夏への扉、再びーー日々の泡

甲南大学文学部教授、日本中世文学専攻、田中貴子です。ブログ再開しました。

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手動マッサージ器

2009年10月31日 | Weblog
私は電気で動くマッサージ器で肩こりを緩和しますが、きなこはそこに座って、私

の手動によるマッサージを受けております。極楽かな?


拙著プレゼントのご応募方法を10月11日のブログにUPしてあります。まだの方はごらんの上、お手続きくださいませ。現在、約半数の方からご連絡を頂いておりません。よろしくお願いいたします。

お得な「観世アーカイブ」

2009年10月29日 | Weblog
 ご存じの方はよくご存じ、知らない方には特に秘密にもしていないのだがまったく知られていない、私の二年越しの連載「近代知識人の見た〈中世〉」(『一冊の本』朝日新聞出版のPR誌)が、あと一回で終わる。現在、近代人の世阿弥受容の言説について書いているが、とても最終回で終えるのは無理な内容なので、大幅加筆訂正し単行本化することになった。
 これについては、単行本を以て定本としたいと思うが、なんせ今、頭の中の4分の1くらいは世阿弥で占められている。私は中世文学が専門のはずだが、世阿弥や能というのは、いくら中世とはいえ芸能史や美学ともかかわる分野であるゆえ、本格的な研究はしたことがないのである。また、最近は近代における世阿弥や能の研究が加速度的に進んでいるため、私の書いているものなど「へ」のようなものであろうことは解っているのだが・・・。
 それにしても、勉強になる、世阿弥くん。能は見ているだけでは解らない、ように思う(もちろん見たほうがいいが、私はかつて『観世』という雑誌で一度も見たことがない「室君」の作品研究が当たってしまい、しょうがなく書いたことがある。後で能の研究者に聞いたら「私も見たことがない。だって昭和37年?くらいから演じられたことがないから」といわれた)。

 さて、このたび観世文庫・観世宗家主催の「観世アーカイブ」が公開され、あまりの便利さ、お得さに驚いたのでご報告する。フリーワードや書名などで検索でき、書誌と画像も出てくるのである。私がこれを本格的に使うことが頻繁にあるとは思えないが、非常に便利になりました。
 それを記念してか、東京大学駒場博物館で関連の展観が行われている。いつ顔を出そうか、体力と相談している最中である。なお、詳細は各サイトに依られたいが、無料ギャラリートークが毎週土曜日に行われていて、14:00に入り口付近にいれば聴けるという。もう終わってしまったものもあるが、これからの予定は、

10月31日(土)磯田道史氏(茨城大学)お殿様の研究の方ですね。
11月7日(土)落合博志氏(国文学研究資料館)研究上は何を聞いてもすぐに明快回答の方です。
11月14日(土)横山太郎氏(跡見学園女子大学)能の近代受容史の論文で、お世話になってます。
11月21日(土)小川剛生氏(慶應義塾大学)武家と和歌、二条良基等、この人も何でも知ってる方です。

となっている。どなたのところに出没しようか、と迷っております。
 やかましい私が来たらおそらく迷惑だと思われるだろうから、変装してゆこうかな。

少年A?

2009年10月27日 | Weblog
ニュース速報です。

本日午後8時すぎ、京都市某区某町○ー○、田中貴子さん宅で、ストッキング様の

もので顔を包んだ少年が夕食中の田中さんの食卓に上がり込み、「新鮮真鯛の刺身

特価480円おひとりさま用」のタイ刺身を無断で舐めた、と通報がありました。

田中さん宅にはくりこさん(14)も同居していましたが、タイ刺身はくりこさんの

好物であり、ふだんはまずくりこさんにタイ片が与えられることになっていまし 

た。目の前でタイに文字通り「つばをつけられた」くりこさんは、呆然としたま

ま、「年寄りを敬わない若いもんが多くなった」と話しています。

その後の調べによりますと、少年は田中さん宅在住のきなこくん(1)と判明しまし

たので、田中さんは「私のしつけが悪かった。みなさんをお騒がせして申し訳あり

ません」という談話を発表しました。

なお、きなこくんがかぶっていたのはストッキングではなく、衣料が入っていた透

明な袋であることがわかっています。きなこくんは「とくに猫相を隠そうという意

図はなかった。単に遊んでいただけ」と説明しています。田中さんは「ストッキン

グをかぶる趣味がなくてよかった。健全な青少年に育ってほしい」とも話していま

す。

猫新聞ニュースがお送りしました。

くりこのぬくぬく生活

2009年10月26日 | Weblog
ちょっとピンぼけですが、くりこが大好きなオイルヒーターの隣の隙間にふかふか

の猫ベッドを入れてみると、とたんにくりこが入り浸り。

きなこは、見向きもしません(普段なら、くりネエが何かしたら自分も真似するく

せに・・・)。

くりこは顔が撮りにくいのですが、偶然上を向き、表情がよくわかる図になったの

で慌てて撮影したのですが、どうしてもボケますね。

二つの展覧会

2009年10月26日 | Weblog
 諸事のあいまをぬって、行ってきました「道教の美術」大阪市立美術館)と「日蓮と法華の名宝」(京博)。
 前者は、東京でやったときより出品数が多かったらしく、非常にボリュームある図録でした。しかし、10月8日まで出品というのが多く、展示替えのため、後半は今一つの感あり。また、知っている資料がかなりあり、それを「これは実は道教のものですよ」といって読み替えたものが多かったように思いました。「走り大黒」もその一つ。そう、奈良博で「げんきのでるぶつぞう」のキャラクターとして知られる、奇妙な像です。本当に道教といってよいのか、また、日本において、道教がそれほど「純粋に」単立しているものなのか、やや問題に思いました。鎮宅霊符神もいくつか出ていましたが、これも前は陰陽道の関係といわれていたはずです。そのへんが苦しいものの、これほどの展示は今後あまりないと思われます。東京で見た方は、大阪の図録のほうが内容豊富なので、ぜひ入手されたらよいでしょう。
 後者は、某氏のおはからいにて解説つきでゆっくり拝見させていただきました。こういうとき、厚かましく顔を出して、「これは○○ですか?」などと聞いて回るのがおばちゃんになった証拠でしょうかね。「日蓮と法華の秘宝」と言い違えて、「秘宝館と違うで」とたしなめられたこと多々。「国際秘宝館」というあやしげな展示が、伊勢などにありましたが・・・。
 京博の某氏が教えてくださったポイントがいくつかあり、『立正安国論』(おお、今、「あんこく」で変換したら「暗黒」が出たよ。なにやら日本の行く末を案じしているようなATOKであります)で、日蓮は「くに」を「くにがまえ」の中に「民」という字で書いているということが印象的でした。日蓮さんの筆は、それだけで辞書が作れるくらいのものですが、「くに」を「くにがまえ」に「王」と「民」で使い分けしているのでした。人民の、人民による法華経というような感じでしょうか。
 また、日蓮さんの木像彫刻では、「黒目が真ん中に寄っている」のが多いとのこと。ほぼ三等身の彫像もありましたが、かなりの割合で「目が寄って」います。団十郎のにらみみたいなもんですか?と聞くと、苦笑されたものの、ある種の威力や意欲の表象ではないかという某氏のお答えでした。日蓮さんの目は団十郎の家系に特徴的などんぐりまなこです、ほんと。
 日蓮宗(法華宗)は、明治時代を経た現在、ややとらえにくい印象がありますが、中世後期のとくにパトロンとなった有力な町衆が信仰した点において、また、貴顕にも浸透していた点において、もっと勉強すべきだと痛感しました。そして、吉田神道や禅宗との関わりも・・・。

 前日夜、NHK教育TVで、片岡仁左衛門の「一世一代」(もうやらないという)の「女殺油地獄」を、仁左衛門さんの解説つきで放映されていたのを見ました。数年前、海老蔵が(当時は新之助だったか)初めて与兵衛を演じたとき、あまりにひどくてショックを受けていたら、数日後に海老蔵が風呂場で足を切って、仁左衛門が代役に出ることになり、私は慌ててもう一回見に行きました。やはりこれは仁左衛門の当たり役。大阪生まれの男のいやらしさと粋さ、残酷さが見事だった記憶があります。仁左衛門ファンになって三十数年ですが、あのときの海老蔵のくどくてどんくさい与兵衛との対比を思い出しました。
 そして、あのときの海老蔵のどんぐりまなこが、日蓮さんそっくりだったのです・・・。
 なお、私の畏友である武田雅哉さんの新刊『中国乙類図像漫遊記』(大修館書店)には、チベットの高僧の絵に写楽の役者絵そっくりなものがあるとの記述があります。ご本にはその図も掲載されていますが、それが、どう見ても私には団十郎の系統の顔にしか見えないんであります。
 興味ある方はお確かめください。
 

微妙な距離感

2009年10月25日 | Weblog
写真は、新調した若草色のお布団カバー一式に変えたとたん、その上に座ったきな

こと、反対側でもぞもぞ居場所を確保しようとしているくりことの、近くて遠い距

離を撮ったものです。

布団カバーは新疆綿パイルといって、ふんわり暖か。よい肌触りですから、くり

こ、きなこともにずっと座っていたい・・・と思うはずなのです。

しかし、くりこのもぞもぞする音にわざと背を向けて、しかも耳と表情はしっかり

背後の気配に注意を向けているきなこは、「すべてはぼくのもの」と思っています

から、くりアネキが我が物顔に私の枕元を占拠するをよしとしないようです。

寒くなってゆく季節、今年もお布団攻防戦の序盤が始まったようです。

(ちなみに、くりこの隣に見えているのは、愛用のトーマスオイルヒーターです。

くりこはここの隙間に入って熟睡するのが大好きなのですが、どうやらきなこは暖

房器具にあまり関心を示さない様子。エキゾは秋冬でも暑がりなのでしょうか?)

*お仕事通信*
現在、大学は授業のみにしていただき、じょじょに校務に復帰することになっています。みなさま、ご迷惑をおかけしていますが、帰途の電車が座れるだけでずいぶん体が違います。しかし、週末は必ず一日、倒れ伏していますが。
さて、そんななか、青息吐息で書いたものが来月末までに公になります。

 1、佛教大学の『京都語文』(中世特集の由)に、死体と文学の論が載ります。
 説話文学会大会での発表の前半を原稿化したものです。

 2、勉誠出版の総合文芸誌『月光』第二号から、古典時評を連載します。

 3、橋本治氏の対談集に、「双調平家物語」について話したものを採録していた だけるようです。誤りは最小限直してありますが、なにぶん対談ですので、流れ
 は変わっていません。

 4、甲南大学の紀要(来年3月頃発行)に、『文学』に書いた小泉八雲とお化け の話の続編を掲載してもう予定です。こちらはろくろ首がテーマ。

きのこときなこはよく似てる

2009年10月25日 | Weblog
通販で、秋冬用の布団カバーなどを購入したら、早速きなこがダンボールにINしま

した。

箱男の再来であります。

きなこは秋を迎えてますますぷっくりしてきました。早朝、いろいろな方法で私を

起こします。ごはん、遊んで~、ママ寝坊、って感じ。くりこは私の枕元で「また

ガキンチョが騒いでるわ」という態度です。

私はしょうがなく起き出してしまいます。

きのこのおいしい秋ですが、きなこの胴体を触ると、まるで自然栽培のしいたけの

軸のようにこりこりしています。

一瞬、「マタンゴ」という恐ろしいきのこの小説(映画もあった)を想像してしま

いました。ああ、きのこのバターいためにレモンをしぼってお醤油を一滴落とした

ら、ワインにぴったりなんですが、さすがにきなこはきのこと違うしね。

君は絶対「マタンゴ」に変化しないように。

(上田早有里氏の『魚舟・獣舟』というSF小説集に入っている「くさびらの道」も

「マタンゴ」を思わせるきのこの近未来ホラーです。きのこ好きにはお奨め。なお

、私が以前、泉鏡花の茸好きについて書いたとき、どこで調べたのか、「きのこ学

会」のような会から会誌が送られてきました。それは、茸の生態から料理法、カワ

イイ茸のマスコットの作り方など、茸のすべてが網羅された不思議な雑誌でした。

道鏡のことを書いたとき、栃木県の「道鏡を守る会」から丁寧なお手紙と会誌が送

られてきましたが、色々な会があるものですね) 

まるまるぺたんこ協会会長の弁

2009年10月19日 | Weblog
 きなこです。

 ぼくが座っているのは、ママが放り出した、ゴールドのハンドバッグです。

 とっても座り心地がいいですが、最近は、ママのカバンの上に丸くなって座るの

が好みです。

 まるーく、まあるく、ぼくがまるまると、バッグはたちまちぺったんこになりま

す。ママは、ぼくの鼻をいつものように撫でて、「ああ、ぺったんこ・・・」と嘆

いていますが、バッグをしまわずに放置するママが悪いんです。

 だから今日も、ぼくはママによくわかる場所で、バッグに座るんです。

 ぺったんこは、世界を救うんだよ

きなこの裏ミシュラン「黒蜜きなこだんご」

2009年10月18日 | Weblog
 最近、私のマッサージチェアがお気に入りのきなこです。これは、ずっと前に医

療用控除を使って格安に入手したものですが、最近の機能の多さには負けてます。

まあ、背中の凝りくらいはとれるような気がする、程度。

 今は昼間のきなこのお気に入りです。

 さて、この姿、ナニカに似ている、と思ったら、私の大好物おやつ、美玉屋の

「黒蜜きなこだんご」そっくりではありませんか。

 この和菓子は、串を刺したお団子(というよりお餅?)に黒蜜をたっぷりかけ、

きなこがいやというほどまぶしてあるもので、本店(京都市の北のほう)だけでな

く、少量なら大丸や高島屋というデパートの地下に入荷するのです。それを狙うわ

け。あまりにきなこが大量なので、人前で食べると口のまわりが大変なことになり

ますが、お番茶を淹れて一人でゆっくりいただくのは格別。
 
 そのお菓子を並べてUPしようとしたのですが、きなこがきなこをなめようとする

のと、きなこがきなこの毛につくので(ややこしいな)、分離し、私が全部腹中に

納めましてございまする。

 京都へ来られたら、ミシュランなんか信じないで(「萩の井」と「千草」と「良

兆嵐山店」でしょ? 高くてもいい、人がいっぱいでもいいという方のみです

ね。私は両親が元気だった頃、三店とも行きましたし、よく行っていた店もありま

すが、先代が亡くなって感じが変わったりお高くとまるようになったところもあり

ます。ちなみに、ヤバイので店名は仮名にしました)、地元のおいしいもんを食べ

てほしいものです。たとえばおうどんなんて、讃岐系ではない細めの麺とお出汁の

ハーモニーがよいと思うのですが・・・。美玉屋のきなこだんご、超お勧めです

が、私の分は必ず残しておくよう、強く要望します。

最近のスクラップから

2009年10月18日 | Weblog
 私が新聞で見つけたヘンな記事、興味ある記事をスクラップし続けていることは、以前ここに書いたかもしれない。もちろん、研究に関するものもあるが、新聞では一般向けに面白くしてしまうので、業界内ではよく知られていたものが「新発見」みたいに書かれるとあほらしくなってしまう(K南女子大の源氏物語写本がそうでしたね)。それより、近代作家の意外な面がわかる新資料発見のほうが面白いし、それ以上に私が固執するのが白骨死体、ならびにばらばら死体の行方である。

 私が猫のトイレの塩梅のために朝日新聞をとっていることも書いたように思うが、朝日の社会面、いわゆる三面記事の下のほうを毎日見ていると、「○○港で人間の足が見つかった」とか「○○山で採掘中に女性の白骨死体を発見」といった小さい記事がよくある。これを、数日にわたって追ってゆくと、翌日には「人間の足」のほかに「両手」や「頭部」が見つかって遺体が揃ってゆくことがあるし、単なる「白骨死体」の身元が判明することもある。無事、遺体の身元がわかるとよかったと思うし、これで何らかの犯罪が浮かび上がると、それはそれで興味深いものとなる。

 さて、最近のスクラップから、二つの話題を。
 
 朝日新聞 2009年10月15日(木曜日)大阪版朝刊、国際面より

ドラキュラ 城追われる

 吸血鬼ドラキュラのモデルとなったルーマニアのプラド公の城、ブラン城が、現代風テーマパークに生まれ変わろうとしているらしい。ドラキュラグッズを売って15年の土産物店主・ビクトルさんも大弱り、だそうだ。
 あー、ここね、実は一昨年前の春に行こうと思って挫折した場所である。とっくの昔に観光地化していることは知っていたが、ルーマニアという旧東欧に行ってみたかったのと、かなり異色の教会群があるからである。あのときに行っておくべきだったか・・・。
 テーマパーク化の理由は、今年5月に管理権がプラド公の子孫に渡ったため。ドラキュラのイメージが悪いからと、脱ドラキュラ化をはかり、原作者ブラム・ストーカーの小説がいかに歴史的事実とかけ離れているかを理解させる展示にするらしい。
 子孫の気持ちはわかるが、ルーマニア観光のかなりの部分(というより、ほとんどの部分)がこのドラキュラ伝説に負っていることは間違いなかろう。子孫のハプスブルグ氏(ハプスブルグなのか)は「私の親類に夜空を飛び回る怪物はいない」と主張しているとあるが、城のガイドは「訪れる人の8割近くがドラキュラ伯爵とブラン城の関係に期待している」と話している。
 この金融危機の時代に、ドラキュラのいないトランシルバニアを訪れて、「事実とこんなに違う」という展示を見る観光客が、果たしているのだろうか? 「事実と違う」ことを資料を用いて明らかにするのは研究者の役目であるし、その成果を踏まえながら、国の観光局が動けばいいのではなかろうか。
 京都でも、「紫式部の墓」を私が「事実ではない」と否定して回っても、研究にはなるだろうが観光上の意味はないように思える。観光客には、むしろ「これは事実、絶対的事実である」などと吹聴せずに、伝説やそれを受け入れてきた人々の歴史について周知させるべきであると私は思う。ドラキュラならば、なぜ「吸血鬼」伝説と結びついたか、といったことを、世界史と伝承学の成果から解説すればよいのである。
 「事実」か「虚偽」かで争うのは、今ではあまりに無意味であり、無知なことであろう。まったくの「事実」など絶対わからないのだから。伝承に生きるドラキュラにとっては、伝説を「事実」と混同してしまったり、それを助長させて喜ぶ輩にのみ鉄槌を下せばいいのであり、「トランシルバニア」という地名にそこはかとない情調を感じてそこを訪れる人々の「期待」を壊すのは無粋であろう。
 だが、ドラキュラグッズなるものの写真が載っていたが、あまり品のあるものではないね。プラハに行ったら、ゴーレムグッズばかり売っているのと同じである(私は学生から「ゴーレムまんじゅう」を買ってきてほしいと頼まれたのだが、3月の寒い寒いカレル橋上には土産物屋すら出ていなかった)。
 ついでに書いておくと、イギリスのチャールズ皇太子も遠縁にあたるそうだ。ヨーロッパの貴族って、みんな親戚なのですね。



 同月同日 朝刊一面

出会い系 姿隠す業者

 PCや携帯電話のいわゆる「出会い系サイト」のかなりの業者が、所在地や業者名を曖昧にしており、中には所在地が寺と墓地というのもあったという。寺の関係者は「出会い系サイトなんて聞いたこともない」と驚いているらしい。
 出会い系サイトを見たこともなければ、もちろん利用したこともない私がなぜこれに興味を持ったかというと・・・それは「墓地」が所在地、というところである。とたんに、小松左京氏の短編を思い出したのだが、題名が出てこない。
 それは、ある男のもとに誰かわからないが女から電話がかかってくる、というもので、男は女に関心を惹かれて所在を探ると・・・電話線が墓場の下に伸びていた、というオチになる話である。当時は無骨な黒電話が主流であったから、余計気味が悪い話となっていた(黒電話って、何だか怖いでしょ?)。「怪奇大作戦」という子どもの頃見た円谷プロのTVドラマで、電話線を通じて殺人を行うというような犯罪者がおり、黒電話の受話器を持っていると死ぬ、というのがあったしね。
 
 で、こんな馬鹿な空想をしてしまった。

 あまり若くない男、一時の性愛を求めて出会い系サイト「幽愛くらぶ」に電話する。
ルルルルルルウ・・・
「・・・もしもし」(女の声。妙に力がない)
「あ、今から会えるかな? 良ければ援助で」と男。
「・・・いいわよ。でも、私、着替えないといけないし、お化粧もまだなの。少し時間ちょうだい」
「いいけど、君はいくつ? いや、落ち着いた声だからいいんだけど、ほら、最近は厳しいからね。それから、聞いてもいいかな、どんな感じのヒト?」
「・・・私は・・・二十五歳・・・(電話がやや遠いので男にはあまり聞こえない)だから、大丈夫。事務で・・・童顔っていわれてた・・・」
「アイドルではどんなヒトに似ているか、聞いていい?」
「・・・若・・あや・・・こ・・・に似ているっていわれたことがあるわ」
「ふーん、その人知らないな。グラビアとか出てる? まあいいや、じゃ、一時間後に待ち合わせにしようか。ぼくは三十九歳で(本当は四十二歳)、ちょっと細身だよ」
「・・・あなたのお部屋まで行くわ。どこに住んでいるの」
「えっ、(ホテル代が助かる、と男はせこく計算し)雑司ヶ谷だけど、君、近いの?」
「・・・私も、長いこと雑司ヶ谷よ・・・ずっと一人で・・・」
「近いねー。そうか、さみしくてかけちゃったんだ。じゃあ、鬼子母神横の橘アパートの102号室に来てくれる?」
「・・・行くわ。歩いて行けるもの」
男が、何か変なやりとりだと思いつつ、その童顔のOLに「援助」するための万札を数えていると、一時間もしないうちに、トントン、とかすかなノックの音がした。慌てて腰掛けていたベッドの乱れを直した男は、やや寂しくなった前髪を手で撫でつけながら、不用意にドアを開けた。すると。
 そこには、昔の若尾文子に似ていたかもしれない「女のからだのようなもの」が立っていた。唇に当たる部分に、真っ赤な紅がなすりつけてあった。

 あまりにお決まりの話であるが、現代の日本は火葬なのでこのようなことは起こりえない。しかし、この男が案外ネクロフィリアで、腐り果てた女を抱きしめ「よく来てくれたね」と言ったのなら、面白いかもしれません。「骨まで愛してあげるよ」なんてね。

 今日は秋晴れ。お洗濯日和。おじいさんは山へ、じゃなくて、くりこは私の寝室の窓辺でひなたぼっこ、きなこはマッサージチェアに陣取ってお昼寝中です。