徒然なるままに修羅の旅路

祝……大ベルセルク展が大阪ひらかたパークで開催決定キター! 
悲……大阪ナイフショーは完全中止になりました。滅べ疫病神

In the Distant Past 34

2015年11月10日 23時48分20秒 | Nosferatu Blood
 
   *
 
忠泰デン
 ベルトの腰周りにつけた超小型無線機の送信ボタンのホールドをはずしてからあらためて軽く押し込み、アルカードは神田忠泰を呼び出した。
「はい、師よ――音声はモニターしていましたが、御無事ですか?」
「健在だ」 アルカードはそう答えて、足元に視線を落とした。
 足元で斬り斃された最後の吸血鬼の体が、音も無く塵へと変わってゆく――その光景から視線をはずして、アルカードは周囲を見回した。
 カスタム・メイドのハイスペック仕様のキメラ五体と噛まれ者ダンパイア十五人相手の派手な立ち回りによって彼らの周囲の調製槽はあらかた破壊されているが、戦闘の範囲外にあった調製槽は無傷で残っている。
 着馴れたはずのアンダーウェアが、妙に気持ち悪い――やたらごわごわしているのは、乾燥したアンダーウェアがびっしりと粉を吹いているからだ。考えるまでもなく、あのミネラル分たっぷりの培養液の原液に頭から漬かった結果である――考えない様にしていたが、髪の毛も似た様なものだろう。
 汗だくになったときに着ていた衣装や海水に浸した水着を洗濯せずに乾くまで放置していると汗に含まれた塩分で布地が粉を吹くが、それと同じだ。
「カスタムタイプのキメラ五体と噛まれ者ダンパイア十五人と、連続して接敵コンタクトがあった」
「損耗は?」
「無い。と言うか、キメラどもとやりあったあとだと噛まれ者ダンパイアどもがやたら弱く感じる」 まあ実際弱いんだけどさ――胸中でだけ付け加えて、アルカードは手近なまだダメージを受けていない調製槽に視線を向けた。
「データの回収は出来そうですか?」
「キメラがぶっ壊しちまったよ――研究者どもの個人データだけは回収したが」
 そう返事をして、アルカードは調製槽のそばに歩み寄った。
 XLX-21 ゼンクルスという個体識別記号のステッカーを貼りつけられた調製槽個別のタッチ式液晶ディスプレイは完全に消燈しており、培養液の撹拌を行うミキサーのモーターの排気音も聞こえない。満たされた培養液の中に浮いている全身に角状突起物を備えた犀に似た巨体のキメラは、スリープ・モードが解除されないまま培養液の中で静かに浮いている。
 ゼンクルスに限らず調製槽の大半は中身が入っているものの、すべての調製槽の実験体の生理状態を統制管理していたスーパーコンピューターが破壊されたために、もはや彼らには生存の術は無い――培養液の入れ替えや撹拌も止まり、スリープ・モードのキメラを生かし続けるための薬液投与や電気刺激等による生理状態の調整もストップした。
 スリープ・モードのまま仮死状態で眠り続けているキメラたちはブドウ糖の大量投与と電気刺激による覚醒処理がされていないために、スーパーコンピューターによる生理状態の管制が停止してもよほどの外的刺激が加わらない限り覚醒することは無い。放っておいても培養液の中で溺れ死んでしまうだろうし、コンピューターが完全に破壊された以上復旧も不可能だろうが――
「――まあ、破壊しておくに越したことは無いか」 DNAが完全に破壊される前に、細胞サンプルを回収されても困るしな――そう声に出して独り語ち、アルカードは塵灰滅の剣Asher Dustの柄を握り直した。
 塵灰滅の剣Asher Dustの刀身が蒼白い激光を放ち、パリパリと音を立てて雷華が纏わりつく。
「とにかくこの調製実験施設を完全に破壊してから、建物の電子設備を破壊して脱出する――見たところ地下の実験施設もこちらも社内ネットでしか接続されてない様だから、社内の電子設備を電子的に破壊すれば情報漏れの危険は無いだろう」 民間企業サイドの電子設備も破壊されてしまうが、それはまああきらめてもらうしか無いな。
 胸中でつぶやいて、唇をゆがめて笑い――アルカードは一撃で施設内のすべての調製槽を攻撃に巻き込める位置まで移動してから、続く一撃で周囲の調製槽すべてを破壊するために電光を纏わりつかせる塵灰滅の剣Asher Dustを右脇に引きつけた。
 しっ――アルカードが歯の間から息を吐き出しながら塵灰滅の剣Asher Dustを水平に薙ぎ払ったその瞬間、剣風と魔力が絡まり合って構成された刃状の衝撃波が床から一・五メートルの高さを水平に駆け抜け、攻撃に巻き込んだすべての調製槽を水平に切断した。
 『槽』の中に浮いていたキメラたちが筺体ごと引き裂かれ、数体が激痛で覚醒して培養液の中で暴れ回っている――培養液を抜かれないまま『槽』の内部で動き回ったために培養液を飲み込んだらしく、覚醒したゼンクルスが槽の中で口から気泡を吐き出しながら悶絶していた。
 ひぅという軽い風斬り音とともに塵灰滅の剣Asher Dustを軽く振り抜いて、アルカードは霊体武装に対する魔力供給を断ち切った。
 形骸がほつれて内部に封入されていた血がその動きに振り払われて床に滴り落ち――それも床に触れるよりも早く消滅してゆく。それを見届けることもせずに――アルカードは左腕を鎧う万物砕く破壊の拳Ragnarok Handsに右手の指先で触れた。
 手甲の上から一体化する様にして左腕を覆っていた万物砕く破壊の拳Ragnarok Handsの装甲が液状に戻り、右腕を鎧う装甲に取り込まれてゆく。
 手甲が剥き出しになると、アルカードは今度は手甲のストラップを緩めて装甲を左腕から引き剥がした。剥き出しになった左腕の下膊の一部が皮膚の質感を擬態するのをやめて銀色に戻り、そこからシチューに浮いた具の様に小さなリモコンが浮き上がってくる――リモコンはそのまま腕の表面を川面を流れる葉っぱの様に移動して、掌に収まった。
「師よ?」 アルカードは神田忠泰の呼びかけには返事をせずに、百円ライターくらいの大きさのリモコンを一度宙に投げ上げてから空中で掴み止め、
「ちょっと待ってくれ、忠泰デン」 アルカードはそう返事をしてすっと目を細め、勿体ぶった仕草で手にしたリモコンを握り直した。
 パキャッと音を立ててリモコンのボタンを覆うカバーをはずし、リモコンのスイッチを押し込む。同時に天井の照明が一斉に落ち、周囲が暗闇に包まれて、同時に足元から微振動が伝わってきた。
「よし」
「なにを?」
「なに、配電盤に爆弾を仕掛けてきただけさ」
 アルカードはいぶかしげな神田の問いにそう返事をして、常夜燈すら消えて完全な暗闇に包まれた室内でかがみこんだ。先ほど床に落とした手甲を拾い上げて再度きちんと装着し直してから、手甲の上から包み込む様にして右手を鎧った万物砕く破壊の拳Ragnarok Handsの装甲へと左手の指先を触れさせる――同時にそこから分裂した水銀が装甲の上から包み込む様にして左腕の下膊を覆い、手甲ごと左腕を鎧う装甲へと変化した。
 アルカードが使ったのは、地下の電力供給エリアに設置された配電設備に仕掛けてきた小さな電子機器だ――地下の調整実験施設を壊滅させたあと、なにかの役に立つかもしれないと思って調製実験施設のワンフロア上に位置する電力供給エリアも簡単に調べたのだが、非常用発電機のほかに電力会社から供給される通常の電源も一度電力供給施設に統合されていたので、配電設備に細工をしてきたのである。
 といっても、たいしたことをしたわけでもない――諜報員が侵入した施設の電子的な監視装置を無力化するために使う装置を改造したもので、スイッチをオンにすると配電設備を誤作動させて電気的に接続されたすべての設備に過電流を流す。
 無論そのままではブレーカーが落ちて終わりだが――メンテナンス用の配線と工具があったので、ブレーカーの両端に接続された配線を交換用の予備の配線で直結してきたのだ。
 ありていに言えば、ブレーカーが遮断しても遮断機を迂回して電流が流れ続ける様に電路を作ってきたのである。
 こうするとブレーカーが落ちても迂回して接続された配線を通って過電流は流れ続け、接続された電子機器や照明機器すべての遮断機を落としてしまう。
 ここからでは見えないがビル内のすべての照明が落ちているだろうし、レーダーやセンサー等のすべての電子的監視装置が作動しなくなっているだろう。外側から侵入しての破壊ではなく内側からの無力化なので、警備スタッフとしても防ぎ様があるまい。外から電源を断たれたなら非常用電源を使えばいいだけだが、この場合は非常用電源から警備システムにつながる電気配線の電路がことごとくシャットダウンされているのだ。
 無論、電力供給が遮断されたのは照明や監視装置だけではない。常時稼働しているサーバーやスーパーコンピューター等に対する通常・非常両方の電力供給の遮断は、電力供給エリアと電気的に接続されたすべてのフロアに及んでいるだろう――遮断機がすぐに落ちてしまうので配線が焼けたり機材が炎上したりといったことはないだろうが、常時稼働しているサーバーやスーパーコンピューター、研究員宿舎にあったレーザーディスクのプレイヤー、待機モードになったテレビにいたるまで、電流が流れているものは悉く落ちているだろう。
 そしてその事態が起きれば、社内の裏事情を知る人間は真っ先に電力供給エリアの配電盤を疑うだろう――ビル全体の電源が落ちている状況で、配電施設のメインブレーカーではなく各フロアの配電盤のブレーカーが片っ端から落ちていることなど想像もするまい。
「そろそろいいかな」 つぶやいて、アルカードはリモコンについているもうひとつのボタンを押し込んだ。
 配電盤の数ヶ所に仕掛けてきた、合計三百グラムのC4可塑性爆薬の起爆スイッチだ――今頃配電盤そのものが、その周囲の配線ごとまとめて吹き飛ばされているだろう。
 これでマックス製薬本社ビルの裏の従業員たちは、原因を探してビル内を右往左往することになる――まず最初に見つけるのは地下の電力供給エリアの配電盤だろうが、配電盤のついでに余った爆薬をディーゼル式の非常用発電機の本体と燃料供給装置に仕掛けてきたので、同時にそちらも発見することになるだろう。
 ディーゼル発電機はおそらくシリンダーブロックが完全に吹き飛んで本体交換が必要になるだろうし、燃料供給装置もフュエルポンプが丸ごと吹き飛ぶ様にして爆薬を仕掛けてきた。軽油の沸点は四十度超だから火事になっている可能性は低いだろうが、なっていたら後始末はさらに大変になるだろう――非常用電源がほかにもあったとしても、先ほどのショートによって各フロアのブレーカーがすべて個別に落ちている。ひとつひとつチェックしてブレーカーを上げるのはかなりの手間のはずだ――いずれにせよ十分や二十分で復旧することはない。
「ドラゴンよりデン――終わったから装備品だけ回収して引き揚げる。交信終わり」
「承知いたしました。お気をつけて」 それを最後に交信を打ち切って、アルカードは歩き始めた。

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