壮絶な光景だった。
犯行現場を目の当たりにした捜査員は、思わず目を伏せたと言う(写真1)
いったい誰がこんなことを…
事件は12月6日、木曜日の白昼に起きた。
部屋中の赤い海が、事の異様さを物語る(写真2)
壁に染み込んだ無数の手がたの謎。
いったいどんなメッセージが込められているのだろうか(写真3)
鑑識は目を皿のようにして、懸命に証拠を探した。
そばで起きていた異変に気がついたかのん(3)が現場を屋根から覗いた時には、犯人はすでに姿を消していたという(写真4)
何一つ目撃証言も出てこない状況に―
「このヤマは時間がかかる」
誰もがそう思い、事件が暗礁に乗り上げることを覚悟したその時だ。
意外なほどあっさりホシの面がわれた。
部屋に密かに取り付けられていた防犯カメラに、事の一部始終が映し出されていたのである。
これは建物の設計と施工を担当した、鈴木聖也氏の手柄と言ってよい。
捜査員は皆、その写真を見て息をのんだ。
顔にまでべっとり赤をつけた犯人の、うつろな目が中空をさ迷う(写真5)
「こいつが…」
理由なき犯行の幕切れは、あっけないものだった。
犯人は現場に戻る―
この通説を裏付けるようにえみり(2)は、現場近くをちょこちょこしているところを取り押さえられた。
まったく逃げる様子も見せず、しまじろうを片手にマラドーナの真似をしていたえみりは、顔だけではなく、手足も赤に染め、膝には使用済み紙パレットが付着していたという。
事件はあっけなく解決した。
そして捜査本部は解かれ、日常が戻った…
しかし、
本当に終わったのか…?
オレの胸に残るモヤモヤしたものが消えることはなかった。
今、この事件を振り返って思う。
衝動が抑えられずに犯行に及んだえみりだが、悪いのは買ったばかりの絵の具を、片っ端からすっからかんにしたことでも、ボディペインティングをしたことでもない。
ましてや、絵の具だらけの手足で、部屋中走り回ることなど大したことではないのだ。
一番の罪は、人を虜にするあどけない2才の笑顔だろう。
オレは、くゆらす煙草の煙りの向こうに、絵の具まみれの微笑みを見ていた。
「しぇんしぇ」と繰り返す幻は、きっと来週も、いや、この先もずっと理由なき犯行を繰り返すに違いない。
戦慄が、冷たい汗となって背中を走るのを覚えた。
「まさか…こわいのか?」
終わりなき戦いと、無意識にそれを楽しみにしている自分が…。
「いたちごっこ」
胸にモヤついたものは、そんなかわいらしい言葉の陰に隠された、不毛の戦いを示唆しているのかもしれない。
これは始まりにすぎない。
オレは幻を振り払うように煙草をもみ消した。
つづく
※この物語は殆どノンフィクションです。
つづきは次に起こるであろう大事件のあとに。
また、文中不適切な表現や偏りがありますことをお詫びいたします。