leka

この世界のどこかに居る似た者達へ。

街のリズム。

2015-10-21 00:38:41 | 日記
十代の頃毎週末友達と渋谷や原宿へ行ってた。

渋谷は通るだけ。

そこから歩いて原宿へ行く。

渋谷から原宿方面へ歩いて行くと、竹下通りへ行く途中、原宿駅竹下口の目の前に白いテントが立ち並ぶ場所があった。

当時、そこは「テント村」と呼ばれていて無数のテントでは原宿土産のTシャツやキーホルダーの他に、ビョウのついたリストバンドや骸骨の指輪なんかが売っていた。

外国のバンドの缶バッヂやら、外国のバンドがプリントされた全てがバッタもんのTシャツなんかを髪の長いにーさん達が「いらっしゃーい。」とやる気があるんだか無いんだか分からない声を出して売ってたそこに、アタシら十代の女の子達は週末になると足を運んでた。

アタシ達は当時外国のバンドが好きで、アタシはそのテント村で買ったモトリークルーのトミーリーの写真を貼り付けただけのコンパクトミラーをずっと使ってた。何度もコピーしたであろうぼやけたトミーリーが貼り付けてあるそのミラーの中に、バイトのにーさんが好きな名前を彫ってくれる。アタシは何故か自分の名前とかじゃなく、「Tommyさん」と彫ってもらった。

アタシ達は好きなミュージシャンを”さん”づけで呼んでいた。

でも、ボンジョヴィは呼び捨てだったし、ヨーロッパは”ジョーイくん”であり、ハロウィンにいたっては「き助」呼ばわりする、おかしなティーンエイジャーだった。

毎週の様に通ううちにバイトのにーさん達に覚えられ、「こんにちはー。」なんて挨拶するようになった。

そのうちにーさんを好きになっちゃうコが出て来て、今日こそは話しかけるなどと言ってモジモジしながら金髪革パンにーさんに近寄り、「あの・・・。」なんて話しかけると、「はい?」と、にーさんは思いのほか優しい声で応えてくれた。

「あの・・・バンドとか・・・やってるんですか?」

どう見てもバンドマンな男には愚問であるし、爆笑ものの質問だ。

しかし、勇気を振り絞ってプルプルしながら十代の女の子が話しかける絵は何とも可愛らしかった。

「うん、やってるよ!」

にーさんは、ちびっこな友人の目線に合わせて少し膝を折って明るく応えてくれた。

その優しさに我らティーンエイジャーは震える程感激したものだった。




その頃からもう20年以上経つ。

テント村があった所にはビルが建った。

あんなに足げく通っていたのに、渋谷や原宿はアタシにとってこの世で最も苦手な場所になってしまった。

全ては音。

渋谷駅前は何故、あんなに沢山の音がなっているの?

色んな所から聞こえて来る違う音達が混ざり合ってもう、何がなんだか分からない。

気持ちが悪い。

原宿もテント村が無くなってからは行く理由が無くなってしまったし、いつか久しぶりに竹下通りを歩いた時、観光客ではない外国人が何人も立っていた事があった。いきなり声をかけて来て怖くなり、それ以来足が遠のいた。

十代だった頃の自分にとって、渋谷や原宿に響くリズムはワクワクしてドキドキして楽しませてくれた。

でも、時が経つにつれそのリズムは自分にどんどん合わなくなって行ってしまった。




こんなに高いビルは無かったしね・・・。

この間久々に行ったんです。

ここ何年かライブを観に行ったりはしてたけど、ゆっくり歩いたのなんて何十年かぶりだと思う。





なんかこう、おしゃれになったのかなぁ?随分と。

外国みたい。






横っちょの道を入って行ったらこんなカワイイお店。

ここはロンドンかな。

見てるだけで楽しいディスプレイ。


カワイイ雑貨が安く買える「フライングタイガー」も良かったです。



おお、前よりか歩きやすいかもしれない。





ハロウィン仕様のタワレコ。

前の場所にあった頃よく行って、ジャケット買いしたり・・・。

でも、今回はONE OK ROCKを買いました。

もうね、1階入ったらすぐにあった。

やっぱり注目度高いよね。

渋谷のタワレコでCD買うなんて、ホントに何十年ぶりなんだろう。

地元の方でも買えるんだけど、来たかった。

街のリズムを久々に感じてみたかった。

あの頃には感じられなかったリズムがある様な気がして、楽しかった。

新しい音楽に出逢えた事が、そう思わせてくれたのかも。

べビメタちゃんやワンオクに感謝です。









































































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