「皇后さま殺害事件の後、統帥に従おうとする将兵は増えております。 旧来から、耶律大石統帥に心服する兵を合わせて 今日200名と言えます。 結束は一段と強く、意気は盛んに高まり、現在八つの小軍団に分かれております」 と時が右側にて胡坐をかく楚詞に説明するように話を進めれば、 「その組織はいかように・・・・・」 と大石が問う。 すかさず 時が説明している。 200名はすべて騎兵であり、五名が基本単位の班隊です。 班隊単位には乗馬用の馬五頭に三頭の添え馬が基本とするのですが、現在予備の馬は不足している。 また、兵糧や兵器の準備には、未だ手づかずの状況。 しかし、五名一班の管理は班長が互選されており、五名の班長で小隊を作り、この小隊の小隊長を班長同士の話し合いで選任している。 また、小隊長は自前が班長としての責務の上に、25名を指揮する組織運営の責任を持っており、部組織の要であると自覚している。 更に、四名の小隊長を把握するのが将軍より選任される中隊長で100名の将兵の指揮官であるが、将軍を拝命された者がいない現在、中隊長は任命されていないと淀みなき説明が続く。
「その組織は、騎馬民族の互助組織を自発的に応用した組織ですね・・・・・宮中の文人が頭で捻り出したものではなく、生きた組織のようですね・・・・・」 と楚詞が言葉を添える。 「・・・ では、明日からの行動は秘密裏に また 組織を活用して効果的に目的を達せられるな・・・・ 今日明日に急変する事はなおが、北帰行動の実行は厳冬の頃になろうが、明日から兵糧と弓矢の確保、兵馬の補充、等に力を注がねばならない、明晩 各隊の将官と相談するとして・・・、 チムギ殿 そなたは いかがされる・・・。 今聞いかれたように 我々と勇者200名はここを離れる。 寒風吹き荒ぶ夜陰に紛れての行動となるかも知れぬ、 また、厳冬の時期に陰山山脈の間道を突いての北帰行に成るやかも知れぬ。 女人には過酷な旅になろう・・・・・」 と突然大石にわが名を呼ばれたチムギは動揺した。
チムギは思わず、耶律楚詞にすくいを求めるように彼の背を見た。 しかし、長く伸びた髪は微動だにしない。 大石のチムギを見詰める温情溢れる目には、厳しさは無く 笑みが漂っている。 「十分なお世話が叶わず心苦しい上でのこの状況、都には戻れぬことであろうから 西夏の中興府に戻られてはいかがだろうか・・・・チムギ殿 」
「大石様 私くしが 燕京を離れる折、父が申しました 『耶律楚詞王子が許されるなら、どこまでも そなたは王子に付き従い 同行しろ。 金がこの燕京を差配しようとも我が家には手を出せまい。 が、 万が一 お前を盾に取られると、困難を払うすべをなくす。 戻ることは父が許さぬ 心して行くがいい』と 話されました、・・・・・」
「そのことは承知している・・・・ して、 今 どうさなされる・・・・・」
「ツムギ殿は 雪の残る太行山脈は小五山の険しき間道を歩き抜かれた、伴する男すら音を上げた難所 我々と行動を共にされても、手足纏いにはならないでしょう 」 と耶律楚詞が大石を見詰めて口を開いた。 「・・・ さりとて 北は草原の地、 漢中や燕雲十六州とは・・・・・・」
「私くは、ウイグルの一族、ウイグルの民は草原の民、 ”北帰”は楚詞さまの献策と伺っております。 ウイグルの私くしにしても 帰郷でございます。 北の蒙古高原はウイグルの故地。 ウイグルは騎馬の民でございます」 と凛とした声が 静寂の部屋に流れた。 その余韻が何時までも留まっている。 「そこに居られる 何蕎殿・曹舜殿・畢厳劉殿・何亨理殿 方々のお考えは・・・」
「申すまでもない事、我らが主命はチムギ殿をお守り致す事、 たとえ、北遼軍事統師が反対されようとも、チムギ殿の意が”北帰”に随行することである以上 背負ってでも後を追いましょうぞ 」 と言い終えた何蕎は 部屋に流れる沈黙を破るように、言葉を継いだ。 「統師殿、 僭越ではございますが、今 一言申上げたいと・・・・ この地に参り 早や半月、 王庭とは申せ、ここは砦。 しかも、諸将や兵は楽しみは無く、望郷の念に心ここに在らずと見受けられます。 また、 今 聞かせて頂いた”北帰”策の準備等 万全を期さねばなりますまい、しかも 露呈せぬようにと極秘の行動のように思われますが、・・・・・・・」 と話しだした何蕎の筋が大石には読めない。
「さて、 緊張する必要は無い。 客人としてではなく、我らが策に なにか・・・」 「されば、この地は西夏の中興府に比すれば、荒廃の原野に佇む砦。 寒さは厳しく、これより 日増しに寒さが強くなりましょう。 予測だにしなかった西行で、帝都よりこの地に来た天祚帝を警備する諸兵は二年目の冬に望郷の念に不満を募らせ、耐えがたき寒さは警護を鈍らせますが 当方とて、夜陰に紛れての行動が鈍りましょう。 そこで、いかがでしょうか、我ら四名は楽士の触込みで この地に滞在する者、 明晩より、城門近くの広場にて 大きな焚火を五六ヶ所設けて 楽を奏でましょう、 楽しみを忘れている将兵が多く集まり来れば、伺いました行動の一助に成ろうかと考えますが・・・・」
「蕎殿、若さに似ずとは失礼ながら、その策 儂は乗る。 隻也、明日から湖面にて鳥を射ぬいて参れ、 篝火の下 楽が流れれば、歌う兵士も出てこよう、されば 彼等への賞金として焼き鳥を与えれば、なお 兵は集まって来ようと言うのじゃ、四五日毎の宴の決行として、算段いたせ ・・・・・ ところで・・・・」 と背後に向きを変えた耶律時が最後尾の石隻也を見詰めて 「・・・ ところで、 隻也 汝のこの任務を なんと読む・・・・・・」
「鳥打ちに 行け とは・・・・・ 道を作れとの事でしょうか・・・・」 「その道とは・・・・」
「砦を離れれば、南は葦原 私を見出すことはできますまい、 馬とて 首を下げれば見つかりません、狭き馬道があれば、 夜陰の事 葦が少々そよごうとも 馬に布を履かせて葦の中を進めば、音も聞こえず、姿もみえず 行動は捗りましょう 」
この会話を聞くともなく、耳にした楚詞は安禄明の屋敷裏で弓矢に励んでいた若者がここまで成長したのかと 驚きの顔で振り返っている。 石隻也と耶律時の師弟関係は 打てば響くごとくに何時しかなっていた。 楚詞は耶律時の指導者としての器を感じていた。
「 まず、何蕎殿にお礼を申さねばならぬ、200名の勇者を危険に晒らさぬ策、我ながら 思いは至らなかった。 先ほどのように 我々の行動は明日の打ち合わせ事として、時よ、明日20名を選び 別働隊を任せる。 先ほどの小班を五つ選び、そなたが指揮官で、燕京方面に向え。 この地を安全に離れた後 別働隊は東に走り、 阿骨打が追遼軍の後方攪乱しつつ金の動向を探り 金軍のつぶさな状況報告を定期的に送ってもらう。 また、折を見て 慕田峪長城の金軍が兵站基地に向え、燕京に居る遥には秦王の動向を見届け次第に 兵站基地にて合流する旨連絡を取っておく。 また、梁山泊の宋江との打ち合わせに漢南へ遣わした耶律抹只もそろそろ戻って来よう。 時が率いる別働隊が去る翌日から 全てが始まる。 阿骨打の動向が北帰行の成否を決するであろう」
「天祚帝には 最後の最後まで儂の首は打てまい。 この地を離れる事を策しておるが、西夏には亡命は出来まい。 チムギ殿の御尊父・石抹言殿や安禄衝殿が手を打って下されたお陰じゃが、 なれば、天祚皇帝は金が攻め来る前に、必ず南宋に走る。 南宋に亡命するには 南宋を痛めつけたこの首が必要。 当面は動けまい。 更には 耶律抹只に託した梁山泊の宋江が仲間を率いて西夏に入り、我らを支援するはずだ」
「この王庭に 大石ある限り、皆に手を下す者は居らぬであろう。 我一人にてこの印旗を掲げ城門を出るつもりである。 それは、我が遠祖太祖が諭した将の規範であり、我が意志の誇示。 天祚帝は何もできまい。 最も安全な策であろう。 更に、チムギ殿と共に城門を出るは、僧と女人に楽士達四名だけ。 泰然と進む我らに天祚皇帝は時を失するであろうし、例え 捕獲の命を出そうとも、刃を差し向ける将は居るまい。 すでに 諸将は皇帝を離れておる。 200名の勇者がこの王庭から、何時とも解らぬ間に姿を消せば、この策は成る。 今一度 申せば、阿骨打の動向がすべてを決する。」 耶律大石は 諭すように 話を続ける 「我がこの地を離れる折、隻也はあの印旗を高く掲げて儂と共に出る。 無論、楚詞殿は僧衣のままにてチムギ殿に付き、儂と共に城門を出る。 何蕎殿・曹舜殿・畢厳劉殿・何亨理殿も相前後して この地を離れていただこう。 さて、夜も深まった。 今宵はお開きにいたそうか・・・・・ 」
「何蕎殿 一献傾けたいが、 いかがでござろう、・・・北遼軍事統師殿の酒がござるで、 北遼軍事統師よろしいでしょうか・・・・・」 「・・・・酒の話になれば、統師、統師と呼びおって、・・・・・・」 草庵の外、下弦の月が 陰山の上にあった。
・・・・・続く・・・・・・
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・・・・・・山を彷徨は法悦、その写真を見るは極楽 憂さを忘るる歓天喜地である・・・・・
森のなかえ
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