主人公が古本屋で手にした菫色の本。
開いたページにはこの世のものとは到底思えぬ奇妙な文字。
その文字を持つ世界への誘惑に抗せず、主人公は街に彷徨い出てしまいます。
もうひとつの街
著者:ミハル・アイヴァス
訳者:阿部賢一
発行:河出書房新社
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もうひとつの街を探す彷徨、この旅は危険な冒険です。
もっとはっきり他の世界であるならばいっそこの妙な怖さを私は感じなかったと思います。
そこにあるのに見えていない世界はあまりに近い。
この境界のあいまいさ、地図のまだらさが、妙に怖いのです。
気づいたら、別の世界。
気づかなかったふりをしてくれればいいのに、普段の街の薄暗やみや陰をわざわざ覗き込むような主人公の行動力の熱っぽさも怖さの素。
本来であれば、この作品のように、今いる場所と重なり合うようにして存在する世界を垣間見る幻想的な作品は私の大好物のはずです。
それなのにホラーを読んでいるような気持ちになってしまったのは、とても視覚的な主人公の旅の画面の暗さのせいでしょうか。
ましてや、舞台は古都プラハ。普通の街なみだけでも絵になるのに、さらにそれを背景にして、全く異色の絵が描かれているのをみている気分です。
色合いは暗く、想像される手触りはぬるりと冷たいような。
夜の街路を泳ぐ鮫。
硝子の像の中の水棲の生き物たち。
獣に頭から喰らわれる男の絵。
蜜に体を浸す美少女たち。
しかも、この世界は越境者である主人公を拒みます。命まで狙ってくる。
それでも、先へ、あるいは奥へと進もうとする主人公は、私からすればもはや十二分に別の世界の人です。
境界にいることに飽き足らぬその時点で。
本のジャングルの手前で見送る図書館員の人と同じ気持ちで、主人公を見送ってしまいました。
どうしてそれほど…と思うのは、幻想小説を読む心構えではないでしょう。
異界も、異界を旅する人も、物語の中では珍しくはないのですから。
それでも、この作品が怖かったのは、幻想を生む本、または本という幻想にのめりこんだ者の最後の旅のように思えたからかもしれません。
だからあんなに怖かったんだわ。
この本,なんというか,全く理解できないのに,すごく印象的でした。
きしさんの書評を拝見して,すごくふに落ちた気がします。