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小説の「書き出し」

明治~昭和・平成の作家別書き出し
古典を追加致しました

「道化師の蝶」 円城 塔

2012-02-03 08:07:17 | 作家エ
   何よりもまず、名前があ行ではじまる人々に。
   それから、か行で、さ行で以下同文。
   そしてまた、名前が母音ではじまる人々に。
   それからbで、cで以下同文。
   諸々の規則によって仮に生じる、様々な区分へ順々に。
   網の交点が一体誰を指し示すのか、わたしに指定する術はもうないのだが、
   こうする以外にどんな方法があるというのだろうか。

         1

 旅の間にしか読めない本があるとよい。
 旅の間にも読める本ではつまらない。なにごとにも適した時と場所があるはずであり、どこでも通用するものなどは結局中途半端な紛い物であるにすぎない。
 そいつは屹度(きっと)、『逆立ちする二分間に読み切る本』のような形をしており、これは正に逆立ちして読む用に作られている。逆立ちしている間でなければきちんと意味は掴めない。平時に開いて字を追うことはできるのだが、実際に逆立ちして終えた場合の読後感とは比べものにもなりはしない。頭にのぼる血流を巧みに利用したお話なのだ。これを応用することにより、『怒りの只中で開かれる啓示』などが容易に作れる。
 それは東京-シアトル間を結ぶ飛行中の出来事で、わたしの膝にはキオスクで買った『腕が三本ある人への打ち明け話』が載っている。ぱらぱらとめくるくらいはしてみたものの、例によって内容が頭に入ってこない。飛行の速度のせいなのか、文字が紙面にわずかに遅れ、慌てて追いついてくる気配がある。そちらの動きに気をとられ、一体なのが書かれているのか印刷ばかりが目についてきて、注意はどうしても散漫となる。
 そうしたことになる以上、無駄な抵抗はやめてしまって、文字の動きを利用した本について考えはじめる。旅に出るたびいつもこんな羽目に陥る。鞄の中に二三冊の本を詰めるが、旅先で目につく本を買い足したりもするのだが、不思議と読み進められたためしがない。
 商才とは、こうしたとりとめもない感覚を言葉ではなく金に置き換える才覚だろう。
 A・A・エイブラムス氏が巨万とまではいかなくとも、それなりの資産を築きえたのは、こんなわたしの思いつきを真面目に取り上げたのがきっかけである。
 それは東京-シアトル間の飛行中に起こる出来事だ。
 エイプラムス氏は、年中旅客機で飛び回っている男であって、どこへという目的地はない。ただ飛んでいるのを事業としており、できうる限り飛行機に乗り、やむをえぬ場合に限って空港近くのホテルに宿泊している。フライトアテンダントとか機長とかいう人ではなくて、特にあてなき乗客である。
 肥満した体をエコノミークラスの座席に無理やり押し込み、脂肪がゆっくり馴染むのを待つ。高空(たかそら)へ至り、飛行と脂肪の配置が安定し、ワインの瓶を赤白一本ずつ頼んだあたりで、胸の内ポケットからおもむろに一つ道具を取り出す。
 それは銀色の糸で編まれた小さな袋で、脂の染みて黒光りするボールペンほどの軸に巻きついている。極太ソーセージじみた脂を器用に動かし、小さな袋を棒からほどき、人形の髪を整えるようなみだりがましい手つきでもって、袋の口をやさしく開く。