過小評価の人たち ~スタンリー・カウエル~
By The Blueswalk
1941年5月5日米国オハイオ州トレド生まれ。クラシックやジャズの研究をした後、67年にマリオン・ブラウンの『Why Not!』のレコーディングでデビューしている。マリオン・ブラウンのグループということから察せられるとおり、ちょっとアヴァンギャルドな危険な香りのするフツーじゃないピアニストだ。67年から69年までマックス・ローチのグループに入り、そこでローチの推進する黒人文化遺産や民族意識の継承に目覚め、以後、行動にも音楽的にもその影響が顕われていくことになる。また、69年にはダウン・ビート誌の「国際批評家投票」でピアノの新人賞を獲得もしている。その後、ローチのグループで一緒になった、チャールス・トリヴァーとの双頭リーダーの《ミュージックINC》を結成し、さらにその作品の発表およびディストリビュートを目的として「ストラタ=イースト」というレーベルを立ち上げ、70年代ジャズシーンに怒涛の殴り込みをかけていくことになる。
フツーじゃないと書いたが、決してフリー・ジャズのような難解な音楽性を標榜しているわけではなく、至極まっとうなジャズである。トリヴァーと並んで新主流派の一方のリーダーと目されたところにも、それが見て取れるだろう。クラシック的な要素やアフリカ的な要素などを吸収した上でのオリジナルでユニークな力強い音楽であるといえる。
『ミュージック・インク』は1970年11月11日録音で、双頭グループ《ミュージックINC》のファーストアルバムである。全6曲中それぞれ3曲ずつのオリジナル構成である。いずれもジャズオーケストラの迫力を前面に出したタイトでリズミカルな、それでいてそれぞれの個性溢れた演奏がよどみなくテンション高く続けられ、70年代に最も期待されたグループの面目躍如な演奏である。トリヴァーのトランペットソロとカウエルのピアノソロもふんだんに取り入れられており、特にカウエル作品においては、ユニークかつ理知的なピアノソロが異彩を放っている。70年代を代表し、しかも現代に繋がるビッグバンド演奏の典型例として記憶にとどめておくべき傑作だ。残念ながら、《ミュージックINC》としては、75年の『インパクト』の2作しか発表できなかったという結果となり、このような演奏が2作目、3作目と連続して商業路線に乗れないところに、ジャズ・マーケットでの成功の難しさがある。
『幻想組曲』は1972年11月の録音。スタンリー・カウエル名義の第1作で、ピアノ・トリオ作品。1曲目の“マイモウン”のイントロを聴いただけで、知的で透明感のあるピアノが聴く者の心を掴んで離さないだろう。それほど、インパクトがあり、美しくも力強いピアニズムなのだ。それに続く、スタンリー・クラークのベース(アルコとフィンガーの多重録音のようだ)とのアンサンブルにはゾクゾクっとさせられる。2曲目は一転、エレピを使用し、リターン・トゥ・フォーエヴァー的フュージョンタイプの乗りの良い軽快な演奏だ。3曲目のイントロはどっかで聴いたことのあるメロディだが、思い出せない。そういうことで、1曲ずつ書いていったらキリがないし、どこが“組曲”なのか僕には理解できないが、カウエルの代表作であることに間違いない。
『ムサ』は1973年12月10日録音のソロピアノ作品。“ムサ”とは、カウエルのアフリカン・ネームから採られているとのことで、いわゆる1人称ジャズといったニュアンスが強い。全9曲ともカウエルのオリジナル曲で、内8曲はすでに発表済みをソロピアノに焼きなおしてのレコーディングということでもその意図が明解だ。確かなテクニックに裏づけされた力強いピアニズムと時代の最先端に立ってジャズの再構築を目指そうとする意欲が結びついた、稀に見る美しい結晶が見事に結実した傑作だ。ダラー・ブランド(アブドゥーラ・イブラヒム)の『アフリカン・ピアノ』と並び称されるといってよい。カウエルのピアノを聴くならこの作品が最も適しているだろう。
『リジェネレーション』は1975年4月27日録音。ジャケットがアフリカのイエス・キリスト?と思わせる大胆なイラストに驚いてばかりではいられない。まずはエド・ブラックウェル他3人によるアフリカン・ドラムのポリリズムの中、男女のヴォーカルに管楽器を思わせるカウエルのシンセサイザーが絡んでいく。ポップになりすぎたかと思いきや、2曲目は打楽器とも、弦楽器とも聴き分けがつかない、まさにアフリカ的リズムの素朴なエスニック・ミュージックとくる。モロッコの三弦楽器であるとの解説でなるほどと納得。次はピッコロとドラムによるマーチング・バンドが繰り広げる踊りたくなるような軽快なリズムが身体を揺さぶる。さらには、ゆったりとしたハーモニカとピアノのユニゾンでハモるスロー・ブルースとくる。まあ、息もつかせぬバラエティに富んだ演奏のオン・パレード。全体を貫くのはアフリカを起源とするアメリカ南部のブルース、カリブのレゲエ、アフリカの民俗音楽を坩堝に投げ込んでその中からエキスを搾り出した黒人のソウルだ。
『恋のダンサー』は1999年6月17日録音。ヴィーナス・レコードに罹ると、人間こうも変わってしまうのか?ハイパー・マグナムという高品質音響効果に胡坐をかいたイージーな企画に誰もが堕落してしまう。スタンリー・カウエルもその犠牲者の一人だった。カウエルにスタンダードを弾く必然性は何処にもないのに売れんがために墓穴を掘った結果がこのCDに凝縮された。成熟したと取るか、堕落したと取るかは聴者の自由意志であり、勿論、『リジェネレーション』から時間的に25年も経ている訳だから変わって当然だ。80年代にはアート・ペッパーの録音にも参加しているし、90年代の「Steeple Chase」の諸作品には70年代の時代を牽引しようとする気概と情熱は失われていなかったと思えるし、これらの作品の出来も論じる必要があるとは思うが、しかし最新のスタンリー・カウエルを象徴する録音としてこの『恋のダンサー』における凋落振りには目を覆わざるを得ないというのが僕の本音である。
70年代のスタンリー・カウエルの諸作品に対し“昔はよかったね”ではなく、これらの遺産を継承して現代に再構築する気概のあるジャズ・ミュージシャンの出現を心待ちにしている。そうでなければ「ストラタ=イースト」の掲げたジャズの再構築という音楽理念があだ花に終わってしまいかねないという危惧を抱いている今日この頃である。
まず本命の”ムサ”をネット注文してみましたが、在庫がないらしく、未だ入荷待ちです。でもまだ探してくれているようなので、辛抱強く待つつもりです。
一緒に注文した”REGENERATION”は先に届きました。”ムサ”の曲をイメージしていたのですが、まるで違っていて、しかし、これはこれですばらしい1枚です。
”ILLUSION SUITE”は廃盤との事で、中古を購入しました。新品はとても値が張っていました。こちらは私が思い描いていたような曲調で、早速楽しんでおります。
”ムサ”が届くのが待ち遠しいです。