10日ほど前でしょうか、「行方不明の英国のギタリスト死亡宣告」みたいなニュースがネットで流れていました。そのギタリストがいたバンドが「マニック・ストリート・プリーチャーズ」です。
人生で重要な出会いはいくつもありますが、自分にとって「マニック・ストリート・プリーチャーズ(以下マニックス)」との出会いは、大げさでなくその後の人生を変えるものになりました。
マニックスをはじめて聴いたのは大学生活も終わる頃、デビューアルバムが出てすぐだったと思います。80年代のメタル、ハードロック熱も冷め、その後パンクやらミクスチャーといったジャンルを聴いてはいたのですが、リアルタイムの音楽が今ひとつおもしろくなく、気に入ったのはガンズくらいで、結局ストーンズ等に代表されるルーツロックに回帰していた頃です。ロックがおもしろくなかったのと同時に、自分の将来を考えるとどうして良いのか分からず、ただ悶々とエネルギーを溜め込んでいた時期でした。
そんな時に「ファーストアルバムでナンバーワンをとって解散する」とか「今のバンドはガンズとパブリックエナミーを除いてクソだ」とか好き放題言ってみたり、記者の前でカミソリを使って自分の腕を切り裂いたりしたこのバンドが登場しました。どんなバンドやろかと思っていたところ、同じくロック好きの兄が「この音楽は中途半端でおもしろくない。お前の方が好きなんとちがうか」とファーストアルバム「GENERATION TERRORISTS」のカセットをくれて初めて彼らの音楽を聴きました。
聴いてみると、たしかにハードロックだかパンクだか良く分からん中途半端な音楽で、なんとも垢抜けない感じはしたのですが、ずっと聴いているとやめられなくなり、その後まさに「聴き狂う」ことになりました。
また当時、雑誌ロッキンオンで岩見吉朗さんというライターがいたのですが、その人が書くマニックスに関する記事がなんとも熱くて、その記事に乗せられた感もするのですが、自爆的若気の至りというのか、彼らがすぐ解散するのと同じく、俺もやりたいことやって生きるんだ!太く短く生きればいいんだ! という風にバンドに自己投影する形で熱中していったわけです。
しかし、マニックスはその後解散もせずに、アルバムを出し続けることになります。解散を撤回した時のマニックスはそれは格好悪いものでした。
ギタリストであるリッチーが失踪するのは3枚目のアルバム発表後です。マニックスというバンドの中でスポークスマン的な役割を果たして、好き放題言いたい放題だったリッチーの失踪、それは生きるために言いたいことをがまんするようになり、理想を切り売りしていく自分の人生そのものを象徴しているようにも思えました。
でも、生きるということはみっともない姿をさらし続けるということではないのか、だからこそ尊いのではないのか、と思えるようになった頃、さらにマニックスに対する思い入れが強まりました。
その後も、自分の人生の色々なタイミングに合わせているかのように、マニックスがアルバムを発表していき、どんどん自分にとって特別のバンドになっていくのですが、その点を抜きにしても楽曲がとても気に入っています。
写真はファーストアルバムです。マニックスの最高傑作は5枚目のアルバムだと思っているのですが、あの時解散していなかったからこそ、すばらしいアルバムも産まれ、16年間、彼らは自分にとって力になり続けたのです。
マニックスは今も現役でバリバリ活動しているバンドです。年齢も自分とほぼ同じで、彼らががんばっているなら俺もやらねば、という気にさせてくれます。
また、マニックスはライブが最高です。初めてライブに行った時には、何度も涙が出ました。
いくら書いても書き足りないくらいで、うまく伝えられないのですが、とにかく思い入れという点では自分にとってナンバーワンのバンドです。
人生で重要な出会いはいくつもありますが、自分にとって「マニック・ストリート・プリーチャーズ(以下マニックス)」との出会いは、大げさでなくその後の人生を変えるものになりました。
マニックスをはじめて聴いたのは大学生活も終わる頃、デビューアルバムが出てすぐだったと思います。80年代のメタル、ハードロック熱も冷め、その後パンクやらミクスチャーといったジャンルを聴いてはいたのですが、リアルタイムの音楽が今ひとつおもしろくなく、気に入ったのはガンズくらいで、結局ストーンズ等に代表されるルーツロックに回帰していた頃です。ロックがおもしろくなかったのと同時に、自分の将来を考えるとどうして良いのか分からず、ただ悶々とエネルギーを溜め込んでいた時期でした。
そんな時に「ファーストアルバムでナンバーワンをとって解散する」とか「今のバンドはガンズとパブリックエナミーを除いてクソだ」とか好き放題言ってみたり、記者の前でカミソリを使って自分の腕を切り裂いたりしたこのバンドが登場しました。どんなバンドやろかと思っていたところ、同じくロック好きの兄が「この音楽は中途半端でおもしろくない。お前の方が好きなんとちがうか」とファーストアルバム「GENERATION TERRORISTS」のカセットをくれて初めて彼らの音楽を聴きました。
聴いてみると、たしかにハードロックだかパンクだか良く分からん中途半端な音楽で、なんとも垢抜けない感じはしたのですが、ずっと聴いているとやめられなくなり、その後まさに「聴き狂う」ことになりました。
また当時、雑誌ロッキンオンで岩見吉朗さんというライターがいたのですが、その人が書くマニックスに関する記事がなんとも熱くて、その記事に乗せられた感もするのですが、自爆的若気の至りというのか、彼らがすぐ解散するのと同じく、俺もやりたいことやって生きるんだ!太く短く生きればいいんだ! という風にバンドに自己投影する形で熱中していったわけです。
しかし、マニックスはその後解散もせずに、アルバムを出し続けることになります。解散を撤回した時のマニックスはそれは格好悪いものでした。
ギタリストであるリッチーが失踪するのは3枚目のアルバム発表後です。マニックスというバンドの中でスポークスマン的な役割を果たして、好き放題言いたい放題だったリッチーの失踪、それは生きるために言いたいことをがまんするようになり、理想を切り売りしていく自分の人生そのものを象徴しているようにも思えました。
でも、生きるということはみっともない姿をさらし続けるということではないのか、だからこそ尊いのではないのか、と思えるようになった頃、さらにマニックスに対する思い入れが強まりました。
その後も、自分の人生の色々なタイミングに合わせているかのように、マニックスがアルバムを発表していき、どんどん自分にとって特別のバンドになっていくのですが、その点を抜きにしても楽曲がとても気に入っています。
写真はファーストアルバムです。マニックスの最高傑作は5枚目のアルバムだと思っているのですが、あの時解散していなかったからこそ、すばらしいアルバムも産まれ、16年間、彼らは自分にとって力になり続けたのです。
マニックスは今も現役でバリバリ活動しているバンドです。年齢も自分とほぼ同じで、彼らががんばっているなら俺もやらねば、という気にさせてくれます。
また、マニックスはライブが最高です。初めてライブに行った時には、何度も涙が出ました。
いくら書いても書き足りないくらいで、うまく伝えられないのですが、とにかく思い入れという点では自分にとってナンバーワンのバンドです。
俺もマニックスはもっとも思い入れのあるバンドです。
人生が変わったかどうかは分かりませんが、マニックスと出会ってからロックにのめり込むようになりましたね。
それとやっぱり岩見吉郎氏のライナーが熱くて好きでした(^^)。
williamさんのブログ拝見しました。
確かにミニアルバム「ステイ・ビューティフル」は1曲目から怒涛の流れです。「ユー・ラブ・アス」もパンクヴァージョンの方がいいですよね。