夏への扉、再びーー日々の泡

甲南大学文学部教授、日本中世文学専攻、田中貴子です。ブログ再開しました。

幽霊の体位研究?

2009年09月05日 | Weblog
 この写真は、『芸術新潮』八月号「トミ・ウンゲラーのおかしな世界」から転載させていただいたものである。何かというと、幽霊が四十八手で絡み合っている、エロティックな鉛筆画のシリーズの一つなのだ。
 ウンゲラーは『キスなんてだいきらい』という、悪ガキ猫を主人公にした異色の「ブラック絵本」で知られているが、この特集を読むとかなり変なものも描いていることがわかり、私はいっそう好きになった。なかでも「エロティックな幽霊」と題されたこの絵は、その意表をつくテーマと、あまりのあほらしさに驚き、お化け好きの私のツボにはまったのである。
 
 気になるのは、ウンゲラーという西洋人が「幽霊」を絵画化するとき、このような白い布をかぶって姿を見せない格好を選んだということである。これは、西欧絵画には暗い私にはよくわからないが、ディズニーなどでよく見かける姿であり、おそらくそうした「よくある幽霊」だからこそ笑える奇妙な絵画になっているのではないかと思われる。
 「幽霊」を描くのは難しい。こんな話が中国にある。

 ある皇帝が、何でも描ける絵師を招いた。そして「何がいちばん難しいか」とたずねたところ、絵師は「お化けの絵がいちばんです。誰も見たことがないから、かえって描きにくい」と答えた、という。

 写実なら、忠実に写すことは可能である。しかし、「お化け」は文化や時代によって「これぞお化け」という基準が変わってしまうから、たとえばヨーロッパのお化けはヴェトナムでは「お化け」に見えなかったりするのである。また、お化けは恐怖のみを象徴するのではなく、ウンゲラーのようにおかしみを喚起する場合もあるから(「アダムズ・ファミリー」という漫画をもとにした映画など、それである)、見た人に「これぞお化け」と認識させないとなにも面白くないことになるのだ。
 日本では服部幸雄氏や横山泰子氏らが江戸のお化けについて研究しているように、江戸時代に定着した「足がない」とか「白装束」「髪振り乱す」といったお化けの絵に影響されていた時期が長かった(今はJホラーとかいうものの影響で、かなり変化しているが)。
 お化けは文化を語るもの、と私はいつも思うのである。

 なお、このウンゲラーの幽霊によく似た、白い布をかぶっているお化けが「百鬼夜行絵巻」の諸本によく出てくる。いったい中身は何か気になるし、基本的に道具か動物の化けたもののなかに、そのもとの姿がわからないモノがいると、それを知りたくなるのは人情であろう。
 あの白い布を、いつかぜひはぐってみたい。

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