愛息子・れんちゃん3歳です
れんじ
もう、れんじの両目は、見えないけど
毎日、楽しく・マイペースに過ごしています。
写真は、私が飲んでいた容器を持ち逃げしてるとこですw
中身は、入っていないのですが
「れんちゃん持っていかないでー」って追いかけられるのが
大好き
わざと立ち止まって、「来るかな?」って一生懸命、音を聞いています。
「れんちゃん、アウト」っていうと、ポテっと落として放してくれるのですが
自宅の駐車場で、れんちゃんと「まてまてごっこ」をして
小一時間、遊ぶ。
自宅の前・横が畑なので、作業中の人たちから
「残念な人」っぽい目で見られているらしい
正直、今でも、れんじの目のオペをしなかった決断は、正しかったのか
分かりません。
いつも頭の片隅にれんじの病気を思い
無知な自分への自責の念に押し潰されそうになります。
根がネガティブな私なので
きっと、れんじが虹の橋を渡っても
自分が、生きている限り悔やみ続ける事でしょう。
それでいいんだと思っています。
もう犬は、これで終わり。飼わない。
それもまた犬が好きだから故の選択の一つだと思っています。
フレブルを飼って、一緒に生活して
楽しいけど、癒されるけど
自分の心と正面から向き合った時に
ぶっちゃけしんどい事の方が多いかも知れません。
だって、病気が多くて、老後が心配で、痛くても凄く我慢して
私がいないと、玄関マットの上で丸くなって待っているのを見ると
辛いです。
私にとって、犬は、神様が与えてくれた天使だとも思っています。
思いやりがなく、自分勝手、酒浸り、家に帰らない、朝寝坊
どれも犬を迎えてから、自然と改められました。たぶん・・・
家庭崩壊も近そうだった我が家が
犬を迎えてから激変したのは、確かです
家族みんなの会話が増え、思いやりを持ちはじめ
早く家に帰らなければっと思わせてくれる。
ペットでは、なくて、友人?家族?自分の分身?
・・・・・きっとそれ以上の存在かもしれません。
なのに別れは、来るわけで・・・
いつかは、私より先に死んでしまう。
もしかしたら、最後は、大病をするかも知れない。
安らかでは、なく、苦しむかもしれない。
そんな事を考えると、泣けて、泣けて仕方なく
不安で心が押しつぶされそうになってしまう。
はい。器の小さい私なんです
今でも、犬たちが、病気になる度、オペになる度、
表面上は、冷静を装っていますが、心の中は、ドキドキで
ある程度、割り切って、大人の対応をしなければと思っても
慣れてしまう自分は、もっと嫌だと思ってしまいます。
だからもう、動物は、飼いません。もう2度と。
パパちゃんも子供達3人も
私が、れんじの目の病気でオイオイ泣いているのを見た時から
ペットじゃなく、家族なんだと実感したと言っていました。
沢山の勉強をさせて貰ってるんだなって思いました。
・・・・・っとここまで書いたのを中3長女が読んで
「うち犬6匹に猫1匹もいるじゃん。猫って長生きだっていうし
ショコラは、MIXだからあと10年は、生きると思うし(マジか)
もう飼わないって何年先の事、言ってんのよ。ママの方が先に死んじゃうかもよ。」
ご指摘、あざーっす
ペットを迎えることって家族にとって、自分にとって
学びは、思っていた以上に大きいと思います。
修学旅行に行った自己中な長女でさえ
「言いたくないけど、旅行で何が嫌だったかというと
犬と猫がいない日常が寂しくてたまらなかった」と
日頃、世話もしないのに言っていました。
しょこたんのライヴに行けなかった事より寂しかったらしいですwww
ペットって何なんでしょうねー。
なにか特別なモノを持っているんでしょうね
大切にしなくちゃなって改めて感じた次第です。
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れんじ
もう、れんじの両目は、見えないけど
毎日、楽しく・マイペースに過ごしています。
写真は、私が飲んでいた容器を持ち逃げしてるとこですw
中身は、入っていないのですが
「れんちゃん持っていかないでー」って追いかけられるのが
大好き
わざと立ち止まって、「来るかな?」って一生懸命、音を聞いています。
「れんちゃん、アウト」っていうと、ポテっと落として放してくれるのですが
自宅の駐車場で、れんちゃんと「まてまてごっこ」をして
小一時間、遊ぶ。
自宅の前・横が畑なので、作業中の人たちから
「残念な人」っぽい目で見られているらしい
正直、今でも、れんじの目のオペをしなかった決断は、正しかったのか
分かりません。
いつも頭の片隅にれんじの病気を思い
無知な自分への自責の念に押し潰されそうになります。
根がネガティブな私なので
きっと、れんじが虹の橋を渡っても
自分が、生きている限り悔やみ続ける事でしょう。
それでいいんだと思っています。
もう犬は、これで終わり。飼わない。
それもまた犬が好きだから故の選択の一つだと思っています。
フレブルを飼って、一緒に生活して
楽しいけど、癒されるけど
自分の心と正面から向き合った時に
ぶっちゃけしんどい事の方が多いかも知れません。
だって、病気が多くて、老後が心配で、痛くても凄く我慢して
私がいないと、玄関マットの上で丸くなって待っているのを見ると
辛いです。
私にとって、犬は、神様が与えてくれた天使だとも思っています。
思いやりがなく、自分勝手、酒浸り、家に帰らない、朝寝坊
どれも犬を迎えてから、自然と改められました。たぶん・・・
家庭崩壊も近そうだった我が家が
犬を迎えてから激変したのは、確かです
家族みんなの会話が増え、思いやりを持ちはじめ
早く家に帰らなければっと思わせてくれる。
ペットでは、なくて、友人?家族?自分の分身?
・・・・・きっとそれ以上の存在かもしれません。
なのに別れは、来るわけで・・・
いつかは、私より先に死んでしまう。
もしかしたら、最後は、大病をするかも知れない。
安らかでは、なく、苦しむかもしれない。
そんな事を考えると、泣けて、泣けて仕方なく
不安で心が押しつぶされそうになってしまう。
はい。器の小さい私なんです
今でも、犬たちが、病気になる度、オペになる度、
表面上は、冷静を装っていますが、心の中は、ドキドキで
ある程度、割り切って、大人の対応をしなければと思っても
慣れてしまう自分は、もっと嫌だと思ってしまいます。
だからもう、動物は、飼いません。もう2度と。
パパちゃんも子供達3人も
私が、れんじの目の病気でオイオイ泣いているのを見た時から
ペットじゃなく、家族なんだと実感したと言っていました。
沢山の勉強をさせて貰ってるんだなって思いました。
・・・・・っとここまで書いたのを中3長女が読んで
「うち犬6匹に猫1匹もいるじゃん。猫って長生きだっていうし
ショコラは、MIXだからあと10年は、生きると思うし(マジか)
もう飼わないって何年先の事、言ってんのよ。ママの方が先に死んじゃうかもよ。」
ご指摘、あざーっす
ペットを迎えることって家族にとって、自分にとって
学びは、思っていた以上に大きいと思います。
修学旅行に行った自己中な長女でさえ
「言いたくないけど、旅行で何が嫌だったかというと
犬と猫がいない日常が寂しくてたまらなかった」と
日頃、世話もしないのに言っていました。
しょこたんのライヴに行けなかった事より寂しかったらしいですwww
ペットって何なんでしょうねー。
なにか特別なモノを持っているんでしょうね
大切にしなくちゃなって改めて感じた次第です。
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