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小説の「書き出し」

明治~昭和・平成の作家別書き出し
古典を追加致しました

「パルタイ」 倉橋由美子

2011-05-18 13:05:01 | 作家ク-コ
 ある日あなたは、もう決心はついたかとたずねた。わたしはあなたがそれまでにも何回となくこの話を切りだそうとしていたのを知っていた。それにいつになくあなたは率直だった。そこでわたしも簡潔な態度をしめすべきだとおもい、それはもうできている、と答えた。パルタイにはいるということは、きみの個人的な生活をすべて、愛情といった問題もむろんのこと、これをパルタイの原則に従属させることなのだ、とあなたは説明しはじめた。あなたは眼鏡を光らせすぎるので、そのむこうにある肉眼の表情がわたしにはよくみえない。あなたの歯ががちがちと鳴るのは、できのわるいガイコツの咬合をみるようであり、あなたは不自然なほど興奮していたにちがいない。わたしはおもわず動物的な笑いをもらした。するとあなたはわたしの手を握った。いつものようにあたたかくて湿っぽい。多少居心地のわるいかんじだとおもう。あなたはわたしの決心を確かめようとしていたらしかった。そこでわたしも、少しばかり大げさな身ぶりをともなうことばによってあなたを安心させる必要があった。