ディスクアレイは――当たり前の話だが――高さがロッカーくらいある。
内部にはパソコン用の三・五インチハードディスクよりずっと大きなハードディスクが四台設置されていた――パンチングメッシュのメンテナンスドアの向こうでちかちかとLEDが光っている。
「……」 これを持ち出すのは無理だ。速攻であきらめて、アルカードは嘆息した。
ここにあるスーパーコンピュータのデータサーバーは複数のハードディスクをストライピングRAIDで組み合わせて、読み書き の速度を上げたものだ――否、現在の技術では単体のハードディスクでスーパーコンピュータの要求に見合うほどの読み書き速度や耐久性を用意することが出来ないので、必ずディスクアレイになるのだが。
ストライピングRAIDは複数の記録媒体を仮想的に統合することでデータの読み書きを複数の媒体に分散して行うもので、たとえば『あいうえお』という五文字を書き込む際に、媒体が五台あれば一文字ずつ分散して書き込むことで読み書きの時間を短縮する。
その性質上、読み書きが迅速になりまたデータ容量が媒体の数が増えるにつれて増加する反面、RAIDで組み合わされたすべてのハードディスクがそろっていないとデータが意味をなさない。
ハードディスクは偶数台ある様なので、おそらくミラーリングRAIDとストライピングRAIDを組み合わせてバックアップを取る造りになっているのだ。あるいはサーバー自体が複数あるので、それらの間でミラーリングされているのか。
「デン?」
呼びかけると、神田の返答はすぐに返ってきた。
「はい」
「サーバーごと持ち出すのは無理だ――さっき触ってみた限り、外部とも接続されてないみたいだし。データだけ持ち出すのも無理だな、ペタ単位の容量があるぜ」 そんな大容量の記録媒体は持ってないし、と続けて、アルカードはその場で立ち上がった。
「警察を介入させて、警察のがさ入れにかこつけて持ち出したほうがよくないか? 否、この場で完全に破壊して万にひとつでも流出する可能性を潰すのでもいいが」
というアルカードの言葉に、神田がしばらく考え込む。
「破壊いたしましょう、我が師よ――警察が踏み込むまでのタイムラグで、実験データを持ち出される可能性があります」
「だな」 アルカードはそう返事をして、手にした塵灰滅の剣 の一撃でデータサーバーを叩き割った。真直の一撃で一筺体四台のハードディスクがまっぷたつに破壊され、バチバチと音を立てて周囲に火花が散り、技術者たちの非人道的な実験の蓄積が一撃のもとに無慙に破棄される。
アルカードは続いて剣を振るい、隣に並んでいたミラーリング用のサーバーを同じく縦まっぷたつに叩き割った。
すぐさま手近にあった別のデータサーバーを叩き壊しにかかる。
スーパーコンピュータ自体は無視して数十台のデータサーバーを片端から破壊してから、アルカードは少し距離を取ってコンピュータエリア自体を視界に収めた。
同時に、視界内に変化が起こる――十台のスーパーコンピュータとその周囲の四十数台のデータサーバーの残骸の金属製の筺体が、急激な分子運動の加速によって赤熱し自重に負けて融けてゆく。
『照射』範囲内にあるグレーチングやそれを支える鉄骨も同様に赤熱し、やがて沸騰しながら二重構造の床下にしたたり落ち始めた。
まるで熔岩のごとく赤熱し煮え滾る液状化した金属がしたたり落ちたことで配線を被覆する樹脂が燃え上がり、虚空を赤い舌で嘗める。
だが筺体が完全に炎に包まれるよりも早く、赤熱し融け崩れていたスーパーコンピューターとその周囲の構造物がごっそりと消滅した。まるでスプーンで削り取られたカップアイスの様に、その周囲の構造物が完全に消滅している。
念力発火能力 ――厳密には対象を発火させる能力ではないために原理が解明されるにつれて分子加速破壊能力 という呼称が一般的になりつつある、真祖の攻撃用の能力の一種だ。
正確には照射対象の分子運動を加速させ、最終的には気化させてしまうという非常に強力な能力だ――念力発火能力 という名称が一般的に用いられていたのは、可燃物にこの攻撃を低出力で仕掛けると気化する前に一度炎上するためで、また気化させるところまで出力を上げなくても十分に攻撃として成立するためだ。
時間もかかるしな――立ちくらみに似た脱力感にふらつきながら、アルカードは周囲を見回した。
分解酵素の働きによって液状化した体組織はグレーチングから床下にしたたり落ちて、すでに体毛一本も残っていない。液状化した肉と血の混じったおぞましい液体がグレーチングを濡らすのみとなったキメラの屍のあった場所に近づいて、ドロドロの液状になったアサルトの体組織にまみれた三爪刀 を拾い上げる。
続いて儀式用短剣 も回収し、アルカードは手近な調製槽に歩み寄ってまだ無事だった調製槽の硝子槽を儀式用短剣 の柄頭で叩き割った。
分厚い強化硝子が音を立てて砕け、中ほどに穿たれた穴から培養液が流れ出してくる。あふれ出してくる培養液で刃についた液 状の体組織を洗い流し、儀式用短剣 を鞘に納めてから三枚の刃を一枚ずつ指にはさんで握り直す。アルカードは軽く腕ごと刃を振り回して水滴を振り払ってから、周囲に視線をめぐらせた。
「さて――」
さきほどアサルトの初撃で内臓 を掻き回された研究者は一撃で即死していたが、数人の研究者たちは意識を取り戻し、手首を拘束する結束バンドをどうにかしようと無駄な努力を繰り返している。
三爪刀 を保持したまま近づいてくるアルカードの姿を目にして、研究員たちがさっと顔色を変えた。
彼から逃れようとしているのだろう、プラスティカフで縛着された両手足をバタバタと動かし、尺取り虫の様に体をくねくねとくねらせて床の上で暴れ始める。だが両手を後ろ手に縛られて足首も縛着されているために、身を起こすのもままならない。胸倉を掴まれ足が床につかなくなる高さまで持ち上げられ、研究員の口から悲痛な悲鳴がほとばしった。
「おい、貴様――この会社のほかのキメラ研究員どもはどこにいる」 三枚の刃の鋒を喉元に突きつけながらそう尋ねると、研究者はぶんぶんとかぶりを振った。
「ほぉ?」 酷薄な声を出して、三爪刀 の鋒を研究者の首筋に当てて軽く引く――日本刀よりも鋭利に削り出された刃先が研究者の首筋の肌を浅く裂き、紅い筋の端にぷつりと血の玉が出来た。
痛みに顔を顰め、研究員が悲鳴を漏らす。
「どうする? 貴様の命と棒引きにするほどの秘密か?」三爪刀 の鋒を研究員の喉元に軽く押し当てて、アルカードは研究員にそう声をかけた。
「し、知らない――みんな自宅から通っているから」
「そうか」 という返答とともに――溜め息を吐きながら突き込んだ三爪刀 の刃に心臓と肺を引き裂かれ、研究員が電撃に撃たれた様に体を仰け反らせる。ごぼごぼという含漱音とともに口蓋から血を吐き散らし、喉を掻き毟って悶絶する研究員の体を、アルカードはゴミを投げ棄てる様にそこらに適当に放り出した。
「まあいいさ――あとでいくらでも調べられるしな」 そう独り語ちて、超小型無線機の送信ボタンに手を伸ばす。
「ドラゴンよりデン――スパコンは始末した」
「承知いたしました、我が師よ――このあとの行動は?」空電雑音 とともに、神田の返答が返ってくる。
「たぶん調製実験施設はほかにもあるだろうから、ここの調製施設を完全に破壊してからそっちを潰しに行く。あと、ここに研究員どもがいるから始末しておかないとな――さっきの接敵 も、拘束してたはずの奴がキメラを『槽』から出しやがったし。誰かがほかに連絡して警戒を促さないとも限らん」 周りを見回しながらそう答えると、研究員たちが顔色を変えた。アルカードはイタリア語でしゃべっていたが、それでも視線と表情から彼らを皆殺しにするつもりなのを察したのだろう。
「承知いたしました」 それを最後に、神田の音声が途切れた。
「ああ、また連絡する」 そう告げて、アルカードも送信を打ち切った。
三爪刀 をコートの内側の鞘にしまい込み、かわりに塵灰滅の剣 を再構築――彼はコンピュータ群の残骸にはそれ以上一瞥も呉れることなく塵灰滅の剣 の柄を握り直し、漆黒の曲刀を右脇に巻き込む様にして八双に構えた。大量の魔力を注ぎ込まれたことで塵灰滅の剣 の隠匿モードが解除され、漆黒の刀身が雷華を纏わりつかせながら青白く輝く。
シィッ――歯の間から息を吐き出しながら、アルカードは前方百八十度を薙ぎ払う様にして手にした塵灰滅の剣 を振り抜いた。
眼前に設置されていた調製槽が轟音とともに揺れ、まだ無事だった調製槽の強化硝子に生じた切断面から培養液が漏れ出し始める。
世界斬・断 ――最大出力時の有効射程五百メートルに及ぶ、衝撃波を束ね上げて切断に近い破壊力を持たせた世界斬 の基本形のひとつだ。世界斬・散 の様に拡散する衝撃波で攻撃対象を押し流し磨り潰すのではなく、攻撃範囲内にあるものすべてを引き裂く衝撃波だ。
それが吹き荒れたあと、周囲の様相は一変している。
否、わかっていてみなければ変化には気づかないだろう。見た目にはなんの変化も無い――もっとも、知らずに見てもじきに気づくだろうが。
下層に設置されたすべての調製槽の筺体、筺体の下部の前半分を覆う調製槽の強化硝子、培養液の原液を貯めておく貯水タンク、複数の薬液用タンク。調製実験セクションの背後の壁を除く三面の内壁にいたるまで、攻撃の射程範囲に存在していたあらゆるものが水平に引き裂かれている。
高圧がかかった原液供給ホースがちぎれて床の上でのたうちまわりながら原液を撒き散らし、培養液に浸かっていたキメラたちがことごとく胴体を上下に寸断され、朱に染まった培養液の中で底に沈む。
そしてそれより早く筺体上部から下に向かってスライドする形で閉じる調製槽の強化硝子の下半分がばたりと倒れ、調製槽の内部から大量の培養液が流れ出して、グレーチングを抜けて床下に流れ落ちてゆく。
調製槽やタンクの構造物が瓦解していないのは、世界斬・断 による切断の際に筺体がほとんど衝撃を受けなかったからだ。そのため上下に切断された構造物に水平方向のずれが生じておらず、切断された上部が下部にそのまま載っているのだ。
タンクの上部に接続された配管が自重に負けて傾き、ポンプから供給された薬液が水道の蛇口を上に向けたときの様にばちゃばちゃと音を立てて床の上に流れ落ちてゆく。
憤怒の火星 のセンサー機能ですべての調製槽が破壊されたことを確認して、アルカードは床の上で暴れている残った研究員たちに視線を向けた。
「さて――残念だが、研究の内容が頭に入ってる以上、おまえたちも生かしておくわけにはいかんのでな。寂しいがお別れだ」 床の上で尺取り虫みたいに体を曲げ伸ばしして距離を取ろうとする研究員たちのほうに歩きながらそう告げて、アルカードは手にした塵灰滅の剣 の柄を握り直した。
内部にはパソコン用の三・五インチハードディスクよりずっと大きなハードディスクが四台設置されていた――パンチングメッシュのメンテナンスドアの向こうでちかちかとLEDが光っている。
「……」 これを持ち出すのは無理だ。速攻であきらめて、アルカードは嘆息した。
ここにあるスーパーコンピュータのデータサーバーは複数のハードディスクをストライピングRAIDで組み合わせて、
ストライピングRAIDは複数の記録媒体を仮想的に統合することでデータの読み書きを複数の媒体に分散して行うもので、たとえば『あいうえお』という五文字を書き込む際に、媒体が五台あれば一文字ずつ分散して書き込むことで読み書きの時間を短縮する。
その性質上、読み書きが迅速になりまたデータ容量が媒体の数が増えるにつれて増加する反面、RAIDで組み合わされたすべてのハードディスクがそろっていないとデータが意味をなさない。
ハードディスクは偶数台ある様なので、おそらくミラーリングRAIDとストライピングRAIDを組み合わせてバックアップを取る造りになっているのだ。あるいはサーバー自体が複数あるので、それらの間でミラーリングされているのか。
「デン?」
呼びかけると、神田の返答はすぐに返ってきた。
「はい」
「サーバーごと持ち出すのは無理だ――さっき触ってみた限り、外部とも接続されてないみたいだし。データだけ持ち出すのも無理だな、ペタ単位の容量があるぜ」 そんな大容量の記録媒体は持ってないし、と続けて、アルカードはその場で立ち上がった。
「警察を介入させて、警察のがさ入れにかこつけて持ち出したほうがよくないか? 否、この場で完全に破壊して万にひとつでも流出する可能性を潰すのでもいいが」
というアルカードの言葉に、神田がしばらく考え込む。
「破壊いたしましょう、我が師よ――警察が踏み込むまでのタイムラグで、実験データを持ち出される可能性があります」
「だな」 アルカードはそう返事をして、手にした
アルカードは続いて剣を振るい、隣に並んでいたミラーリング用のサーバーを同じく縦まっぷたつに叩き割った。
すぐさま手近にあった別のデータサーバーを叩き壊しにかかる。
スーパーコンピュータ自体は無視して数十台のデータサーバーを片端から破壊してから、アルカードは少し距離を取ってコンピュータエリア自体を視界に収めた。
同時に、視界内に変化が起こる――十台のスーパーコンピュータとその周囲の四十数台のデータサーバーの残骸の金属製の筺体が、急激な分子運動の加速によって赤熱し自重に負けて融けてゆく。
『照射』範囲内にあるグレーチングやそれを支える鉄骨も同様に赤熱し、やがて沸騰しながら二重構造の床下にしたたり落ち始めた。
まるで熔岩のごとく赤熱し煮え滾る液状化した金属がしたたり落ちたことで配線を被覆する樹脂が燃え上がり、虚空を赤い舌で嘗める。
だが筺体が完全に炎に包まれるよりも早く、赤熱し融け崩れていたスーパーコンピューターとその周囲の構造物がごっそりと消滅した。まるでスプーンで削り取られたカップアイスの様に、その周囲の構造物が完全に消滅している。
正確には照射対象の分子運動を加速させ、最終的には気化させてしまうという非常に強力な能力だ――
時間もかかるしな――立ちくらみに似た脱力感にふらつきながら、アルカードは周囲を見回した。
分解酵素の働きによって液状化した体組織はグレーチングから床下にしたたり落ちて、すでに体毛一本も残っていない。液状化した肉と血の混じったおぞましい液体がグレーチングを濡らすのみとなったキメラの屍のあった場所に近づいて、ドロドロの液状になったアサルトの体組織にまみれた
続いて
分厚い強化硝子が音を立てて砕け、中ほどに穿たれた穴から培養液が流れ出してくる。あふれ出してくる培養液で刃についた
「さて――」
さきほどアサルトの初撃で
彼から逃れようとしているのだろう、プラスティカフで縛着された両手足をバタバタと動かし、尺取り虫の様に体をくねくねとくねらせて床の上で暴れ始める。だが両手を後ろ手に縛られて足首も縛着されているために、身を起こすのもままならない。胸倉を掴まれ足が床につかなくなる高さまで持ち上げられ、研究員の口から悲痛な悲鳴がほとばしった。
「おい、貴様――この会社のほかのキメラ研究員どもはどこにいる」 三枚の刃の鋒を喉元に突きつけながらそう尋ねると、研究者はぶんぶんとかぶりを振った。
「ほぉ?」 酷薄な声を出して、
痛みに顔を顰め、研究員が悲鳴を漏らす。
「どうする? 貴様の命と棒引きにするほどの秘密か?」
「し、知らない――みんな自宅から通っているから」
「そうか」 という返答とともに――溜め息を吐きながら突き込んだ
「まあいいさ――あとでいくらでも調べられるしな」 そう独り語ちて、超小型無線機の送信ボタンに手を伸ばす。
「ドラゴンよりデン――スパコンは始末した」
「承知いたしました、我が師よ――このあとの行動は?」
「たぶん調製実験施設はほかにもあるだろうから、ここの調製施設を完全に破壊してからそっちを潰しに行く。あと、ここに研究員どもがいるから始末しておかないとな――さっきの
「承知いたしました」 それを最後に、神田の音声が途切れた。
「ああ、また連絡する」 そう告げて、アルカードも送信を打ち切った。
シィッ――歯の間から息を吐き出しながら、アルカードは前方百八十度を薙ぎ払う様にして手にした
眼前に設置されていた調製槽が轟音とともに揺れ、まだ無事だった調製槽の強化硝子に生じた切断面から培養液が漏れ出し始める。
それが吹き荒れたあと、周囲の様相は一変している。
否、わかっていてみなければ変化には気づかないだろう。見た目にはなんの変化も無い――もっとも、知らずに見てもじきに気づくだろうが。
下層に設置されたすべての調製槽の筺体、筺体の下部の前半分を覆う調製槽の強化硝子、培養液の原液を貯めておく貯水タンク、複数の薬液用タンク。調製実験セクションの背後の壁を除く三面の内壁にいたるまで、攻撃の射程範囲に存在していたあらゆるものが水平に引き裂かれている。
高圧がかかった原液供給ホースがちぎれて床の上でのたうちまわりながら原液を撒き散らし、培養液に浸かっていたキメラたちがことごとく胴体を上下に寸断され、朱に染まった培養液の中で底に沈む。
そしてそれより早く筺体上部から下に向かってスライドする形で閉じる調製槽の強化硝子の下半分がばたりと倒れ、調製槽の内部から大量の培養液が流れ出して、グレーチングを抜けて床下に流れ落ちてゆく。
調製槽やタンクの構造物が瓦解していないのは、
タンクの上部に接続された配管が自重に負けて傾き、ポンプから供給された薬液が水道の蛇口を上に向けたときの様にばちゃばちゃと音を立てて床の上に流れ落ちてゆく。
「さて――残念だが、研究の内容が頭に入ってる以上、おまえたちも生かしておくわけにはいかんのでな。寂しいがお別れだ」 床の上で尺取り虫みたいに体を曲げ伸ばしして距離を取ろうとする研究員たちのほうに歩きながらそう告げて、アルカードは手にした
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