小説の「書き出し」

明治~昭和・平成の作家別書き出し
古典を追加致しました

「たけくらべ」 樋口一葉

2010-03-23 01:21:06 | 作家ハ、ヒ
 廻れば大門(おおもん)の見返り柳いと長けれど、お歯ぐろ溝(どぶ)に燈火うつる三階の騒ぎも手に取る如く、明けくれなしの車の行来にはかり知られぬ全盛をうらないて、大音寺前と名は仏くさけれど、さりとは陽気の町と住みたる人の申き、三島神社の角をまがりてより是れぞと見ゆる大厦(いえ)もなく、かたぶく軒端(のきば)の十軒長屋二十軒長 や、商いはかつふつ((まるでの意))利かぬ処とて半(なかば)さしたる雨戸の外に、あやしき形(なり)に紙を切りなして、胡粉(ごふん)ぬりくり彩色のある田楽みるよう、奥にはりたる串のさまもおかし、一軒ならず二軒ならず、朝日に干して夕日に仕舞う手当ことごとしく、一家内これにかかりて夫(そ)れは何ぞと問うに、知らずや霜月酉(とり)の日例の神社に欲深様のかつぎ給う是れぞ熊手の下ごしらえという、正月門松とりすつるよりかかりて、一年うち通しの夫れは誠の商売人、片手わざにも夏より手足を色どりて、新年着(はるぎ)の支度もこれをば当てぞかし、南無や大鳥大明神、買う人にさえ大福をあたえ給えば製造もとの我等万倍の利益をと人ごとに言うめれど、さりとは思いのほかなるも