【 閑仁耕筆 】 海外放浪生活・彷徨の末 日々之好日/ 涯 如水《壺公》

古都、薬を売る老翁(壷公)がいた。翁は日暮に壺の中に躍り入る。壺の中は天地、日月があり、宮殿・楼閣は荘厳であった・・・・

小説・耶律大石=第一章_14節=

2015-03-27 17:43:54 | 歴史小説・躬行之譜

 葦原を分け、王庭に向かう 二人の背後から馬が歩む音が聞こえてきた。 すばやく、耶律時は身を縮め、後方を覗う。 石隻也は葦をかき分け、背伸びした。 数頭の馬のようである。 急ぎ足の斜対歩、速歩で王庭に向かっている。 蹄の音が近づいてくる。 日は未だ高く、雲一つない青空が 葦の間から広がっている。  「・・・オオー あれは、あの僧姿は天狗殿 いや、耶律楚詞さま、・・・・ 隻也、我に続け」 

 「耶律楚詞殿 楚詞殿・・・・」 叫び、葦原をかき分け、直進する耶律時の首が葦原を進んで行く。 石隻也はまっしぐらに馬を目指した。 葦をものともせず駆け抜ける隻也は、燕京の安禄明が屋敷裏での耶律楚詞王子が声を掛けてくれた優しい言葉を思い出していた。 

 葦の戦ぎに気付いた耶律楚詞は 耶律時の怒っているような顔が 波打つ葦原の海を こちらを目指して進んでくるのを見た。 その前方の葦が大きく波打ち、左右に揺れている。 「迎えが来たようです、あれに いい空地が見える、あの空地にて出迎えを受けましょう 」  

 「かの者が、耶律時殿でしょう、 楽しみでございます 」と チムギが応じる。 二人は轡を並べて 駒を進めていた。 チムギが身に被う服装は西域の衣装、乗馬には適した下裾衣であった。 二人の後方には 西域の衣服を着る若者が四人、それぞれ 控えの馬を曳いている。 色目人と言われる中央アジアのウイグル人か、その西方に住むテュルク系のムスリムであろう。 チムギの伴者であるらしい。 

 

 「おおー、これは、お美しい 石抹言殿がご息女ですね・・・・安禄明殿から文がありました」

 「お会いできて嬉しゅうございます。 耶律大石様、軍事統師さまですね。 父よりかねがね伺っております。 このたび、晋王子さま、失礼申しました、楚詞さまに無理を願って参りました。  楚詞さまには燕京よりの長き道中、大変お世話に成りました。 また、今日から 同道いたしましたあれら四名もお世話にならなければなりません。 ご無理を承知で参りました・・・・・」 

 「ここは、ご覧のような砦 よろしければいつまでも、 して ご尊父はご承知のことで・・・・ こちらから、文を送りましょうかな・・・・」 

 「父は、私がここに居ることを知っておりましょう。 西夏の中興府(銀川市)に旅立つ折、『叶えば、晋王子に付いて何処までも行け』と申しておりました・・・・・」 凛として、答える チムギに大石は好感を持った。 チムギは淀みなく続ける。

 「また、中興府の出立の時に、四名の武者を楽士として同行させ、私が歌わぬ歌姫と成れば、楚詞さまには迷惑が及ぶまいとのセデキ・ウルフ殿のご配慮がございました」 

 「そうでしたか、 安禄明から聞き知っておったが、儂にはソグドの民、ウイグルの民の繋がりは想像以上のように思えてきます、西夏の宰相セデキ・ウルフ殿にはかねがねお会いしたいと考えておりました」 

「セデキ・ウルフ殿は父抹言をウイグルの長と尊び、何かと交流がありました。 もともとは、私を女真族から遠ざける為に、兄の抹胡呂の義弟である安禄明さまのご配慮で楚詞さまに西夏まで案内していただいたのですが・・・・」

「いや、委細は禄明どのから、逐一 文にて知っていました。 よく参られた。 また、ご尊父のお考えも知りましたがゆえに、何の遠慮が要りましょう。 だが、ここは不自由な砦であるとお考えいただこう」 と耶律大石と石チムギが初対面とは思えぬ談笑を重ねる。 傍で 耶律楚詞を中心に耶律時・石隻也に四人の若者が笑い声をあげている。 天空蒼く、風はない。 

 

 だがしかし、都は・・・・・その頃 燕京は金軍に包囲され、北遼の第四代君主・英宗は内訌によって家臣たちに殺害されていた。 安禄明が伝書鳩に託した通信文が昨日届いていた。 天空から舞い降りた文には、耶律定秦王は帝都燕京から雲中に向かっている模様と追記してあった。  

 9月末 燕京・安禄明からの伝文が届き、開いた文面には ただ一行 【金の阿骨打が入京】 と走り書きの墨痕が浮かんでいた。 耶律大石の行動は早い、 直ちに 耶律時に 王庭内の軍営の動きを確認させ、石隻也に将兵の状況を探らせた。 耶律楚詞にチムギ一行を呼ばせた。 諸事の命を発した後 王庭の奥にある宮中に歩み出している。 日が陰り始めていた。 

 久しぶりの拝謁である。 大石は 正面を睨むように きざはしを登る。 一足進めるごとに 決意は固まっていく。 先ほど、大石の風圧に恐れ、奥に走った側近が駆け戻って扉をひらいた。 室内には衛兵が立ち並び、将四名が玉座の傍に立っていた。 皇帝・天祚帝は玉座に座り、玉座の周りのみ 明るく照らされている。  「大石、 事前の断りなきは、無礼であろう 」 耶律大石は今春から、もはや 皇帝の器を見切り、見下しっていた。 無論 諸将や側近は眼中にない。 皇帝を睨めつける大石の声が響く、その態度 諸将には高圧的に映るかも知れない。 傲然たる音量で声を放った。  

 「拝謁を願うは、あれ以来見出せなかった。 ただ、 寸刻前に北遼は金の差配を受ける事になったと知った。  承知いたされておられようか・・・ 」

 「北遼は北遼のこと、 遼の皇帝はここにおる 」 

 「されば、 北遼が軍事統師、申し上げる。 金の阿骨打が遼を攻めるは 造次顛沛でありましょう。 急ぎ、北帰策にのっとり、北の草原に兵を集め 小興安嶺山脈に出るは、我らが故地にて お家再興を図る最高の策 このこと再度 申すべく ここに参上に越しておる 」

 

 「余にも 策がある 汝が献策とは 相容れぬが・・・・・ 」  

 「されば、 太祖より受け継ぐ 我が血 幾瀬まで繋がねばならぬ、閣下とて同じでござろう。 また 武運つたなく、敵に屈する時に至らば、潔く自害するか 敵将と刺し違えるが将の誉れ。 北遼が軍事統師として、 今 ここに至らば、我が道を進むまでのこと 」 

 頑然と胸を張る巨体に 皇帝は腰を玉座に沈め、大石から眼をそらした。 怒りの眼差しは長く続かなかった。 立ち並ぶ将軍の中で誰一人として抗ずる口を開く将はいなかった。 無論、左右の側近は 終始 下に目を落としたままであった。 ただ一人、天祚皇帝の佞臣が猜疑の目で大石を覗い、何事かを皇帝に囁いていた。 

 

 大石が草庵に戻ると、全員が集まっていた。 草庵と言え、黄河すら凍てつく酷寒の世界。 日干し煉瓦が二重の壁を造り、床下の壁には煙道を設けて暖を取る構造。 屋根は葦を幾重にも葺かれ、夏は涼しく、葦を燃やす煙が部屋全体を暖める。 秋に成ったとはいえ残暑がやや厳しい。 後一月もすれば暖房がいるのだが、開放されている窓から入る風が気持ちよい。 床に直接腰を落とすせいであろうか、この部屋にての会合は何時も開放感が漂っている。 時には車座になっての話し合いだが、今日は耶律大石に対面するように耶律楚詞と耶律時が座し、その後方に石チムギが 左右に何蕎・曹舜・畢厳劉・何亨理 そして 石隻也は最後列に座っていた。  

 太陽は既に沈んでいるが部屋は暖かい。 大石の左右に蠟燭が立ち、入口に二本、 部屋の四隅にそれぞれ一本が緩やかに揺れる炎で部屋を明るくしていた。 大石の背後には北遼軍事統師の旗が立て掛けてある。 調度品が極端に少ない書院風なのだが、簡素で気品さえある。 室内は明るい。 耶律大石が着座するなり、明朗な声で 静かに話しだした。 

 「天祚皇帝には お別れの話を申し上げてきた。 摂政皇后殺害事件以降 内密理に推し進めてきた”北帰”を断行するべき時に至った。 ついては、時 我らが内密の兵はいかがである。 まずそれを聞こう」

 

・・・・・続く・・・・・・        

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・・・・・・山を彷徨は法悦、その写真を見るは極楽  憂さを忘るる歓天喜地である・・・・・

森のなかえ

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