夏への扉、再びーー日々の泡

甲南大学文学部教授、日本中世文学専攻、田中貴子です。ブログ再開しました。

きなこ日本文学全集 (第十七回配本)

2009年06月02日 | Weblog
 武田 泰淳 「ひかりごけ」

 
 私が羅臼を訪ねたとき、中学校の校長からベキン岬の人肉食事件のことを聞いた。難破船の乗組員が飢餓によって互いの肉を食べ合ったという事件であった。 

 寒さと餓えにたえられず、きなこはふりかえった。ふとそこに、「雪見だいふく 黒みつきなこ」の空箱がころがっていた。きなこ、きなこ・・・それは自分自身の名であった。きなこは誘われるように、その空き箱にわずかに残ったきなこを舐めた。一度舐めると、もう止まることはなかった。
 
 舐め終わったきなこの首のあたりから、みどり色をした光がぼうっと差していた。「ひかりきなこ」であった。


 カニバリズムならぬ、「共食い」の衝撃を描く不朽の名作が、今よみがえる。

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