あすなろ健康院ブログ

あなたの心と身体の健康をずっと見守り続けている灯台でありたい…

母の夢

2010-10-22 00:32:48 | こころの詩
母の夢

10月21日は母の90歳の誕生日でした。
そんな母は3人の子供を産み育ててくれました。
僕は姉と妹に囲まれ、そして何不自由のない生活の中ですくすくと育っていきました。

いや2ヶ月ほど予定日より遅れて生まれた僕は体があまり丈夫ではなく、そしてまた
初めての男の子ということで大層大事にされ、また甘やかされて育ちました。
産まれる前後は母の方が食べられず体調を壊し、歯はすっかりなくなってしまいました。

そんな母のことも、その想いも知らず、大事にしてもらううちに次第にわがままとなり、不平を言い続け
いつしかただの困り者となっていきました。
食べるのもそうでした。好き嫌いが激しく、体も弱く、また大食漢の父に比べ食の細かった僕は、
いつも何かと気を遣わせてしまい両親=特に母を一層疲れさせていきました。

いつも当たり散らしたりしているうちに、母は自分を責め苦しませていきました。
僕は、さらに図に乗って、その母の想いの上にあぐらをかき、だらしなく大人へと向かっていったのでした。

そしていつしか僕は自分の世界を持つようになり、
みかん農家の跡取り…という立場を放り投げ上京してしまって今日に至る。

思い返せばほんのわずかだが身勝手な言い分はある。
大人になって随分経っても、「こんなに大事にされ甘やかされ続けてたら自分は駄目になってしまう」ということを…
そんなおばかな甘チャンの親不孝者が世に認められる訳もなく
でもしかし、自分としては若気の至りとはいえ、大志を抱いて飛び出した手前、帰るに帰れず、時間と年月だけが瞬く間に流れていきました。
気が付けば24年の歳月が過ぎていました。

「こんな放蕩息子を残し死ぬに死ねない…」
との声なき声も聞こえ、「親不孝したから長生き出来たんだ」と豪語して自分を擁護している己の醜さを想うにつけ
また何の苦労も知らず、自分一人で大きくなったようなでかい面して自分だけの世界に酔っているような情けなくいい歳なっても
それでも我が子のことを想い続けてくれている母に一体何の恩返しが出来るのだろう。

24年前、家を飛び出した時も
「30(歳)になってグレた」とぼやき?ながらも嫌みの一つも言わず、
独身だった東京での修業時代には、時折「ウナギデモ食え」と、広告紙の裏に走り書きした中に心付けが入っていたり、
また悩んでいるのではないかと感じた折には、戦国の武将・山中鹿之介の名言「願わくば我に七難八苦を与えたまえ」
と書いた手紙をくれたりしました。
そこまでしてずっと応援し続けてくれた母の夢とはいったいどんなものだったのだろう。


「ああ人生が二度あれば」などとは、まさかでも言えまい。
元気に天寿を全うしてほしいと願うばかりである。


生き過ぎて 我も寒いぞ 冬の蝿  母 千代

あなたは何を見たのですか?

2010-10-16 01:08:06 | 氣功
♬あなたは何を見たのですか?


そう医者は時として病気だけを見てしまう

そして私達氣功師はその人の心の内面を見て病の核心に迫る




★補足//教え子の奥様が検査を受けられたところ、肺に影があるということで
がんかも…と疑い、東京のさる有名病院へ行って診てもらったら
「ここはがん患者に特化した病院だから、こんな程度で来られても…」
と、けんもほろろに追い返された風になったそうだ。
でも場所が場所で心配だから、今度はだから虎ノ門病院に紹介状を掛かり付けの病院の医師に書いてもらったという。
何もないことを祈りたい。

我々氣功師は医者でもなんでもないので
ただひたすら「健康でいてほしい」「健康になってほしい」
と強く願うだけであるけれども
世間一般的な私達への評価は未知数ながら
急速に力をつけたことで理解も進み、今物凄い勢いで広がりを見せています。
今朝も遠距離からの問い合わせがあり、明日来られます。

良いもの・優れたものを手に入れるには
まず自分自身で確かめるしか方法がありません。
生涯付き合っていく自分の身体ともっと真剣に向き合ってほしいな…と心からそう想います。

何十年を隔てて
今すぐに治ることは至難の業と想っても
まず第一歩 きちんと踏み出そうではありませんか?
女性は生きることに一生懸命だから
自分を労るのもお上手です。

しかし身体に絶対的自信(過信)のある男性は怖い、50代まで待って、否、持ってくれません。
だから若いうちから手を打っておくのが賢明かと想われます。
男性の身体は本当に脆いです。


“清々しい今日のような青空をいつも見ていたい”

そんなあなたにお力添えをしてあげたいのです。





オカルト

2010-10-13 16:36:56 | 気功教室
久しぶりに本物氣功教室に参加しました。
私の師である松本先生が主催されています。
東京や埼玉は近場で、遠くは沖縄や北海道からもこの研修のためにはるばると来られます。

さて今回のテーマは
「オカルト」に振り回されない本物氣功を目指そう!(仮称)
ということで様々な角度から具体的な案件と問題点の洗い出しをされた。
他にも多岐にわたったが…

オカルト(occult)とは元来は「隠されたもの」という意味のラテン語に由来する表現であり、目で見たり、
触れて感じたりすることのできないことである…と辞書にはある。
なんかオカルトと聞くと
すごい!とか気持ち悪い…とか反応は様々になると想われます。
いわゆる超自然現象のことだが
それに附随した
パワーストーンやグッズやお札~健康食品などに振り回されていては人生を踏み誤りかねないので
自分のことは自分で自己完結精神を以て生きていきたいものですね。

大自然は様々な恩恵を与えてくれますが
人間はそれを手前勝手に歪めてしまう悪い生き物でもある。
大自然は大自然のままに
人間はもっと謙虚に生きるべきだと想われませんか?
そう「身一つで健康に」ね。

おっとこれは松本先生の専売特許でしたね。
失礼いたしました。





本物氣功教室に興味のある方は
下記ホームページでご確認下さい。
http://honmonokikou.com/index.php?sc
←こちら、あすなろ氣功センターからも行けます。

恩返し

2010-10-10 10:47:45 | こころの詩
みなさん
恩返し…と聞けばすぐに「鶴の恩返し」を思い出すかなぁ…
罠にかかって傷ついた鶴を救っ手くれたお礼に、娘の姿に変えた鶴が自分の羽を一本ずつ抜いて機を織り
美しい布に仕上げ、それを売ってもらうことで恩返しをする…

というようなお話でしたね。
このようなお話は各地にあるようですね。
今私達がよく目にして耳にしている大本は、戯曲作家の木下順二が1949年に発表した「夕鶴」という物語だそうです。

さてここでその「鶴の恩返し」を論評しようと言うのではない。
演劇で言う「プロローグ」(序章)かな?

概ね誰しも人に親切にしたり、可愛がったり、手をかけて育てたり…しますよね?
それに対して何かを期待したり見返りを求めたり…って普通はします。
「します」って言う言葉に抵抗のある方は「少しはあるかな?」でもいいですよ。

さて物を作る時
例えば野菜や果物…これが家庭菜園ならば天災や害虫や害獣の被害に遭っても「仕方ないか」と諦めることも多い。
しかしことそれを職業にしている人々は死活問題であるから
諦めもつかなきゃ、また作るとスタートした時から、「より高値で売れるようにするにはどうすべきか」
を考え抜いて仕事をする。
見返りを期待するのは当然のことです。

一方で子供を育てる時はどうだろう。
「やっぱり期待する」というのはあるだろう。
でも「見返りを求める」のは少ないと想う。そうあってほしいとも想う。
そう「無償の愛」…

僕は幼少から虚弱体質で、両親には本当に心配をかけてすまなかったと想っている。
あっちの病院、こっちの病院、そして整骨院…と年中走り回ってもらった記憶が残っている。
でも両親から恩着せがましく言われたことは一度もない。
にもかかわらず一人で大きくなったような顔をして自立志向となり異次元にワープしてしまい親をほったらかしてしまった。
恩返しは「元気に精一杯生きている」だけかもしれない。


もう一つ
青春時代に愛した女性から言われた言葉
「愛とは尽くして忘れること」

これには参った。
その意味が今頃になって強烈に沁みて来ている。


恩返し
その想いの結晶が今回の「あすなろの詩」
     
       山里も
         ビルの谷間も色褪せず 
              心さらけ出して君想う  
                       としみつ

だったのかもしれません。
それがコメントを寄せてくださったCさんの一言
「想いが美しいですね。その想い方。
さらけ出すって、捧げるの最上級形のような感じかな。」
という言葉に凝縮されている気がします。

本当に救われた想いでした。

人間探訪編2 浅ましさ

2010-10-09 00:37:02 | 人間探訪
何でそんな事を

★1.ドリンクバーにて(氣功のお客様のつぶやきより)////
なんか若いおねーさんが二人
せっせと予め持って来ていたペットボトルに
そのジュースを詰め込んで平然としている姿…なーんも想わねーのかね?
そして席へ着くなり脚を広げてタバコをふかし、なんともみっともない格好だったとか。

そうそうジュース
ただの水…以上に「毒々しい水」
そんなもん飲んだら身体に悪いだけなのに…

それにもし買ったっていくらでもなかろうに…
また人からどう見られているかっていう意識すらないんだろうね。




★2.私の教え子のお店での出来事をぽつりと話してくれました。

やおらぐでんぐでんの酔っぱらいがやって来て
ビール一杯だけ注文して…「もう帰るから送ってくれ!」というのが頻繁にあるそうなんだそうです。

そのお店はとても良心的で、呑みに来られたお客様をお家までお送りされ
時には20kmでも30hmでも厚意でお送りしているようなんですが
それを逆手に取って、
そう完全なる『確信犯』!

「浅ましさ」の何物でもないと想うのですが
読者の皆様はいかがお想いでしょうか?


ひとこと
「哀れ」「心の貧しさ」
実に切ない。


でも
知らず知らず
みんな気づかずにごく小さなことをやっているかもしれないので気をつけたいですね。