犬の名前は てつ

2011-10-05 17:35:19 | 昔写真
私が育った家の裏はこういう場所だった
だから今でも貨車が好きなのかもしれない

妹が一緒に写っているのでこの写真は昭和35年ごろの撮影だと思う
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5 コメント

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原風景 (工房5丁目)
2011-10-05 23:23:58
 いまの磯原駅前からはまったく想像がつきません。日暮里駅前も再開発でまったく変わってしまいましたが、谷中側の方は、昔と変わっていません。開発されるとされないとではずいぶんと違うものですね。
Re:原風景 (Brass_solder)
2011-10-06 13:22:59
工房5丁目さん、こんにちは
まったくね、まさに隔世の感です。
貨車のすぐ右側の本線に来るのはC62やD51が牽引する列車でした。
常磐炭鉱 (みつる)
2019-09-29 20:35:20
 いつも拝見しておりますが。
ご存知のように北海道型石炭車の模型、自費出版しております。
北海道の炭鉱鉄道はそれなりに調べて、九州は漠然と知っているくらいで、常磐炭鉱のことは失念しておりました。
・北海道は「木造高架桟橋」「陸上高架桟橋」「カーダンパー」
・九州は「陸上高架桟橋(木造も含む)」
であったと思います。
後者は今も三池に残っているようですが。
 さて、常磐炭鉱はどのような手段で、搬出していたのでしょうか。貨車は一般的なトム、トラだけだったのでしょうか。
 2019関西合運である方から質問を受けたのですが、答えられなくて・・・。
教えていただきたく思います。
ちなみに積み込みホッパーの遺構はあるようですね。
コメントありがとうございます (brass_solder)
2019-09-30 19:48:28
仰るとおり常磐地方では一般の無蓋車で石炭を運んでいました。
最後期の昭和45年ごろに九州から持ってきたセラ1型で火力発電所に運ぶ試験をしたようですが、その頃にはすでに炭鉱が下火になってしまったのです。
その水セラについて過去ログに上げてありましたのでご笑覧下さい。↑URL欄です。
お礼 (みつる)
2019-09-30 20:31:54
早速、ありがとうございます。
セラ1の記事も興味深いですねえ。
トキ15000も壮観です、模型でやってみたくなります。
 私が北海道へいったときは南大夕張くらいで、セキ3000にはあまり興味はなくて・・・。
九州は貝島の露天掘り、立坑、ホッパーの遺構を見に行きましたが、今は跡形もなくなりました。
 ミカド9700で常磐炭鉱のことは知っていましたが、当時は興味がなかった、すでに無くなってました。唯一、トキ900改造の3軸無蓋車に興味があった。
 このような記事を拝見すると調べたくなってきました。(イカンイカン、これ以上広げると収拾が取れなくなる。)
ありがとうございました。

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