Bluenote
Clifford Jordan By 変態ベース
ずいぶん以前の話だが、クリフォード ジョーダンがビッグバンドで来日をした時の映像を観たことがあった。顔中髭だらけの、目にもさやかとは言い難いジョーダンが、舞台の袖から何やらメンバーに指示を与えていた。しかしいっこうに自らは楽器を持とうという気配がない。かなり憔悴したような表情だったが、それから日を置かずしてジョーダンの訃報を聞いたように記憶している。69年には、Strata Eastレーベルに大編成グループの意欲作、『In the World』を録音した。70年代には、新主流派的なプレイも実践した。晩年はビッグバンドの活動にも意欲的を見せた。しかし、デヴュー当時の彼は、ハードバップを得意とする堅実なプレイヤーだったのだ。
クリフォード ジョーダンが初めてブルーノートにレコーディングをしたのは57年3月の事である。ジョン ギルモアと組んだ『Blowing in from Chicago』のセッションがそれだ。ハードバップ隆盛期の熱気をそのままに伝える、ダブルテナーによるブローイングである。ピアノは後のジョーダンの雇い主であるホレス シルバーだ。
タイトルが示す通りジョーダンはシカゴからやってきた。ギルモアやジョニー グリフィンとは同郷で、ハイスクールも同じだったという。ギルモアもこの時期は主流派のテナーマンとして将来を嘱望されていたが、やがてサンラーのバンドに合流し、フリージャズの旗手として変身を遂げた。ここで聴かれる2人のスタイルはよく似ているが、やや荒削りな印象を受ける方がギルモアだ。
その3ヵ月後に録音された『Cliff Jordan』は、単独による初リーダーセッションである。メンバーは、リー モーガン(tp)、カーティス フラー(tb)、ジョン ジェンキンス(as)、レイ ブライアント(p)、ポール チェンバース(b)、アート テイラー(ds)を加えた、BN得意のオールスターセッションだ。
1曲目のNot Guiltyはジョーダンの作品。ミディアムテンポの寛いだ雰囲気の演奏が楽しい。ジェンキンスはアルトサックスの逸材として脚光を浴びたが、いつの間にか失速し業界から消えてしまった。本作でも彼の骨太なプレイが聴ける。ヴィーナスレーベルは行方不明のミュージシャンを見つけだすのが得意だから、生きていればカムバックも有り得るかもしれない。
ここでのブライアントの演奏は、後に彼が聴かせたアーシーなピアノスタイルよりもっとあっさりとしている。それを物足りなく感じる人がいるかもしれないが、私はこの演奏がとても気に入っている。フラナガンにも引けを取らない巧者ぶりがうかがえる。
ジョーダンのプレイは泰然自若として、「ジャズの王道」を突き進むものだ。しかし、晩年に至るまでトップランナーの位置を確保する事は叶わなかった。前に立ちはだかるロリンズの背中があまりにも大きかったということだろう。彼が他のテナープレイヤーと比して何処か劣っているかといえば、明確にそれを指摘する事は難しい。しかし現実はきびしく、ハンク モブレイもそうだったように、へヴィー級のチャンピオンベルトを手にする者は、世の中で一人だけなのだ。
前2作は確かにいいアルバムだったけれど、ジョーダンのスタイルをリスナーの記憶に刻み込む事は出来なかった。リーダーが2人もいたり、強力なサイドメンに囲まれた状況では、その個性も埋没してしまうはずだ。
ひょっとしてBNはジョーダンの売り出しに、尻込みしていたのかもしれない。それは次の『Cliff Craft』が、BNに残した最後のアルバムになってしまったからだ。気に入った新人は収益も度外視して、徹底的に録音を続けるのがアルフレッド ライオンの方針だが、ジョーダンの場合はその幕切れがあまりにもあっけなかった。それにアルバムジャケットもやる気がなかったのか、ため息が出るくらい味気ない。白地に楽器を持ったジョーダンの写真を張り付けた構図。ジャケットにも気を配るBNにしては、露骨な手抜きである。しかしこのアルバム、内容的には素晴らしく、もっと早く出ていたら世間の彼に対する評価も違ったものになっていたかもしれない。晩年、親交をもったアート ファーマーをパートナーに迎えた本アルバムは、ジョーダンの魅力をもっとストレートに表出した出来栄えだ。
ジョーダンは体力に物を言わせて、たけり狂ったように吹きまくるようなタイプではない。大柄な体躯に似合わず、おっとりとやさしい演奏をする人だ。その辺りはデクスター ゴードンを思い浮かばせるところがある。肉厚な音色にひと肌のぬくもりが感じられるのが、ジョーダンのテナーサウンドなのだ。『Cliff Craft』でも随所で彼のハートウォーミー演奏が堪能できることだろう。
またジョーダンは作曲の才能もすぐれている。『Blowing in ~』のBo-Till、前述のNot Guilty、本アルバムのLaconiaなど、メロディ創りの才能にも恵まれている。