1年前、日本中が悲しみにくれました、
経験したことのない大きな揺れの後
マレーシアから帰国していた主人と、
テレビに映し出された押し寄せる津波の様子を、
映画のワンシーンを見てる錯覚をおこし、
茫然と釘ずけになりました、
仙台に住む義娘の安否を、手にした携帯でかけ続け、
内陸の高台に住んでいると言え、
繋がらぬ電話に苛立ち、
交互にかける実娘の電話も繋がらなかったのです、

成田空港に設置してありました。
色々な国のお札や硬貨が。
大きなものは

ガス、電気、水道が止まり、
ご近所さん達と
布団や止まった冷蔵庫から食糧を持ち込み、
度々起こる余震に、
公民館に泊まり込んでいます、
「被災地から比べるとマシです。」
メールが届いたのは翌日を過ぎていたと思う、
良く見ると少しひびが入ったところがあるほか、
土台のコンクリートが剥がれた
そんな被害だけのようでした。
お婿さんの実家は大きな被害を受けた
岩手県の大船渡、
やはり住まいは高台、
南三陸町の海沿いに勤務している妹さんは、
迫る津波を背中に感じながら必死で逃げ
難を逃れたものの、一晩家には帰れず、
電話で連絡も取れず、
家族は眠れない夜を過ごしたようです。
大きな地震が来るかもしれない、
そう感じる今日この頃、
主人と意見が割れた、
少しづつでも準備をしておかないとと思う私、
そんな事しても無駄だ!そう言う主人、


一人で着々と準備してます、

うまく張れるでしょうか?
何も起こらないことを祈りつつ!
