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ズシンズシンという地響きの様な足音とともに、02と番号の振られたエビに似たキメラが突進してくる。振り翳した右手の蟹鋏が二度ほど開閉し、ついでちょうど首をはさみ込む様な軌道でまっすぐに突き込まれてきた。
その一撃を上体を沈めて躱すと同時、回避動作で頭の下がったところを狙って今度は左の鈎爪が突き込まれてくる。巨大な鈎爪で頭を握り潰されそうになったところで、アルカードは突き込まれてきた左手をはたく様にして押しのけながら左腕の外側に踏み出した。
そのまま脇を狙って一撃撃ち込んでやろうと思ったが、02が外側に向かって腕を振り回したので断念せざるを得なかった――湾曲した三本の鈎爪は人間の手の親指とそれ以外の様に機能が明確に分かれているわけではなく、それぞれの鈎爪が正三角形の頂点位置になる様に配置されている。
人間で言えば掌に相当する部分に丸いレンズ状の器官があるのを確認して――アルカードは咄嗟にその左腕に廻し蹴りを叩き込んだ。
体の内側から外側へ、薙ぎ払う様に繰り出されて止まりかけた左腕の動きを、再び加速する様にして一撃を叩き込む――レンズ状の器官をまっすぐこちらに向けて動きを止めた腕が蹴られて明後日のほうを向き、次の瞬間照射されたレーザー・ビームが手近にあった調製槽を直撃した。
調製槽の強化硝子製の隔壁と内部の培養液は、透明度が高いので影響を受けなかった様だが――硬質硝子の『槽』と培養液を透過したレーザーに焼かれて、調製槽の内部で培養液に漬かっていた猿に似た外観のキメラの肉体が瞬時に沸騰する。次の瞬間キメラの肉体から伝導した熱が充填された培養液をまたたく間に沸騰させ、『槽』を内側から爆散させた。
小さく舌打ちを漏らして、アルカードはそのまま横跳びに何度か跳躍した。その移動を追い駆ける様にして、立て続けに撃ち込まれたレーザー・ビームが背後の構造物を次から次へと焼き払う。
照射から『槽』の破裂まで約一秒――
近接格闘戦用の鈎爪と鋏を備えた
そして比較的低出力とはいっても、熱線には違い無い。あの砲口周辺の爪で掴まれた状態でレーザーを照射されたら、いかなアルカードとて無傷ではいられない。
だが、いつまでも02にばかりかかわってもいられない――03の番号をつけられたあの逆棘だらけの甲殻で全身を鎧ったキメラが、羆のごとき体格には見合わぬ俊敏さで突っ込んできたからだ。
03が突進の勢いを殺さぬまま前のめりに跳躍し、そのままアルマジロの様に体を丸めて回転しながら突っ込んでくる。
全身の棘でまるで卸し鉄をかけた大根の様に床を削り取りながら――車体からはずれた車輪みたいに突っ込んできた03に、向き直るいとまも無い。
――避けられん!
胸中でつぶやいて、アルカードは左手で保持した
それで突進の軌道を変えられた03の体が、轟音とともにスーパーコンピューターの筺体を叩き潰し――アルカードも捌ききれずに体勢を崩し、軸足をステップし体をひねり込んで体勢を立て直した。
ぎゃぁぁぁぁっ!
最初に攻撃してきた狼に似たキメラが、咆哮とともに横合いから殺到してきた――01の番号をつけられたキメラが長さはさほどではないものの鋭利な鈎爪を、貫手を撃ち込む様な動きで立て続けに突き込んでくる。
ちっ――
舌打ちを漏らして、アルカードは
同時に――それまで01のいた空間を貫く様にして、無数の逆棘が密生した錘状の瘤が肉薄する。04の通し番号を振られて
飛来した瘤を撃墜せんと
おいおい――
胸中でつぶやいて、アルカードは
それまで瘤が銜え込んだ剣を引きつけてこちらの動きを止めていた04が、いきなり拘束対象が無くなって尻餅をつく様に体勢を崩す。
そちらに追撃をかけたかったが、そんな暇は無い――すでに05はこちらに肉薄している。
左手の
ふっ――
鋭く呼気を吐き出しながら、振り向きざまに迎撃の斬撃を繰り出――そうとしたが、体勢が悪かった。それに05の突進が思いのほか速かった、というべきか。急加速した05の吶喊が、アルカードが
ことに筋力に関しては05はアルカードを凌ぐらしく、為すすべも無く横殴りに吹き飛ばされ――床の上を滑る様にして吹き飛ばされながら一回転して体勢を立て直し、アルカードは今度は薬液槽を頭上に振り翳して突っ込んできた05に向き直った。
縦に振り下ろしてきた薬液槽を体を投げ出す様にして躱し、躱し様に足首を薙ぐ――体勢が悪く、また片手での斬撃であったこともあってろくに力がこめられなかったためにその一撃で足首を完全に切断とまではいかない。だがそれでも
ギャァァァァァという悲鳴があがり――巨大な調製槽の手前で床の上に墜落した01が、悲痛な悲鳴をあげながら床の上でのたうちまわっている。向こう側の調製槽の筺体上部の角の当たりがべっこりと変形しているのは、先ほどアルカードを跳び越えたあとアルカードが投擲した
同時に足首を薙がれた05が体勢を崩し、つんのめる様にして背後にあった調製槽に頭から突っ込んだ。大型のキメラを調整するための直径三メートルもある巨大な調製槽が、薬液槽をかかえた巨体の衝突で敢え無く薙ぎ倒される。
轟音とともに重量物の衝突でフロアが震撼したものの、よほど強固に造られているのか床が抜けたりはしなかった。
そのまま体勢を立て直し、周囲に視線を走らせる――スーパーコンピューターの筺体を叩き潰した03が、突進形態を解いてその場で身を起こしている。
04は先ほど
そして03の突進を撃ち払ったときに軌道に巻き込まれた02は、床の上にひっくり返ってはいるものの頑丈なキチン質の外殻が幸いして外傷は負っていない様だ。
01がぐるぐるとうなり声をあげながら、尻に深々と突き刺さっていた二又の短剣を引き抜いて足元に投げ棄てる――重層視覚に投影された
硬い奴らだ――胸中で毒づいて、アルカードは
04がおもむろに錘状の瘤を備えた右腕の触手を伸ばし――展開した瘤が手近にあったスーパーコンピューターの残骸を銜え込む。
ボルトで床に固定されていたディスクアレイの残骸を畑の大根みたいに引っこ抜き、04が銜え込んだディスクアレイを頭上でぶんぶん振り回し始めた。
そしてそれよりも早く――01と05が咆哮とともに床を蹴る。05の両手に装備された黒い鈎爪がジャッと音を立てて伸長し、虫の羽音の様な耳障りな低周波音を発し始める。それはすぐに耳を劈く様な高音域を経たあと、爆発音じみた轟音を発してから聞き取れなくなった。
否、聞こえないのではない――ただ単にアルカードの可聴範囲を超えただけで、鼓膜が震えているのははっきりとわかる。どうせ聞こえてもうるさいだけなのでいちいち試す気も起きないが、可聴周波数帯を広げれば振動音を聞き取ることが出来るだろう。
――高周波ブレードか!
舌打ちを漏らして、アルカードはそちらに向き直った――同時に視界の端で接近してきている01の肘から生えた刃状の突起が、陽炎に包まれて歪んで見える。こちらはおそらく高熱で攻撃対象を焼き切るのだろう――肘から突起が生えている関係上おそらく斬撃動作では使いにくいだろうが、斬りつけられるよりも刺されたときが怖い。
ここにいるキメラたちは、かなり完成度が高い。先ほどの05の突進を受けてみたときの感触から推すに、おそらく単純なパワーや敏捷性だけなら、基底状態のアルカードを上回る。
弱体化した今の状態のアルカードは魔力を励起させても身体能力にはさほど変化が顕れないので、正直少々厄介な相手ではある。
ここにいる個体と同レベルの能力を持つキメラを吸血鬼をベースにして
同時に対処することは不可能――そう判断して、アルカードは05に向かって踏み出した。
コンパクトな挙動で突き出されてきた左腕の鈎爪を叩き落とし、05の顔めがけて反動で跳ね返った
重心を沈めて鋒の軌道をくぐって躱し、そのまま左側に廻り込んでくる――背中側から引っ掻く様な動きで繰り出された右の鈎爪を無視して、アルカードは前に出た。
左側に廻り込んで鈎爪で斬りつけてきた05も距離が離れたために突進動作を続けている01も無視して、ディスクアレイをぶんぶん振り回しながら攻撃を仕掛ける隙を窺っていた04へ――
こちらが当面の目標を自分に定めたことに気づいた04が、それまで振り回していたディスクアレイをこちらに向かってぶん投げてきた。
「
「――!」
放電攻撃か――
04の両肩を中心に、その周囲の空気の組成が急激に変化している。おそらく両肩のコレクターフィンから大気中の酸素を取り込んで体内で精製した水素と反応させることで莫大な電力を生み出す、いわば生体燃料電池とでも言うべきものを備えているのだ。
それに気づいて小さく舌打ちを漏らし――アルカードは
絶縁破壊の轟音と閃光とともに、頭角から解き放たれた電光が蛇の様にのたくりながら襲ってくる――同時に解き放った
同時に左手で腰周りをまさぐって、ベルト周りにいくつか装備した一部分が欠けた円盤状の装備品を取りはずす。
金属に似た質感の円盤の切り欠きに近い箇所にあるボタンを押し込むと、円盤の外周から起き上がる様にして刃の基部が飛び出し、そこから六枚のブレードがまっすぐに飛び出した。
04が押し寄せてくる
同時に背後で爆発が起こった――
04がズシンという音とともに床の上に墜落し――十分な自重があったために拡散した衝撃波に耐えられたのだろう、その向こう側から02が吶喊してくる。
ズシンズシンという地響きじみた重い足音とともに突っ込んできた02の吶喊の巻き添えを喰った04の体が撥ね飛ばされて宙を舞い、まだ無事だった調製槽に叩きつけられる。ゆうに数百キロはあろうかという巨体の激突に耐えきれずに調製槽の硝子が砕け散り、培養液とともに内部から転がり出てきたカメレオンに似た外観のキメラが床の上に倒れ込んだ04の上に転げ落ちた。
再び
アルカードは鋏を突き込む様な動きで攻撃を繰り出してきた02めがけて、
ちょうどカニで言えば鉗脚に似た構造を持つ鋏の、ちょうど可動指と不動指の股に当たる部分に
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