Coltrane Time / John Coltrane
~ 名盤になりそこねた一枚
By 変態ベース
長くジャズに親しんできたつもりだが、いつも聴きそびれては、すれ違いを繰り返してきたアルバムがある。ジョン コルトレーンの『Coltrane Time』もそんな一枚なのだ。先ごろEMI傘下のアルバムを低価格でそろえた『JAZZ名盤999Best & More』が発売されたが、そのシリーズにもこの作品が入っていた。今回を逃しては、ひょっとして生涯このアルバムとは御縁がないのではと予感めいたものを感じたので、早々に手に入れた次第である。
この録音、元をただせばセシル テイラーのリーダー作品として制作されたものである。当初のタイトルは『Hard Driving Jazz』。疾走するスポーツカーを正面から捉えたブレ気味の写真が印象的だった。原盤はユナイテッド アーティスツ(UA)。元々、映画会社が設立したレーベルなのでサウンドトラックがメインだったが、やがてジャズやポピュラーも録音するようになった。それがEMIに吸収され、現在はキャピトルレコードが音源を保有している。CDの解説によると、1955年にトランジションレーベルを立ち上げた、トム ウィルソンというジャズマニアがこのアルバムの制作にかかわっているらしい。トランジションは知る人ぞ知るマイナーレーベルで、セシル テイラーはこのレーベルで初アルバム『Jazz Advance』を録音した。プロデューサーのウィルソン氏はよほどテイラーにご執心だったらしく、UAレーベルに転職してからもテイラーを追い続け、再びレコードを作ってしまったのだ。このアルバムが再発された際に、リーダーの名義がコルトレーンに変わり、タイトルも新たに『Coltrane Time』と命名されたのである。セシル テイラーには気の毒だけど、そのほうが売りやすいからというが理由みたいだ。
セシル テイラーはフリージャズの代名詞のようなミュージシャンである。テイラーの演奏から感じることは、先鋭的で凶暴な怒気のようなものだ。とにもかくにもミュージシャンとして活動していたから良かったものの、一般人として市井に紛れ込んでいたら、それこそテロリストか犯罪者にでもなったんじゃないかと思わせるくらい、この人の演奏から立ち上る気配は危険そのものだ。また無機質で人間的な暖かみが希薄に感じられるので、たくさん聴くと刺々しい気分になってしまう(以前、前園さんがテイラーのピアノは現代音楽的だと書いておられたが、それもまた言い得て妙だ)
テイラーのピアノは、デヴューの頃(1955年)から既にこわれていた。定速ビートは堅持しながらも、和音も旋律もメチャメチャ。それでも初期のテイラーはまだ伝統的なスタイルに軸足を置き、いかにしてジャズを変革するか、いかに音楽を壊していくかに腐心していたのである。このアルバムの演奏も明らかにその延長線上にある。但しこれ以後のテイラーは、急速に変形していく。リズムも何もかもぶち壊してしまったからだ。
このアルバムの注目点は何と言っても人選の奇抜さだろう。当時(1958年)、マイルスの下で実績を積み上げていたコルトレーンと、ニュージャズの旗頭として耳目を集めつつあったテイラーの顔合わせということだけでも充分話題性に富んでいる。そこにハードバップ期を生き抜いてきたベテラントランペッター ケニー ドーハムの参加。一体どんなクオリティーの音楽がデリバリーされるのか興味が尽きない。状況的には是非とも耳を通しておかなければと、ジャズファンを誘惑するアルバムのはずなのだが、巷の反応は思ったより冷淡だ。この作品、いまひとつ盛り上がらないのはどうしてだろう。
原因のひとつはやはりドーハムではないか。コルトレーンとテイラーの共演は、時代の要請から人々の視線が集まるのも当然だった。しかしドーハムはこの新しい流れに歩み寄る気配が全くない。(もちろん、彼のように自己のスタイルを確立した人には、それも無理からぬことではあるが)ドーハムとテイラーの相性は水と油。トランペットソロのうしろでガンガンと不協和音を叩き込むテイラーに対し、全く反応せずマイペースを通すドーハムのほうが、役者が一枚上手だと言えば確かにそうなのだが、根本的に会話というものが成立しておらず、アルバムとしてのトーナリティー(主調)を著しく欠いている。( そこがまた微妙に面白くもあるのだが )
それと選曲に工夫がない。スタンダードナンバーのJust Friends、 Like Someone in Loveとミディアムテンポのブルースが2曲では、次代を担う作品としては余りにも新鮮味がない。少なくともテイラーのコンポジションを取り上げたデヴュー作の方が、コンセプトはいくらか先進的だった。一歩進んで二歩さがるとはこのことだ。但し選曲はぬるま湯のようだが、テイラーのピアノは前にも増して果敢にチャレンジしている。コルトレーンとの共演が刺激になったのだろう。