来週のシンポジウムに向けて書いた内容をボバ研のコラムとして書いたがブログにも紹介しておきたい。
1940年頃にベルタ・ボバース女史が、それまでの伝統的な理学療法(関節可動域訓練や電気治療)では改善できなかった王室の肖像画家の麻痺手に対して試行錯誤を繰り返されたところからボバース概念は始まった。この概念はその後70年間にわたり、その対象者にとって価値のある知識や技術は取り入れ、そうでないものは捨て去るという発展を遂げながら世界中に広がっていった。特にヨーロッパでは約8割の療法士が第1選択としてこの概念を中枢神経疾患の治療に用いるというところまで広がりを見せた。対象者一人一人の症状や個別性に合わせて介入方法を変えるというこの概念は、対象者やその家族の期待に応える発展を遂げたが、その一方で個別性に合わせるためには療法士のクルニカルリ-ズニング能力に依存する部分が生じること、治療効果を標準化することが難しいことなどから「普遍的な技術体系としてその根拠は?」と度々批判にさらされてきた。
1970年頃には紀伊克昌氏(森ノ宮病院名誉副院長)によって日本にもこの概念は導入されたが、日本のリハビリテーションの概念そのものがアメリカからの影響を強く受けていたため、脳卒中のリハビリテーションは残された半身でADLの自立を目指す考えが中心であり、麻痺の改善に取り組む、もしくは脳の可塑性を理論背景にするとしたボバース概念は「障害受容を遅らせる」などの理由で排他的な扱いを受ける事も多かったが、紀伊氏を筆頭とした指導者らの治療はそれを見た医師・対象者、そしてその家族らに受け入れられ、日本でも急速な広がりをみせた。
1996年に神経科学に基づくリハビリテーションは劇的な展開を見せた。Nudo博士のサイエンス論文により、麻痺側からのアプローチが脳のマッピングを変える事が明らかになり、ボバース概念に基づくアプローチやCIMT(麻痺側上肢の強制使用アプローチ)の理論的根拠が証明されることとなった。しかしながら、そのボバース概念に基づくアプローチを行った結果のエビデンスについては「ADLといった量を指標としたRCTでは結果を出せていないため今後の課題である」と脳卒中ガイドラインやステップⅢカンファランスでは試摘を受けている。
現在のボバース概念は高草木薫(旭川医科大学)教授、シェッペンズ博士らの4足動物の脳幹・脊髄研究を元にした先行随伴性姿勢調整や歩行のメカニズム、そして泰羅雅人(日本大学)・酒田英夫(東京聖栄大学)・彦坂 興秀(順天堂大学)教授らの研究を元にした身体図式、運動学習といった大脳皮質・頭頂連合野機能に焦点をあてた理論を背景に病態解釈をしている。そして対象者に必要であれば装具療法、CIMTやトレッドミル・筋力トレーニング等を手段として用いることを推奨する立場をとっている。現代、そしてこれからのボバース概念は「クリニカルリーズニングに基づいて神経科学を背景とする問題解決アプローチ」と表することができるのかもしれない。
現在、同じ神経科学を理論的背景にしている治療体系として認知神経リハビリテーションやCIMTが存在するが、それらとボバース概念に基づく治療の違いを挙げるとすると、ボバース概念は脳損傷者の障害を随意運動や運動学習の障害と捉えるだけでなく、橋・網様体脊髄路系、前庭脊髄路系の非機能化による姿勢調整機構の障害としても捉えている事にあるであろう。
そして、我々はその事が床反力を含めた環境からの情報を誤ったものとさせ、結果として運動学習の問題を生じさせるとも考えているので、体幹を含めた姿勢調整機能への治療介入を行うこと、そして二次的に筋・関節に生じた非神経要素の問題も脳にとっては異質な情報を入力する問題であるとして焦点をあてている。それらの姿勢や筋・関節に起こった様々な問題は誤った運動学習や代償的かつ過剰で非効率的な運動の構築化につながると考えていて、それら皮質下の問題にも焦点をあてて問題解決に取り組もうとしていることが他のアプローチとの若干の切り口の違いであるかもしれない。また、認知神経リハビリテーションは療法士がADLに関わらない、というイタリアの医療事情の影響も受けていると思われる治療体系なのでADLや24時間コンセプトを重要視する「ボバース概念に基づくアプローチ」とは一線を画する要素がある。
また、EC圏では保険システムの関係からオランダでボバース概念とエビデンスレベルの高いCIMTやトレッドミルアプローチを取り入れた「神経リハビリテーション講習会/脳卒中」という240時間の講習会を受けた療法士の保険請求を18%程度増額するという取り組みが始まり、ドイツやスイスもその影響を受けつつある。また、スイス・イタリアを中心にボバース概念と認知神経リハビリテーション、そしてPNFの概念を共有した「神経環境リハビリテーション21」という団体の発足計画もある。
いずれにしろボバース概念に基づくアプローチの根底には、「非治療群を作らない、どんな重症者も切り捨てない」というボバース夫妻の Holistic Approach 概念が今も生き続けているため、その治療効果のエビデンスを得るために標準化することが困難であること、そしてどのような療法士でも同じ効果を出せる普遍的な技術か?といった部分については今後も問われ続けるであろう。
近年のボバース概念については大槻利夫氏が理学療法学vol.37臨床入門講座第1シリーズに「ボバースアプローチのこれまで、そしてこれから」というタイトルで連載されているので参照されたい。
1940年頃にベルタ・ボバース女史が、それまでの伝統的な理学療法(関節可動域訓練や電気治療)では改善できなかった王室の肖像画家の麻痺手に対して試行錯誤を繰り返されたところからボバース概念は始まった。この概念はその後70年間にわたり、その対象者にとって価値のある知識や技術は取り入れ、そうでないものは捨て去るという発展を遂げながら世界中に広がっていった。特にヨーロッパでは約8割の療法士が第1選択としてこの概念を中枢神経疾患の治療に用いるというところまで広がりを見せた。対象者一人一人の症状や個別性に合わせて介入方法を変えるというこの概念は、対象者やその家族の期待に応える発展を遂げたが、その一方で個別性に合わせるためには療法士のクルニカルリ-ズニング能力に依存する部分が生じること、治療効果を標準化することが難しいことなどから「普遍的な技術体系としてその根拠は?」と度々批判にさらされてきた。
1970年頃には紀伊克昌氏(森ノ宮病院名誉副院長)によって日本にもこの概念は導入されたが、日本のリハビリテーションの概念そのものがアメリカからの影響を強く受けていたため、脳卒中のリハビリテーションは残された半身でADLの自立を目指す考えが中心であり、麻痺の改善に取り組む、もしくは脳の可塑性を理論背景にするとしたボバース概念は「障害受容を遅らせる」などの理由で排他的な扱いを受ける事も多かったが、紀伊氏を筆頭とした指導者らの治療はそれを見た医師・対象者、そしてその家族らに受け入れられ、日本でも急速な広がりをみせた。
1996年に神経科学に基づくリハビリテーションは劇的な展開を見せた。Nudo博士のサイエンス論文により、麻痺側からのアプローチが脳のマッピングを変える事が明らかになり、ボバース概念に基づくアプローチやCIMT(麻痺側上肢の強制使用アプローチ)の理論的根拠が証明されることとなった。しかしながら、そのボバース概念に基づくアプローチを行った結果のエビデンスについては「ADLといった量を指標としたRCTでは結果を出せていないため今後の課題である」と脳卒中ガイドラインやステップⅢカンファランスでは試摘を受けている。
現在のボバース概念は高草木薫(旭川医科大学)教授、シェッペンズ博士らの4足動物の脳幹・脊髄研究を元にした先行随伴性姿勢調整や歩行のメカニズム、そして泰羅雅人(日本大学)・酒田英夫(東京聖栄大学)・彦坂 興秀(順天堂大学)教授らの研究を元にした身体図式、運動学習といった大脳皮質・頭頂連合野機能に焦点をあてた理論を背景に病態解釈をしている。そして対象者に必要であれば装具療法、CIMTやトレッドミル・筋力トレーニング等を手段として用いることを推奨する立場をとっている。現代、そしてこれからのボバース概念は「クリニカルリーズニングに基づいて神経科学を背景とする問題解決アプローチ」と表することができるのかもしれない。
現在、同じ神経科学を理論的背景にしている治療体系として認知神経リハビリテーションやCIMTが存在するが、それらとボバース概念に基づく治療の違いを挙げるとすると、ボバース概念は脳損傷者の障害を随意運動や運動学習の障害と捉えるだけでなく、橋・網様体脊髄路系、前庭脊髄路系の非機能化による姿勢調整機構の障害としても捉えている事にあるであろう。
そして、我々はその事が床反力を含めた環境からの情報を誤ったものとさせ、結果として運動学習の問題を生じさせるとも考えているので、体幹を含めた姿勢調整機能への治療介入を行うこと、そして二次的に筋・関節に生じた非神経要素の問題も脳にとっては異質な情報を入力する問題であるとして焦点をあてている。それらの姿勢や筋・関節に起こった様々な問題は誤った運動学習や代償的かつ過剰で非効率的な運動の構築化につながると考えていて、それら皮質下の問題にも焦点をあてて問題解決に取り組もうとしていることが他のアプローチとの若干の切り口の違いであるかもしれない。また、認知神経リハビリテーションは療法士がADLに関わらない、というイタリアの医療事情の影響も受けていると思われる治療体系なのでADLや24時間コンセプトを重要視する「ボバース概念に基づくアプローチ」とは一線を画する要素がある。
また、EC圏では保険システムの関係からオランダでボバース概念とエビデンスレベルの高いCIMTやトレッドミルアプローチを取り入れた「神経リハビリテーション講習会/脳卒中」という240時間の講習会を受けた療法士の保険請求を18%程度増額するという取り組みが始まり、ドイツやスイスもその影響を受けつつある。また、スイス・イタリアを中心にボバース概念と認知神経リハビリテーション、そしてPNFの概念を共有した「神経環境リハビリテーション21」という団体の発足計画もある。
いずれにしろボバース概念に基づくアプローチの根底には、「非治療群を作らない、どんな重症者も切り捨てない」というボバース夫妻の Holistic Approach 概念が今も生き続けているため、その治療効果のエビデンスを得るために標準化することが困難であること、そしてどのような療法士でも同じ効果を出せる普遍的な技術か?といった部分については今後も問われ続けるであろう。
近年のボバース概念については大槻利夫氏が理学療法学vol.37臨床入門講座第1シリーズに「ボバースアプローチのこれまで、そしてこれから」というタイトルで連載されているので参照されたい。