徒然なるままに修羅の旅路

祝……大ベルセルク展が大阪ひらかたパークで開催決定キター! 
悲……大阪ナイフショーは完全中止になりました。滅べ疫病神

In the Distant Past 33

2015年11月10日 23時47分05秒 | Nosferatu Blood
 
   *
 
 がらっと音を立てて引き戸を開けると、湿度の高い生暖かい空気が肌に触れた――ありがとう、また来てねーという柊の声に送り出されて店の外に出たところで、軒下にいたデルチャと香澄がそろってこちらを振り返る。
「アルカードは?」
「フィオを連れ出そうとしてます」 と、デルチャの質問にそう答えておく――パオラがリディアの介助をするぶんには両側に手摺のついた狭い階段は昇り降りがむしろ楽なのだが、完全に眠ってしまったフィオレンティーナを連れ出すとなると逆に狭さがネックになるらしい。
 手伝ってあげられることが無いので、アルカードに促されて先に降りてきたのだが。
「ところで、凛ちゃんと蘭ちゃんは?」 子供ふたりと女性たちそれぞれの配偶者がいないことをいぶかって、リディアがそんな質問を口にする。
「あ、あそこ」 香澄が指差した先に視線を向けると、ちょうど子供たちと恭輔、陽輔が近所の民家の門のところで家から出てきた初老の男性と立ち話をしているところだった。
「あの人は?」
「忠信さんの昔からの友達だって――詳しいことは知らないけど」 パオラの質問に、香澄がそんな返事を返す。男性は孫と一緒に犬の散歩に出るところだったのか、幼い男の子とまだ小さなゴールデンレトリーバーを連れている。凛が足に前肢をかけて後肢立ちになった犬のそばにかがみこんで、尻尾をちぎれんばかりに振る犬の頭を撫でていた。
 話している最中に再び引き戸が開き、忠信が姿を見せる――先ほどふたりが店を出るときにレジカウンターのところで支払いを済ませていたのだが、ずいぶん時間がかかったところをみると立ち話でもしていたのだろうか。
 錘を使って自動で締まる様になった引き戸を全開にして手で押さえ、忠信が後ろから出てきた人物に道を譲る――すみません、と声をかけて、フィオレンティーナをおぶったアルカードが姿を見せた。
「おーい、みんなカラオケ行くぞ」 離れたところにいる恭輔たちに向かって、忠信が声をかける。
「おーう。じゃ朝比奈さん、また。ゆっくんもまた今度ね」 恭輔がそう返事をして、子供たちと陽輔を促して戻ってくる。
「ええと、俺は――」 フィオレンティーナを背負ったまま、アルカードが困った様に眉根を寄せる。カラオケというのがなにかはわからないが、アルカードもついていこうと思ったらしい。
「なに言ってんのさ。アルカードさんはその子を自宅まで運ぶという、最優先の仕事があるじゃん」 と言ったのは陽輔である。彼はそのままリディアのほうに視線を向け、
「あとそっちの子たちは素面だけど、ひとり怪我人なんだしちゃんと送り届けてやるのは男の仕事じゃない?」 という様なことを付け加える。尤もなのかそうでないのかは、よくわからなかったが。
「そうか? まあいいけどな、この子たちが帰ったら親族じゃないのが俺だけになるし」 意外に丸め込まれやすいタイプなのか、アルカードがそう返事をする。
「わかってるとは思うけどアルカードさん、送り狼になっちゃ駄目よ」 楽しそうに笑いながら、香澄が適当に手を振る。香澄も現時点では親族ではないはずだが、彼ら的にはそうでもないのだろうか。というか、送り狼ってなんだろう。
「誰がなるかよ、そんなもん」 手が空いていれば適当に手でも振っているところなのだろうが、あいにく手のふさがっているアルカードは眉を寄せてそう返事をした。
「じゃ、そういうわけでまあ、兄さんはまた今度な」 笑いながらそう言ってくる忠信に、アルカードがうなずく。
「ええ。あ、俺たちの支払いを――」 やってきたのとは逆の方向に歩き出しかけた忠信を呼び止めてアルカードがそう声をかけると、
「否、いい――今日は兄さんには検査につきあってもらったしな」 そう返事をして、忠信は適当に手を振った。
「じゃあ、また」
「ええ、御馳走様でした」 アルカードはそう返事をして、話しながら立ち去っていく神城家の面々を見送った。
「ごめんなさい」
「なにが?」 なんとなく口にした言葉に、アルカードが適当に肩をすくめる。
「陽輔君の言うとおりだから、別に気にしてないよ――怪我人と酔っ払いがいるのに、無事に帰宅するのを見届けずにほっぽっていくわけにもいかないし」 彼はそう続けてから、引き戸に視線を向けた。
「柊ちゃんに呼んでもらったタクシーが来るまで、店の中で待たせてもらおうか」 とアルカードが言ったところで店の引き戸ががらっと音を立てて内側から開き、柊が顔を出した。
「ごめんアルカードさん、タクシー今全部出払ってて配車出来るのが無いんだって」
「ああ、そうなの?」 アルカードはその言葉に、ちょっと困った顔をしてリディアに視線を向けた。
 ライトエースは駐車場に置いてきたので、アルカードとしてはリディアを含む三人をタクシーで帰らせるつもりだったのだろう――当てにしていたタクシーが捕まらないのでは、帰りの移動手段あしが無くなってしまう。
 アルカードは一度アパートの方角に視線を向けてから再びリディアに視線を戻し、
「車を取ってくるまで待ってられるか?」
「いえ、大丈夫です。歩けます」 松葉杖をアスファルトに突き直して、リディアがそんな答えを返す。アルカードは眉をひそめて、
「冗談はよせ」
「大丈夫ですから」 かたくななリディアの返事に、アルカードは困った様にパオラに視線を向けてきた。パオラがうなずくと彼は溜め息をついて、
「わかったよ、たいした距離じゃないしな――でも本当に痛くなったら言ってくれよ」
「はい」 リディアがうなずくと、アルカードはフィオレンティーナの体をおぶい直して歩き出した。普段よりも歩幅が小さいのは、リディアに配慮しているのだろうか。
 おそらく普段であれば彼がそこまで出るのに必要な時間の倍近い時間を費やして、ショッピングセンターに向かうのによく使う通り――硲西の交差点のもうふたつばかり北にある信号の無い小さな交差点に出る。
「ところで、それはなんですか?」 アルカードが後ろ手にぶら下げたビニール袋を手で示して、リディアがそう尋ねる。両手はフィオレンティーナの太腿を支えているので、手首にループを通してぶら下げているらしい。中身は箱なのか、足を踏み出すたびに膝裏にぶつかって歩きづらそうではあった。
「これか? 持ち帰り用のやつ。犬にやるのに味付けしてない肉をいくつか焼いてもらった」
「持ちましょうか?」
「いい。手が抜けないから」 ビニール袋の持ち手に手首を通したままフィオレンティーナの体をおぶっているために、手を抜けないということだろう――パオラの言葉にそう返事をしたとき、話し声が耳に障ったのかアルカードの背中のフィオレンティーナが身じろぎした。
「……あえ?」
 フィオレンティーナがアルカードにおぶわれたまま周囲を見回して、それから自分の状況に気づいたらしい。
「アルカード! 貴方なにしてるんですか!」
 状況を掴み切れていないからだろう、アルカードの肩を手をかけてがっくんがっくん揺さぶりながら大声を出しているフィオレンティーナを見遣って、パオラは溜め息をついた。
「落ち着いて、酔って寝てる貴女を運んでくれてたのよ」
「……へ?」
 フィオレンティーナがぽかんとしたままアルカード(の後頭部)とパオラを見比べてから、うっと顔を顰めた。
「どうしたの?」
「……頭が痛いです」
「そりゃあ助かるよ、そのまましばらくおとなしくしててくれ」 酔いが抜けてねえのに大声出すからだよ――投げ遣りなアルカードの言葉に、フィオレンティーナが顔を顰める。
「どうしてわたしが貴方におぶわれないといけないんですか」
「自力で歩けるんなら、遠慮無くそうしてくれなさいよ――そうしたらそうしたで、リディアを運んでやれるしな。俺としては君が自分で歩くのでもおんぶしてくのでも戦場の死体みたいに担いでいくのでもお姫様抱っこでも、どれでもかまわないんだがね」 盛大な溜め息に載せる様な口調でそう答えて、アルカードは暴れたせいでずり落ちかけたフィオレンティーナの体をおぶい直した。
 その程度の揺れでも頭痛が酷くなるのか、フィオレンティーナの眉間の皺が深くなる。
「おい、大丈夫か?」
「うぅぅぅぅぅ」 頭痛のせいで返事をする余裕も無いのか、フィオレンティーナはあきらめて両手でアルカードのジャケットの肩を軽く掴んだ。
「気分が悪いです……」
「頼むから背中で吐かないでくれよ」 それだけ言ってから、アルカードが少し歩調を緩める――というよりも、歩くときの体の上下動を小さくしたのだろう。
 しばらく歩くとこちら側の歩道に大手の機械化された有料駐車場、アルカードは土地提供者のコネでここに一台無料で止める権利があるらしく、焼鳥屋に行くのに乗せてもらったライトエースは普段ここに駐車されている。信号の向こう側にはコンビニエンスストアがあって、アルカードの話だと先日幼子ふたりを保護したのはそこらしい。ちょうどオープンから十周年を迎えるのか、皆様に愛されて十年という横断幕がかかっている――日頃のご愛顧に感謝をこめて、九月十日までホットスナック十パーセントオフ。
 道路をはさんで反対側は、塗り替えてさほど時間がたっていない真新しい白漆喰の塀がずっと続いている――アルカードが言うには本条兵衛なるこの近隣の有力者の邸宅で、アパート裏の駐車場の土地提供者も彼なのだそうだ。
 アルカードは有料駐車場を囲む金網の前に置いてあったコカ・コーラの自販機の前で足を止め、
「悪い、パオラ――あとで代金を返すから、アクエリアスを一本買っといてくれないか」
 という言葉に、パオラは首をかしげながら自販機に財布から取り出した硬貨を入れた。単に両手がふさがっているからだろうが、アパートに戻ればいくらでも飲み物があるだろうに。
 こちらの疑問を読み取ったのか、アルカードが答えてくる。
「俺じゃなくてこの子に飲ませるぶんだよ――強制的にでも水分補給させとかないと、二日酔いが酷いからな」 ぐったりした様子でアルカードの肩に顔をうずめているフィオレンティーナに視線を向けてそう返事をしたところで、硲西の交差点のパオラたちがいる側とローソンの間の信号が赤に変わる。本条邸側の歩道に渡ってしまえばあとはノンストップでアパートまでたどり着けるので、そちらのほうがある意味楽でいい。
 あっという間にペットボトルの表面に汗をかき始めたアクエリアス アクティブ・ダイエット――訓練時にアルカードがいつも用意するもので、酢橘の果汁を混ぜるのがお気に入りらしい――を手に、片手でリディアの体を支えながらアルカードに続いて横断歩道を渡る。
 ちょうど渡り終えたあたりで、信号が点滅し始めた――アルカードはリディアのほうを振り返って、
「脚は大丈夫か?」
「ええ、もうちょっとですし」 リディアが返事をすると、アルカードはうなずいて歩みを再開した。

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