。第4曲の「ワルツ」はブロン先生と百音さん。優雅だが憂いも深いワルツの旋律が抒情的に演奏された。第5曲の「ポルカ」はレーピンさんとソーさんである。陽気で軽快なポルカがとても楽しげに演奏された。
続いては、お馴染みサン=サーンスの「序奏とロンド・カプリチオーソ」をレーピンさんの独奏で。最近けっこう聴く機会の多くなった曲ではあるが、弦楽合奏の伴奏版では場では初めて聴くことになった。ここで初めてレーピンさんのヴァイオリン独奏を聴くことができた。音量が大きく、楽器を十分に鳴らせている。そして何よりも旋律を大らかに歌わせ、押し出しが強い。男性的な骨太な力感があり、音色も艶やかでさすが質感は素晴らしい。まさに世界のトップクラスのレベルである。
続いてはブロン先生の弾き振りでマスネの「タイスの瞑想曲」。波間に揺れるようなハープの分散和音に乗せて、ブロン先生のヴァイオリンは立ち上がりがキリッとした演奏で、息の長い歌うような旋律をしっとりとした特徴的なフレージングで聴かせる。やはりブロン先生の歌わせ方は素敵。この感じ、弟子達にも受け継がれている。
もう1曲、ブロン先生のソロで、ラヴェルの「ツィガーヌ」。それぞれの音のアタマの部分に明瞭なアクセントを入れるフレージングは独特。立ち上がりがクッキリしているのに続く音は歌謡的な滑らかさと息遣いを感じさせる。70歳という年齢をまったく感じさせない、アグレッシブかつ極めて音楽的な豊かさを感じさせる演奏であった。
最後はヴィヴァルディの「3つのヴァイオリンのための協奏曲 ヘ長調」。この曲もかなり珍しい方に入るだろう。ソリストはレーピンさん、樫本さん、ブロンブロン先生の3名。やはりヴィヴァルディらしい、イタリアっぽい陽気さと生命力を感じさせる曲である。奏ヴァイオリンが3つ本になると、協奏交響曲といった風情になる。3つのヴァイオリンとそこに豊かな音量の3名が加わり、彩りがとても豊かになる。フェスティバル・アンサンブルが明るい音色で瑞々しい演奏をしていて、実に華やいだ様子の、ガラ・コンサートに相応しいフィナーレとなった。
たっぷり盛りだくさんのプログラムであったため、終演は午後9時半くらいになった。やや長めのコンサートであったが、名曲と珍しい曲の組み合わせによるバラエティに富んだ構成となり、一時も飽きることなく、非常に充実したコンサートとなった。ソーさんの驚嘆すべき超絶技巧、そこに豊かな音楽表現を加えた百音さん、骨太で力強いレーピンさん、独特のフレージングで大きく歌わせるブロン先生。それぞれに個性を発揮してして、ブロン・ファミリーの才能の饗宴といった要素もあった。樫本さんの出番が少なかったのがちょっと残念だった。しかし、考えてみればスゴイ演奏家たちが集まったコンサートだ。このような人たちの演奏を間近で聴くことができたのは、本当に幸せなことだと思う。
終演後には、楽屋にお邪魔して百音さんらにご挨拶。今年の4月から桐朋学園大学のソリスト・ディプロマコースで学ぶようになった百音さんには、同年代の面会者も多く集まっていて、楽屋は大賑わいであった。そうこうしていて、オーチャードホールを出たのは午後10時くらいになっていた。それでも金曜日の夜の渋谷は人でいっぱいだ。

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スーパー☆ヴァイオリニスト 夢の饗宴
「継承」−ザハール・ブロン教授70歳記念に捧ぐ−
2018年6月29日(金)19:00〜 BUNKAMURAオーチャードホール S席 1階 6列(最前列)19番 8,500円
指揮・ヴァイオリン:ザハール・ブロン
ヴァイオリン:ワディム・レーピン
ヴァイオリン:樫本大進
ヴァイオリン:服部百音
ヴァイオリン:パロマ・ソー
管弦楽:フェスティバル・アンサンブル
第1ヴァイオリン:小林壱成、福田俊一郎、小川恭子、大関万結
第2ヴァイオリン:鍵冨弦太郎、奧野玄宣、小形 響、本田有輝
ヴィオラ:生野正樹、有吉 翼、原田友一
チェロ:伊藤文嗣、蟹江慶行
コントラバス:菅沼希望
ハープ:原 日向子
チェンバロ:園田隆一郎
【曲目】
J.S.バッハ:2つのヴァイオリンのための協奏曲 ニ短調 BWV1043(ブロン、レーピン)
ワックスマン:カルメン幻想曲(ソー)
ヴィエニャフスキ:グノーの『ファウスト』による華麗なる幻想曲(服部)
サラサーテ:ナヴァラ(服部、ソー)
ショスタコーヴィチ:2つのヴァイオリンのための5つの小品
第1曲:プレリュード(樫本、ソー)
第2曲:ガヴォット(服部、ソー)
第3曲:エレジー(服部、ソー)
第4曲:ワルツ(ブロン、服部)
第5曲:ポルカ(レーピン、ソー)
サン=サーンス:序奏とロンド・カプリチオーソ(レーピン)
マスネ:タイスの瞑想曲(ブロン)
ラヴェル:ツィガーヌ(ブロン)
ヴィヴァルディ:3つのヴァイオリンのための協奏曲 ヘ長調(レーピン、樫本、ブロン)

世界的なヴァイオリニスト、ワディム・レーピンさんが主宰する「トランス=シベリア芸術祭」の日本開催が今日から始まった。本日の公演はガラ・コンサートに相当するもので、「スーパー☆ヴァイオリニスト 夢の饗宴」と題して、レーピンさんを中心にして、お師匠さんに当たるザハール・ブロン先生をメイン・ゲストに、そのお弟子さんに当たる樫本大進さん、服部百音さん、パロマ・ソーさんらが集結した。演奏はすべての曲がコンチェルト形式で行われ、指揮はブロン先生、管弦楽は本日のための特別編成による「フェスティバル・アンサンブル」が受け持った。趣旨としては、ブロン先生の70歳を記念してのコンサートという位置づけで、師匠から弟子へと「継承(Connecting Generations)」がステージで展開されることになりそうだ。
会場はNKAMURAオーチャードホール。例によって客席は1列〜5列が撤去されステージが拡張されているため、私の取った6列は最前列である。本日はすべての曲がコンチェルト形式なので、中央でブロン先生が指揮をして、管弦楽の「フェスティバル・アンサンブル」は着席しての演奏、ソリストは指揮者の手前側のステージ中央に立って演奏した。「フェスティバル・アンサンブル」については事前に発表されていなかったが、会場でプログラムを見てビックリ。若手を集めての臨時編成だが、日本音楽コンクールの優勝者も含むけっこうスゴイメンバーが揃っている。レーピンさん主宰の芸術祭で、いったいどういうルートでこれだけのメンバーを集めたのだろう。

1曲目は、J.S.バッハの「2つのヴァイオリンのための協奏曲 ニ短調 BWV1043」。ブロン先生の弾き振りとレーピンさんのソロである。この曲は、2ヶ月前の2018年4月15日、日本フィルハーモニー交響楽団の「サンデーコンサート」にゲスト出演したブロン先生と百音さんの演奏でも聴いている。第2ソロ・ヴァイオリンのレーピンさん合図で曲が始まる。フェスティバル・アンサンブルの弦楽合奏から浮かび上がって来るブロン先生とレーピンさんのヴァイオリンは、何と鮮やかな響きを持っていることか。色彩的で豊潤、厚く深みのある音色、情感の込められてロマン的な歌わせ方であると同時に、気品がある。バロック音楽とは思えない程の濃厚な音楽表現は、曲の持つイメージを一新してしまう。バロック音楽は単調に感じることが多く苦手意識が強かったのだが、今日のようなロマン性の強い演奏を聴くと、考えを改めなければならない。やはり演奏家の良し悪しということなのだろう。

2曲目はワックスマンの「カルメン幻想曲」。ヴァイオリン・ソロはパロマ・ソーさん。彼女はまだ13歳くらいで日本なら中学生。この年齢にして既に国際的に演奏キャリアをスタートさせている。もちろんブロン先生の愛弟子の1人だ。ブロン先生の70歳を記念する本日のコンサートに抜擢されたということは、それだけの実力があり評価されているこいうことに他ならない。
演奏が始まると、ナルホドと思わせる。私は最前列で聴いているので、ソーさんのヴァイオリンから発せられるリアルなナマ音を聴いているし、細やかなニュアンスの表現や高速パッセージの超絶技巧も目の当たりにした。総合的に見ればかなり上手い。とにかく指が良く回るし音程も正確無比、速いパッセージでも均質な音が出ている。技巧的には相当レベルが高く、この年齢にして、もう行き着くところまで行ってしまっている感じ。後は表現力や解釈の方が課題になってくると思われる。といっても表現力が足りないと言っているのではない。目を閉じて聴いてみれば、その辺の音大生たちよりも上。技巧のレベルの高さに対して表現力がまだ追いついていないという意味だ。具体的に言うと、「カルメン幻想曲」のような曲に対して、テンポ感がやや一本調子に感じられ、またダイナミックレンジもあまり広くない。音量も大きい方ではない。つまり比較的小さめの枠組みの中にギッチリ完璧に詰め込んでいるようなイメージで、厳しい言い方をすればメリハリに乏しいということだ。カルメンならではの自由奔放さが感じられないのである。しかし、逆に言えば技巧性が強く押し出されている訳で、この曲を器楽的に解釈するならば、かなり完成度の高い演奏だと言うこともできる。いずれにしても13歳の少女にあれもこれも求めるのは酷な話。現時点でのソーさんは、十分過ぎるくらいにBrava!!だといえる。

3曲目はヴィエニャフスキの「グノーの『ファウスト』による華麗なる幻想曲」。ソリストは百音さんである。こちらも相当な超絶技巧の曲であり、オーケストラ伴奏によるコンチェルト形式の小品にしては20分ほどの大作である。
『ファウスト』から採られた主題はこれぞロマン派と呼べるような美しいもの。それをソロ・ヴァイオリンが大きく歌わせる中に超絶技巧の装飾的なフレーズが溶け込んでいる。前の「カルメン幻想曲」もそうだが、この曲も題材がオペラから採られているため、それぞれの主題が極めて歌謡的で息の長いフレージングと呼吸するような息遣いを持っているのが特徴だ。だから、ソロ・ヴァイオリンに頻出する超絶技巧的なパッセージに気を取られてしまうと、本質を見誤ることになる。それらはあくまで装飾であって、本質は「歌」なのだ。オペラの歌には歌詞があるしドラマでもあるので情感を表現しやすいが、その旋律がヴァイオリンに置き換えられると、様々な演奏技術を伴う器楽曲になる訳だが、そこでヴァイオリンの機能性を重視して技巧的な表現にするのか、あるいは本質である「歌」を重視して旋律楽器であるヴァイオリンを如何に歌わせるか、それが解釈ということだろうと思う。
百音さんの演奏は、もちろん後者の方だと思う。深い溜息のようなG線の低音からすすり泣くようなE線のフラジォレットまで、ヴァイオリンで表現できる旋律の歌わせる技巧を駆使して、息づくようなニュアンスや、感情をオモテに出すような表現をしている。物理的に言えば、ダイナミックレンジはかなり広く取っているし、音には艶やかで潤いがあり、音色は多彩に変化し、鮮やかに輝いたり深い陰影を描いたりする。テンポを自在に変化させて旋律を大きく歌わせるのは、オペラのアリアのようだ。超絶技巧を持ちながら、それに頼らずに旋律を歌わせることに力点を置くのは、ブロン先生一流の教え方によるものなのだろう。
またそのような自由度の高い百音さんの演奏に対して、指揮をするブロン先生がフェスティバル・アンサンブルをうまくコントロールして、寄り添わせていた。弦楽合奏ではオーケストラのような華やかさはないが、音量的にも適切で、ソロ・ヴァイオリンがキレイに浮き上がっていた。今日の百音さんによる「ファウスト・ファンタジー」は、そうした「歌う」ヴァイオリンの魅力がいっぱい詰まった演奏であった。もちろん、Brava!!
3曲目は、サラサーテの「ナヴァラ」。ソリストは百音さんとソーさん。2つのヴァイオリンと管弦楽のための傑作といえる小品だ。とはいうもののオーケストラ伴奏で聴ける機会は滅多になく、しかも今日は弦楽合奏の伴奏・・・・もちろん初めて聴くスタイルである。明るく陽気に、歌うような美しい旋律がいっぱいの曲ではあるが、そこはサラサーテ、2つのヴァイオリンは超絶技巧満載である。テンポもやや速めの設定であろうか。百音さんとソーさんが澄んだ音色で主題を歌わせるかと思えば超絶的な速いパッセージが飛び交う。聴いていて美しくもあり、サーカスのアクロバットのようであったりもする。その辺りが何とも華やかで楽しい。
ソーさんをリードしていく百音さんの姿がお姉さんっぽくて微笑ましい(いつもはステージの上では最年少だから)。この超絶技巧の曲を平気で弾いてしまうお二人だが、やはりこの年代で5歳の年の差は大きいようで、同じ音型を二人揃って弾く場面などで顕著になるが、音色の色彩的な豊かさに違いが感じられた。しかし、この曲は今日のように若い演奏家が弾くと、一段と華やかになる。ブロン先生とレーピンさんがソロを弾いたら・・・・まあ、別の意味で素晴らしい演奏になるだろうとは思うけど。
休憩を挟んで後半は、まずショスタコーヴィチの「2つのヴァイオリンのための5つの小品」からである。楽曲としては、ショスタコーヴィチが作曲した映画音楽等を題材に、友人のレフ・アトミヤンが2つのヴァイオリンとピアノのための小品集として編曲したもの。今回はそれをマルコ・クリスポという人が弦楽合奏伴奏用に編曲したものが演奏された。これも実際には演奏機会は少なく、この版での演奏は聴いたことがない。さらに本日は、各曲ごとに2人のソリストが交替して、ブロン先生を含めて5人のヴァイオリニストが組み合わせを変えて演奏したのである。

第1曲の「プレリュード」は、樫本さんとソーさん。ここで初めて樫本さんが登場したが、何となく元気がない感じ。お疲れの様子(?)であった。甘美でロマンティックな曲を、2人が甘〜い音色で演奏していたのが印象に残る。第2曲の「ガヴォット」と第3曲の「エレジー」は百音さんとソーさん。曲想はかなり違う2曲だが、ソリスト2人の演奏が若々しくフレッシュなイメージで、しかも少女っぽいロマンティシズムいっぱいに描かれていたような気がする。ここでも百音さんがお姉さんぶりを発揮して、妹分をリードしていく様子を見せた。第4曲の「ワルツ」はブロン先生と百音さん。優雅だが憂いも深いワルツの旋律が抒情的に演奏された。第5曲の「ポルカ」はレーピンさんとソーさんである。陽気で軽快なポルカがとても楽しげに演奏された。
続いては、お馴染みサン=サーンスの「序奏とロンド・カプリチオーソ」をレーピンさんの独奏で。最近けっこう聴く機会の多くなった曲ではあるが、弦楽合奏の伴奏版では場では初めて聴くことになった。ここで初めてレーピンさんのヴァイオリン独奏を聴くことができた。音量が大きく、楽器を十分に鳴らせている。そして何よりも旋律を大らかに歌わせ、押し出しが強い。男性的な骨太な力感があり、音色も艶やかでさすが質感は素晴らしい。まさに世界のトップクラスのレベルである。
続いてはブロン先生の弾き振りでマスネの「タイスの瞑想曲」。波間に揺れるようなハープの分散和音に乗せて、ブロン先生のヴァイオリンは立ち上がりがキリッとした演奏で、息の長い歌うような旋律をしっとりとした特徴的なフレージングで聴かせる。やはりブロン先生の歌わせ方は素敵。この感じ、弟子達にも受け継がれている。
もう1曲、ブロン先生のソロで、ラヴェルの「ツィガーヌ」。それぞれの音のアタマの部分に明瞭なアクセントを入れるフレージングは独特。立ち上がりがクッキリしているのに続く音は歌謡的な滑らかさと息遣いを感じさせる。70歳という年齢をまったく感じさせない、アグレッシブかつ極めて音楽的な豊かさを感じさせる演奏であった。
最後はヴィヴァルディの「3つのヴァイオリンのための協奏曲 ヘ長調」。この曲もかなり珍しい方に入るだろう。ソリストはレーピンさん、樫本さん、ブロンブロン先生の3名。やはりヴィヴァルディらしい、イタリアっぽい陽気さと生命力を感じさせる曲である。奏ヴァイオリンが3つ本になると、協奏交響曲といった風情になる。3つのヴァイオリンとそこに豊かな音量の3名が加わり、彩りがとても豊かになる。フェスティバル・アンサンブルが明るい音色で瑞々しい演奏をしていて、実に華やいだ様子の、ガラ・コンサートに相応しいフィナーレとなった。
たっぷり盛りだくさんのプログラムであったため、終演は午後9時半くらいになった。やや長めのコンサートであったが、名曲と珍しい曲の組み合わせによるバラエティに富んだ構成となり、一時も飽きることなく、非常に充実したコンサートとなった。ソーさんの驚嘆すべき超絶技巧、そこに豊かな音楽表現を加えた百音さん、骨太で力強いレーピンさん、独特のフレージングで大きく歌わせるブロン先生。それぞれに個性を発揮してして、ブロン・ファミリーの才能の饗宴といった要素もあった。樫本さんの出番が少なかったのがちょっと残念だった。しかし、考えてみればスゴイ演奏家たちが集まったコンサートだ。このような人たちの演奏を間近で聴くことができたのは、本当に幸せなことだと思う。
終演後には、楽屋にお邪魔して百音さんらにご挨拶。今年の4月から桐朋学園大学のソリスト・ディプロマコースで学ぶようになった百音さんには、同年代の面会者も多く集まっていて、楽屋は大賑わいであった。そうこうしていて、オーチャードホールを出たのは午後10時くらいになっていた。それでも金曜日の夜の渋谷は人でいっぱいだ。

