10代のためのプレミアム・コンサート 5
小菅 優&河村尚子 ピアノ・デュオ・リサイタル
2014年11月4日(火)19:00~ 紀尾井ホール S席 1階 1列 11番 大人3,000円(子供1,500円)
ピアノ: 小菅 優
ピアノ: 河村尚子
【曲目】
モーツァルト: 2台のピアノのためのソナタ ニ長調 K.448(375a)
シューベルト: 幻想曲 へ短調 D.940 作品103[連弾]
ラヴェル: マ・メール・ロア(マザー・グース)[連弾]
ラフマニノフ: 2台のピアノのための組曲 第1番 作品5「幻想的絵画」
《アンコール》
ミヨー:「スカラムーシュ」より第3楽章「ブラジルの女」
公益財団法人ソニー音楽財団の主催による「10代のためのプレミアム・コンサート」シリーズの第5弾。10代の子供たちに高品質の音楽を通じて、子供の情操教育から未来の音楽家の育成に至るまで、魅力的なプログラムを提供している。今回は、小菅 優さんと河村尚子さんによるピアノ・デュオ・リサイタルということで、子供たちどころか大人の音楽ファンにとっても極めて魅力的なコンサートであり、是非とも聴きたい内容でもあった。そこで子供をダシにして(?)大人も楽しんでしまおうと考え、子供連れで聴きに行くことに。ちゃっかり、いつも通りの最前列を、発売日にしっかり確保しておいたわけである。
ここからはいつも通りの音楽の話になるが、そもそもピアノのデュオ・リサイタルというのは聴ける機会が少ないのは確かだ。今年は偶然にも、6月にアリス=紗良・オットさんとフランチェスコ・トリスターノさんのビアノ・デュオ・リサイタルがあったので、今回で2度目になるが、それ以前にはほとんど経験がなかったと思う。
今回は、小菅さんと河村さんという、今を時めくというか、今が旬というか、現在最も活躍中のお二人が共演するというもので、それだけでも聴き逃すべきではない、魅力いっぱいのコンサートである。曲目としては2台のピアノのための曲と連弾の曲がプログラムに載っていたので、実際にはどうするのかと思っていたのだが、ステージ上には2台のピアノを対向に並べて、上手側/手前側のピアノは蓋を外してあ、下手側/奥側のピアノは蓋を開けて反響板を立てている。連弾曲では、ピアノを動かし、ステージ中央に1台だけにするという具合だ。私の席は最前列のちょうど真ん中だったので、どちらの場合でもまあOK、というところだった。
1曲目は、モーツァルトの「2台のピアノのためのソナタ」。小菅さんが第1ピアノ、河村さんが第2を弾いた。さすがに世界でもトップレベルの演奏をするお二人だけあって、ピッタリと息を合わせて、素晴らしいピアノ・デュオを聴かせてくれる。音量も音色もあまり変わらない。2台のピアノはくびれの部分をビタリと合わせるように置かれているので、奏者は左右に分かれていても音の出所はほとんど同じ。これだけうまく合わせて来ると、どちらがどの部分を弾いているのかが音を聴くだけでは分からないくらいである。
第1楽章は、躍動感と推進力に溢れ、弾むような楽しさが伝わって来る。演奏しているお二人の表情もとても楽しそうだ。第2楽章の緩徐楽章も、やや速めにテンポを保ち、明るい曲想に合わせて、じつに快調な演奏になっていた。第3楽章も大きく弾むようなリズム感で、ダイナミックレンジも広く、極めて躍動的だ。
モーツァルトの普通のピアノ・ソナタの音が2倍になったようなものなので、4手により声部も2倍、ダイナミズムも2倍。曲想はモーツァルトそのものなのに、厚みが2倍ある感じで、お二人の演奏もお互いの個性を殺すことなく、伸び伸びと楽しそうな演奏であった。
2曲目は、シューベルトの「幻想曲 へ短調」。トークの間にピアノが1台片づけられて、この曲は1台のピアノを二人で弾く連弾となった。高音パートを小菅さん、低音パートを河村さんが弾く。先ほどのモーツァルトとは正反対の、暗い色調を帯びた曲である。このような曲を連弾で弾くシチュエーション、あるいは目的がなかなか想像しにくいものがある。ソナタ形式の単一楽章の曲ではあるが、一応4楽章形式にもつながるような4部構成になっている。
第1部がソナタ形式の提示部に相当し2つの主題が出てくる。第2部はソナタ形式の展開部であると同時に緩徐楽章に相当。第3部は展開部の続きでスケルツォ風になる。第4部は第1部の主題が再現されて、第2主題が変奏されていく。このような二重構造になっている複雑な構成の曲を、二人の4手が縦の構造をしっかりと守りながら、交互に主題を浮き上がらせたり、和声をバランス良く整えながら、暗い色調の中から秘めたる抒情性を時折覗かせるといった感じで演奏していた。連弾は二人の技量も同等でなければ難しそうだが、それよりも二人でひとつの曲を表現していく際に感情が共振しなければならないだろう。そういう意味でも、なかなか見事な演奏であったと思う。
後半は、ラヴェルの「マ・メール・ロア」を連弾で。今度は高音パートが河村さん、低音パートが小菅さんに変わった。今日の選曲は、見事なくらいに曲想の異なる4曲が選ばれている。今度は、印象主義的な近代の和声で、標題音楽。この曲を4手連弾で実際に聴くのは初めてかもしれない。
全体を貫く幻想的な雰囲気は、何といっても独特の和声の構成がキモになっているわけだが、4手で厚く重なった和音をあまり出してこないところがラヴェルのラヴェルたるところで、少ない音の組み合わせで、複雑な響きを生み出すのはさすがである。お二人の演奏は、若い女性に相応しい繊細さと瑞々しさが感じられ、とても美しい響きに満ちていた。それぞれの演奏は、それぞれのテーマの描き方にも非常に多彩な色彩感を描き出していて、原曲の美しさだけではなく、演奏の美しさも十分に加味されていたと思う。
最後は、ラフマニノフの「2台のピアノのための組曲 第1番『幻想的絵画』」。再び、2台のピアノが対向に置かれた。この曲は、4つの楽章からなるが、それぞれ異なる詩から触発された絵画的なイメージを描いた標題性の強い曲である。
第1楽章は「舟歌」で、波に揺られるゴンドラの情景が目に浮かぶ。主題のロマンティックな曲想はラフマニノフならではの抒情性が見え隠れする。高音部のキラキラとした無窮動的な動きは、不規則な波の揺らぎに日の光が波乱反射しているよう。まさに絵画的な情景が目に浮かぶようである。河村さんの音の粒立ちの均質さが、美しい情景描写にリアリティを与えている。
第2楽章は「夜、愛」。星明かりのある夜だろうか、夜鳴き鶯(ナイチンゲール)のさえずりと恋人たちの愛の誓いが風や水の音とともに盛り上がる。音がいっぱい詰まっていても、ラフマニノフの音楽は満たされない心を描いているような哀しさがある。
第3楽章は「涙」。人知れずに、無限に、土砂降りのように流れ落ちる涙・・・・・。もともとお二人の演奏の描写力は素晴らしいものがある。それが二人重なることにより、2倍以上の広がりを感じさせる。4手が4種類の色彩を同時に放っているかのようだ。音による「絵画」とはこういうことかと、納得。
第4楽章は「復活祭」。街中の教会が打ち鳴らす復活祭の鐘の音が様々な方向から谺するようなイメージ。こればかりは2台のピアノと4手が可能にする音の重なりである。その氾濫する音のイメージは凄まじいエネルギーに満ちていた。
アンコールはガラリとイメージを変えて、ミヨーの「スカラムーシュ」より第3楽章「ブラジルの女」。サンバのリズムに乗せて、ひたすら陽気に、ひたすら元気いっぱいに、ひたすら踊りまくる、そんな曲。演奏するお二人にも笑顔がこぼれる。笑わずにはいられないようで、楽しさいっぱいで、鍵盤を叩きまくる。
今日のコンサートの主旨は「10代のための~」なのではあったが、4手ピアノの曲ばかりの珍しいコンサートだったので、10代でなくても楽しいに決まっている。むしろ、小菅さんと河村さんという今を代表する二人のピアニストの共演という刺激的な内容であっただけに、聴きたかった音楽ファンも多かったのではないだろうか。子供連れでないと大人は入れないというコンセプトだったためか、空席も目立っていたのである。まあ、私たち一般の音楽ファンからみれば、非常にもったいないという印象が残ってしまった。
終演後には恒例のサイン会もあったが、今日は普通のコンサートとは主旨が違うので、遠慮することにした。
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【お勧めCDのご紹介】
今日のコンサートの内容とはまったく一致しませんが、河村尚子さんの最新盤「ラフマニノフ~ピアノ協奏曲第2番&チェロ・ソナタ」をご紹介します。河村さんは来年、デビュー10周年を迎えるそうで、それに先だって今年の9月にリリースされました。ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番(共演はイルジ・ビエロフラーヴェク指揮チェコ・フィルハーモニー管弦楽団)、チェロ・ソナタ ト短調 作品19(共演はチェロ/クレメンス・ハーゲン)、そして前奏曲 変ト長調 作品23-10と変ロ長調 作品23-2を収録していて、いずれもライブ録音です。河村さんのラフマニノフに対する思いが、全曲に溢れています。
小菅 優&河村尚子 ピアノ・デュオ・リサイタル
2014年11月4日(火)19:00~ 紀尾井ホール S席 1階 1列 11番 大人3,000円(子供1,500円)
ピアノ: 小菅 優
ピアノ: 河村尚子
【曲目】
モーツァルト: 2台のピアノのためのソナタ ニ長調 K.448(375a)
シューベルト: 幻想曲 へ短調 D.940 作品103[連弾]
ラヴェル: マ・メール・ロア(マザー・グース)[連弾]
ラフマニノフ: 2台のピアノのための組曲 第1番 作品5「幻想的絵画」
《アンコール》
ミヨー:「スカラムーシュ」より第3楽章「ブラジルの女」
公益財団法人ソニー音楽財団の主催による「10代のためのプレミアム・コンサート」シリーズの第5弾。10代の子供たちに高品質の音楽を通じて、子供の情操教育から未来の音楽家の育成に至るまで、魅力的なプログラムを提供している。今回は、小菅 優さんと河村尚子さんによるピアノ・デュオ・リサイタルということで、子供たちどころか大人の音楽ファンにとっても極めて魅力的なコンサートであり、是非とも聴きたい内容でもあった。そこで子供をダシにして(?)大人も楽しんでしまおうと考え、子供連れで聴きに行くことに。ちゃっかり、いつも通りの最前列を、発売日にしっかり確保しておいたわけである。
ここからはいつも通りの音楽の話になるが、そもそもピアノのデュオ・リサイタルというのは聴ける機会が少ないのは確かだ。今年は偶然にも、6月にアリス=紗良・オットさんとフランチェスコ・トリスターノさんのビアノ・デュオ・リサイタルがあったので、今回で2度目になるが、それ以前にはほとんど経験がなかったと思う。
今回は、小菅さんと河村さんという、今を時めくというか、今が旬というか、現在最も活躍中のお二人が共演するというもので、それだけでも聴き逃すべきではない、魅力いっぱいのコンサートである。曲目としては2台のピアノのための曲と連弾の曲がプログラムに載っていたので、実際にはどうするのかと思っていたのだが、ステージ上には2台のピアノを対向に並べて、上手側/手前側のピアノは蓋を外してあ、下手側/奥側のピアノは蓋を開けて反響板を立てている。連弾曲では、ピアノを動かし、ステージ中央に1台だけにするという具合だ。私の席は最前列のちょうど真ん中だったので、どちらの場合でもまあOK、というところだった。
1曲目は、モーツァルトの「2台のピアノのためのソナタ」。小菅さんが第1ピアノ、河村さんが第2を弾いた。さすがに世界でもトップレベルの演奏をするお二人だけあって、ピッタリと息を合わせて、素晴らしいピアノ・デュオを聴かせてくれる。音量も音色もあまり変わらない。2台のピアノはくびれの部分をビタリと合わせるように置かれているので、奏者は左右に分かれていても音の出所はほとんど同じ。これだけうまく合わせて来ると、どちらがどの部分を弾いているのかが音を聴くだけでは分からないくらいである。
第1楽章は、躍動感と推進力に溢れ、弾むような楽しさが伝わって来る。演奏しているお二人の表情もとても楽しそうだ。第2楽章の緩徐楽章も、やや速めにテンポを保ち、明るい曲想に合わせて、じつに快調な演奏になっていた。第3楽章も大きく弾むようなリズム感で、ダイナミックレンジも広く、極めて躍動的だ。
モーツァルトの普通のピアノ・ソナタの音が2倍になったようなものなので、4手により声部も2倍、ダイナミズムも2倍。曲想はモーツァルトそのものなのに、厚みが2倍ある感じで、お二人の演奏もお互いの個性を殺すことなく、伸び伸びと楽しそうな演奏であった。
2曲目は、シューベルトの「幻想曲 へ短調」。トークの間にピアノが1台片づけられて、この曲は1台のピアノを二人で弾く連弾となった。高音パートを小菅さん、低音パートを河村さんが弾く。先ほどのモーツァルトとは正反対の、暗い色調を帯びた曲である。このような曲を連弾で弾くシチュエーション、あるいは目的がなかなか想像しにくいものがある。ソナタ形式の単一楽章の曲ではあるが、一応4楽章形式にもつながるような4部構成になっている。
第1部がソナタ形式の提示部に相当し2つの主題が出てくる。第2部はソナタ形式の展開部であると同時に緩徐楽章に相当。第3部は展開部の続きでスケルツォ風になる。第4部は第1部の主題が再現されて、第2主題が変奏されていく。このような二重構造になっている複雑な構成の曲を、二人の4手が縦の構造をしっかりと守りながら、交互に主題を浮き上がらせたり、和声をバランス良く整えながら、暗い色調の中から秘めたる抒情性を時折覗かせるといった感じで演奏していた。連弾は二人の技量も同等でなければ難しそうだが、それよりも二人でひとつの曲を表現していく際に感情が共振しなければならないだろう。そういう意味でも、なかなか見事な演奏であったと思う。
後半は、ラヴェルの「マ・メール・ロア」を連弾で。今度は高音パートが河村さん、低音パートが小菅さんに変わった。今日の選曲は、見事なくらいに曲想の異なる4曲が選ばれている。今度は、印象主義的な近代の和声で、標題音楽。この曲を4手連弾で実際に聴くのは初めてかもしれない。
全体を貫く幻想的な雰囲気は、何といっても独特の和声の構成がキモになっているわけだが、4手で厚く重なった和音をあまり出してこないところがラヴェルのラヴェルたるところで、少ない音の組み合わせで、複雑な響きを生み出すのはさすがである。お二人の演奏は、若い女性に相応しい繊細さと瑞々しさが感じられ、とても美しい響きに満ちていた。それぞれの演奏は、それぞれのテーマの描き方にも非常に多彩な色彩感を描き出していて、原曲の美しさだけではなく、演奏の美しさも十分に加味されていたと思う。
最後は、ラフマニノフの「2台のピアノのための組曲 第1番『幻想的絵画』」。再び、2台のピアノが対向に置かれた。この曲は、4つの楽章からなるが、それぞれ異なる詩から触発された絵画的なイメージを描いた標題性の強い曲である。
第1楽章は「舟歌」で、波に揺られるゴンドラの情景が目に浮かぶ。主題のロマンティックな曲想はラフマニノフならではの抒情性が見え隠れする。高音部のキラキラとした無窮動的な動きは、不規則な波の揺らぎに日の光が波乱反射しているよう。まさに絵画的な情景が目に浮かぶようである。河村さんの音の粒立ちの均質さが、美しい情景描写にリアリティを与えている。
第2楽章は「夜、愛」。星明かりのある夜だろうか、夜鳴き鶯(ナイチンゲール)のさえずりと恋人たちの愛の誓いが風や水の音とともに盛り上がる。音がいっぱい詰まっていても、ラフマニノフの音楽は満たされない心を描いているような哀しさがある。
第3楽章は「涙」。人知れずに、無限に、土砂降りのように流れ落ちる涙・・・・・。もともとお二人の演奏の描写力は素晴らしいものがある。それが二人重なることにより、2倍以上の広がりを感じさせる。4手が4種類の色彩を同時に放っているかのようだ。音による「絵画」とはこういうことかと、納得。
第4楽章は「復活祭」。街中の教会が打ち鳴らす復活祭の鐘の音が様々な方向から谺するようなイメージ。こればかりは2台のピアノと4手が可能にする音の重なりである。その氾濫する音のイメージは凄まじいエネルギーに満ちていた。
アンコールはガラリとイメージを変えて、ミヨーの「スカラムーシュ」より第3楽章「ブラジルの女」。サンバのリズムに乗せて、ひたすら陽気に、ひたすら元気いっぱいに、ひたすら踊りまくる、そんな曲。演奏するお二人にも笑顔がこぼれる。笑わずにはいられないようで、楽しさいっぱいで、鍵盤を叩きまくる。
今日のコンサートの主旨は「10代のための~」なのではあったが、4手ピアノの曲ばかりの珍しいコンサートだったので、10代でなくても楽しいに決まっている。むしろ、小菅さんと河村さんという今を代表する二人のピアニストの共演という刺激的な内容であっただけに、聴きたかった音楽ファンも多かったのではないだろうか。子供連れでないと大人は入れないというコンセプトだったためか、空席も目立っていたのである。まあ、私たち一般の音楽ファンからみれば、非常にもったいないという印象が残ってしまった。
終演後には恒例のサイン会もあったが、今日は普通のコンサートとは主旨が違うので、遠慮することにした。
← 読み終わりましたら、クリックお願いします。
【お勧めCDのご紹介】
今日のコンサートの内容とはまったく一致しませんが、河村尚子さんの最新盤「ラフマニノフ~ピアノ協奏曲第2番&チェロ・ソナタ」をご紹介します。河村さんは来年、デビュー10周年を迎えるそうで、それに先だって今年の9月にリリースされました。ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番(共演はイルジ・ビエロフラーヴェク指揮チェコ・フィルハーモニー管弦楽団)、チェロ・ソナタ ト短調 作品19(共演はチェロ/クレメンス・ハーゲン)、そして前奏曲 変ト長調 作品23-10と変ロ長調 作品23-2を収録していて、いずれもライブ録音です。河村さんのラフマニノフに対する思いが、全曲に溢れています。
ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番&チェロ・ソナタ | |
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