【 閑仁耕筆 】 海外放浪生活・彷徨の末 日々之好日/ 涯 如水《壺公》

古都、薬を売る老翁(壷公)がいた。翁は日暮に壺の中に躍り入る。壺の中は天地、日月があり、宮殿・楼閣は荘厳であった・・・・

未知なる深海へ 高井 研 =109=

2018-10-22 06:19:05 | 浪漫紀行・漫遊之譜

〇◎ 私が知りたいのは、地球の生命の限界です” ◎〇

= 海洋研究開発機構(JAMSTEC)及びナショナルジオグラフィック記載文より転載・補講 =

 青春を深海に掛けて=高井研=  

 第7話(最終話) 新たな「愛と青春の旅立ち」へ 

◇◆ ワタクシのセンチメンタル・ジャーニー =1/3= ◆◇

いよいよ最終第7話のスタートです。物語は、例によってエネルギッシュな30代の高井さんが研究チームを率いて「深海に生命の起源」をグイグイ探究するのですが、その序文となる今回は、最近の話。ちょっとセンチな高井さんが出身の京都大学やワシントン大学を訪れます。

前回、「さあ最終話へ!」とか威勢のいいことを言ったわりには、ズイブンとさぼってしまいました。

ワタクシ、このままひっそりと何事もなかったように消えてしまっても多分誰も気付かないだろうし、「それもアリかもしれない。とても楽かもしれない。うん、そうしよう」と切実に思い始めた頃に、「何ほざいとんじゃ、ワレ、しばくぞ」という大阪天王寺界隈の名残が残る怖い脅しのツイッターやらメール(編者注:そんなこと言ってません!)なぞをたくさん頂戴しましたので、晴れて連載再開の運びとなりました。

思えばこの連載に着手したのは、もう1年と10ヶ月も前のことでした。実際この連載の第1話を書き終えたのはあの東北沖地震が起こる直前でした。もう随分と前の事のように思える一方、またついこないだのことだったようにも感じます。

いずれにせよ、こんな駄文連載がよくここまで続いたなあと、少女漫画に出て来る典型的シーン「ちょい不良の兄ちゃんに傘で守られる雨に濡れた子犬」のように感慨のスモールウェーブにプルプルと打ち震えているワタクシです。これもひとえに、多くの若い読者の皆様(とかいって実はワタクシの同世代しか読んでいないような気がするのは気のせい?)のクリックのおかげです。

ワタクシこの最終話のマクラを、アメリカ、シアトルのワシントン大学に隣接するホテルで書き始めています。

第2話でも書いたように、約18年前、ワタクシはこのワシントン大学に1年間留学しているときに、「そうだ!深海の熱水域に繁栄する微生物の世界をボクが誰よりもはっきりくっきりと解明するのだ!」と熱い血潮をたぎらせたのでした。あの甘酸っぱくもほろ苦い青春の日々以来、ワタクシはここをちゃんと再訪したことがありませんでした。

また2012年11月のことでした。ワタクシは1997年に巣立ってからほとんど顔を見せていなかった母校の京都大学農学研究科の出身研究室を訪問する機会がありました(ヤミにこっそりと実験室に忍び込むのではなく教授室での挨拶に始まる公式訪問として)。大学院の集中講義を引き受けたことがそのきっかけですが、思えば随分長い間ご無沙汰していたなあと自分でもびっくりしました。

実は、このワタクシの突然のセンチメンタル・ジャーニー詣は単なる偶然ではないと思っています。一つは最近、体のアチコチがあまり順風満帆とは言えず、冗談抜きに「もういつ死んでもおかしくないお年頃になったかもしれぬ」と思い始めたことです。同時にそれはワタクシがこれまでお世話になった人々にも当てはまることを現実として感じるようになったことです。「会えるときに会っておこう。感謝の気持ちは伝えることができるときに伝えておこう」。そう思い始めました。

しんかい6500パイロットチーム <私はこうしてパイロットになりました> 4/6 =

 就職活動が始まり、JAMSTECの門を叩く。 最終面接では、広報誌で「女性パイロットも」と語っていた張本人が、そこにいた。 「だから、パイロットを目指していいんですよね、なれますよね、という感じで押しました」

 JAMSTECに入ってから、最初の1年は、運航管理の事務の仕事をし、そして、日本海洋事業への出向が決まった。 あこがれのパイロットへの第一歩だ。 まずは、整備の仕事から学ぶ。 「こんなになにもかもパイロットがやっていたんだと、驚きました」

 池田さんは、最初は整備に関わることが怖かったという。 「私が触ると壊しそうで。船での生活もただ辛くて。周りへの迷惑どうこうではなく、いっぱいいっぱいで、自分しか見えていませんでした」

 ついて回る言葉がある。『女性初のパイロット候補』だ。 「最初は『まだ女性ではいないから、なれるかも』という、多少、打算的な気持ちもあった割に、そうやって注目されることがどんなことなのか、わかっていませんでした。ギャップがひどかったです。たとえば、片桐くんの方がいろいろとできるのに、取材を受けるのは私、とか」

 出向先の日本海洋事業からは「1年でJAMSTECへ帰るだろう」と思われていたのではないか、とも言う。 「小倉さんからも、ものにならないようなら、1年で返すと言われていました」 訓練時、池田さんは、今回取材に応じてくれている先輩パイロット・小倉訓さんとしんかい6500に乗ることが多かった。

 最初に乗ったときも、小倉さんと一緒。 「もともと小倉さんのことは、怖くて、苦手だなと思っていたんです。それなのに、その後も必ず一緒に潜るセットな感じでした」

・・・・・・・・つづく・・・・・・・

動画 : 400 の熱水噴出孔に生息する深海生物

  

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・・・・・・山を彷徨は法悦、その写真を見るは極楽  憂さを忘るる歓天喜地である・・・・・

森のなかえ

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