【 閑仁耕筆 】 海外放浪生活・彷徨の末 日々之好日/ 涯 如水《壺公》

古都、薬を売る老翁(壷公)がいた。翁は日暮に壺の中に躍り入る。壺の中は天地、日月があり、宮殿・楼閣は荘厳であった・・・・

小説・耶律大石=第一章_08節=

2015-03-21 19:43:10 | 歴史小説・躬行之譜

 風が出てきた。 ゴビ砂漠の地表に砂塵が舞い、陰山山脈の黒き山肌が その陰影を薄くした。 遅い朝餉を済ました耶律楚詞は、緊張から一時の開放を覚えた。 砂塵が河原を低く舞い、舞う砂の音が聞こえそうな静寂の中に身を委ねていた。 ふと、 馬の嘶きかと、東方を擬視した。 舞う砂塵が遠方を霞める。 河原の境を示すような潅木がまばらに並び、その根元の草が靡いている。 幻聴か、 作務服の楚詞は東方に神経を集中している。 

 再び 馬の嘶きを耳が捉えた。 楚詞は、一瞬耳を疑い 立ち上がると河原を東に走った。 一条の樹林帯に達すると、目指した巨木に難なく攀じ登った。 砂塵が地表で乱舞しているが、20尺も登れば視界を遮るものはない。 楚詞は 疎らな樹林帯に沿って東方を窺がい、木々の北側を注意深く 目を移していった。 樹林帯の北側は砂漠が広がっている。  

 白馬であろう姿が小さく見えた。 騎馬武者に違いないと 楚詞は緊張した。 こちらに向かって来る。 白馬に跨る騎馬武者の姿が樹木からこぼれる陽光の下に はっきりと視える。 その後方に 騎馬武者数名 そして 牛二頭が曳く牛車の幌が確認できた。  ≪耶律さまだ 耶律様だ≫と声を発すると同時に 巨木の枝から地表に飛んだ。 急いで河原の小屋掛けに戻り、何もないのだが、全てを整理した。 そして 衣服を脱ぎ捨て、肌を切る黄河の水にて水浴を済ませた。 高ぶりは静まり、慧樹大師の衣に 手を通した。 

 下草を踏み、楚詞は東に歩んで行く。 まばらとは言え一条の樹林帯である。 広く明けた下草の荒れを北側に抜け出し、砂漠との境を東に進んでいった。 砂嵐は止んでいた。 やや、急ぎ足である。 周囲に全神経を注ぎながら。 一時の後 二人の騎馬武者が林を突いて、迫り来た。 楚詞を認知し、緊張しているようである。 近づくにつれ、楚詞目指して砂塵をあげ、飛ぶように近づいて来た。 直ちに、楚詞は片膝を地に付けて低頭した。 

 「僧 聞くが、この様な場所で なにゆえ 」 

 「耶律大石軍事統師殿の一行かと これにて待つは 晋王・耶律敖盧斡が一子  耶律楚詞。 耶律大石様を ここにて お待ち申しておりました 」   

 二人の騎馬武者はその申し出に 慌てて下馬したが、不審が晴れぬ様子にて 剣の柄に手をやり 「その証は・・・・」    「ここに 師の文がございます、 これを・・・・・」  差し出された 一通の封書を受けた取った武人は 裏面の確認もそこそこに、すばやく騎馬するや 馬に鞭を当てて走り出している。  走り去る騎馬武者が起こす砂塵が舞う、疎らな樹林の間で消えずに漂っている。 一時の後 散在する樹林の奥に砂塵を突いて、白馬が疾走して来るのが見えた。 砂塵が再び舞い上がる。 白馬のみぐんぐんと砂塵を背後に巻き上げて迫りくる。 騎者は伺えない、 が 白馬を確認できるや、楚詞は飛翔していた。 

 「馬を借りる、ごめん」  僧のすばやい挙動に 制することも叶わず、騎馬武者は圧倒された武人は、 ただ 大きく目を開いたままである。 しかし 急いで後を追った。 

 耶律大石は、疾走して来る伝令のただならぬ様子に 馬を進め 馬上で封書を受け取った。 直ちに、裏を覗った大石は 時を置かずに 『時 あとは頼む』と大声の指令を後方にいる腹心の時に発し、愛馬に鞭を当てるも もどがしげに 一目散に 馬を走らせていた。 彼が見た封書の裏には、【慧樹】と墨痕鮮やかに書かれていた。 大石の心が躍ったのである。

 楚詞は大きく迫りくる 白馬が≪大石様だ≫と確認できるや、手綱を絞り 引き、下馬した。 そして、片膝を地面に付けた。 その姿勢で 髭が生えそろわぬ顔を上げ、白馬の主から目を離さずに耶律大石統帥を待った。  やや 歩みを落とした馬上から 凛とした声が飛んだ。  「晋王が長子 楚詞王子でござろう 立たれよ 立たれよ」   楚詞の 日に焼けた秀麗な顔に一条の涙が落ちた。 

 身の丈を越す葦原の海 ゴビ砂漠が葦原の北にあるのだが、近くまで 陰山の黒き山肌が迫り、葦原はその麓まで続くようであった。 馬上からは四方が見渡せ、穏やかではあるが寒風がそよぐ。 厳冬になれば、マイナス40度近くの厳しい原野に変貌するが、牛車の轍は乾いた地表に支えられ、二頭の牛が曳くのを 容易にしていた。 冬に架かろうとする黄河北方の五原が葦原を騎馬武者三十数名が北上していた。 黄河が気ままに奔走した跡の湖面が散在し、南に馬の鼻を向ければ 蛇行する黄河の河原である。 対岸がオルドス。 

 耶律時は騎馬武者三十数名と共に 牛車を護衛しつつ 耶律大石の後を追っていた。 彼の背には美しい指物旗が垂直に掲げられている。 北遼・軍事統師の印旗である。 穂先が純白の毛で飾られている。 それは あたかも葦原の海に浮ぶ小舟が帆のように、また 耶律大石の存在を誇示するがごとく 葦原の海を北に向かって進んでいた。 

 耶律大石は白馬に跨り、一隊を先導していく。 その傍には僧衣姿の耶律楚詞が寄り添うように轡を並べて進んでいた。 彼の顔は晴れ晴れとし、目には輝きがあった。  大石は時折、温かい目を楚詞に注ぐも、顔には憂いがあった。 時折 吹く風が二人の会話を四散した。 耶律時には その笑い声のみ聞こえてきた。 

 「耶律楚詞王子、 この地を いかが見る・・・・」   「西夏へ10日も要せず、 あの陰山が切れる西方より北に向かえば蒙古の大草原に至るも10日でありましょう。 草原を東向すれば 騎馬にてこれも10日で小興安嶺山脈は我らが故地に至りましょう 」 何らの躊躇いもなく 答える楚詞は 不満顔で言葉を続けた。 

 「軍事統師さま、約束ではございませんか 王子と呼ばないことは・・・・」   「忘れてはいぬ、 王子の いや 楚詞の僧衣を見ると つい普王の事を思い出してのぉ・・・・ それで、この地は 仮寓の王庭に相応しいか 」 大石の眼は 優しく注がれ、 また 前方を覗うように 陰山を眺めている。 

 「この葦原、身を隠すには適地 また 葦のそよぎが敵の動向を知らせてくれます、が、この時期に火責めで包囲さるれば 適地が死地に変わりましょう 」 

 「我は 慧樹大師殿に感謝申し上げねばならぬのぉ、楚詞よく見た 」    「明後日になれば 五原の王庭の門を潜る。 王庭に至らば、 楚詞 汝 天祚皇帝に めどうりするか・・・」 質する大石の眼は鋭く、 楚詞から離れない。 楚詞もその眼に答えた。  「父の無念は考えません。 皇帝としての立場がさせた事でしょう、 しかし 秦王殿下をいかが遇されるか、また 蕭徳妃皇后の拝謁をお認めに成られるだろうか それに 北遼を差配された 大石軍事統師さまを厚遇なされるでしょうか・・・・私には祖父が判りかねます。 ただ、 この度は 大石様の客僧として、大石様の傍にて 王庭の一隅に住まわせて頂き 明日を考えとう思います 」 楚詞は 眼をそらせることなく、 考え考え 明朗に答えていく。

 「勧める我が衣服に着替えぬは その為だったか、 河原で会った日から はや七日が過ぎ、二日前から 時に旗を掲げ差している。 何事もなく、このまま 王庭の門前に至らば、この身への処遇は予測出来る。 王庭には間諜が走っている事であろうし・・・  旗を掲げた時から、我らが意志は伝わっていよう。 処遇はともかくとして このそよぐ風のように 我らは振舞えばいい。 また、秦王殿下は天祚皇帝の第五子 しかも 晩年生まれた皇子 愛しかろう。 天錫皇帝の皇后さまは 今は皇太后として秦王殿下を慈しみ、擁護されているお方 心配は杞憂であろうが・・・・・」 と話す大石の顔には憂いが漂っている。 その憂いを引きずって燕京よりこの地まで、 秦王と蕭徳妃皇后を天祚帝の下に導いてきたのだが、 楚詞に向ける顔には喜びがあった。 

 「楚詞 嬉しく思う、 それに 頼みが一つある 」    「いかような事でも・・・・・・」   「王庭の様子を ふみにしたためるゆえ、 安禄明に届けてもらいたい 」   「安禄明さまに 嬉しゅうございます、 それに ご尊父・安禄衝さまは 私が父とも思うお方 喜んで参りましょう 」 

 「ありがたい、 安禄明との連絡は密に取らねばならぬが もはや 敵陣。 先日 兵の一人が 汝の飛翔に驚いたと申して居った。 これから後、嵩山少林寺での修業が役に立つかも知れぬが、 王子である身は忘れるではない 」  日が陰り始め、 一行は 大きな湖面が現れた方向へと葦原を進んで行った。  

・・・・・続く・・・・・・

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・・・・・・山を彷徨は法悦、その写真を見るは極楽  憂さを忘るる歓天喜地である・・・・・

森のなかえ

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