随想録~つれづれなる一言日記⇒Part2はhttps://blog.goo.ne.jp/conny_mizukiにて

私こと瑞希祐作が、無秩序・無作為・無節操に自分の思いのままを書きつづってみました。楽しんでください!

Driver's License

2009-06-30 | ライフスタイル
 日本では免許が取れるのは18歳ですが、米国では州によってそれがまちまちだそうです。私のいる州も含めて、いくつかのところでは15歳で「Permission」(所謂学科試験を受けることができ、親同伴であれば運転ができる)が取れ、16歳で「License」の取得ができます。つまり、16歳になり、車があれば自分でどこにでも運転していけるわけです。もちろん学校にもです。

 確かに日本と比べれば公共輸送機関が全然充実していません。その為、どこに行くにも自力で行かなければならないのです。そういう意味では自動車は必要なものなのです。日本人感覚的に言えば、「そんな若いうちから取らせる必要がどうしてあるのか?」と思うでしょうが、こちらでは、取ってもらわないといつまで立っても親は子供のの「アッシー君」になってしまうのです。

 そういう意味では、日本と違って米国の免許事情は切実なものなのです。

 でも、日本と比べて街中に歩行者がいないわけですから、車対車とか自爆運転さえしなければ、あぶない目にもあわないのです。要は基本中の基本であるところの、安全確認をし、常に注意していれば、事故にあう確率は日本のそれと比べてかなり低いものなのです。

 うちの娘もついにそういう歳になってしまい、本人は今まさに取る気満々なのです。こちらでは車の免許を取るためのフォローも学校でやってくれたり、その為のお金もほとんどかからない状態です。それだけ生活するために必要な基盤だからという認識があるわけで、どちらかというと日本のような狭い国土で尚且つ自動車以外のインフラが充実されているようなところであれば、免許がなくても十分生活していけるわけですから、こちらの人からみれば、日本で運転免許を持ってたり、自動車を持っていることは贅沢以外の何者でもないのです。(但しこれは、都市部のことで、郊外に関してはこちらと同様なければ困るようなところはいっぱいありますが・・・。)

 まぁ、免許を取って車を運転すること自体、私は親として反対はしません。むしろ、安全に用心深く乗ってくれるのであれば、大歓迎なのです。なぜならそれによって子供の送り迎えはなくなるわけですし、逆に車の運転手としての戦力が増強されるわけです。旅行等で長距離を乗るのであれば、ドライバーは多いに越したことはありません。そう考えると、一刻も早く取ってもらいたいと思うこともあるわけです。

 ところが、上手い話だけではないのが世の常です。子供が運転免許を取ることは良いのですが、当然最初の頃はなかなかおぼつかないものがあります。危険度が増すわけであり、保険をちゃんとかけておかなければならないのです。しかしながら、この保険料というものが意外とこちらは高いのです。

 日本では対人無制限は当たり前です。オプションで車両保険もつきます。ところが、こちらでは対人無制限はありません。地区によってもちがいますが、まぁ30-50百万円程度が限度ではないでしょうか? 確かに車が直接ぶつかって他人を死に至らしめることがない限り、鹿とか動物を巻き込んだとしても、人様をそうするようなことはないのが実態です。また、車道が広いところでまともに車がぶつかってしまうようなことはありません。安全運転さえしていれば、大きな事故になる可能性がないわけです。だから保険金というものもそれほど高くはないわけです。

 ところが一方、そんなに多くもない保険金に対する保険料が高いのです。私の場合、最初はまぁ上記のような対人賠償額+車両保険等々で年間1,000ドル強が始まりだったのですが、年一回ペースでおまわりさんにお世話になった関係上、昨年はついに2倍強へと大幅アップになってしまいました。年俸増額ならうれしいのですが、保険料アップです。うれしくありません。それも事故は起こしてはいないのです。ただ、スピード違反をしたこと自体でアップしているのです。日本とはここの部分が違います。

 とはいえ、違反するほうが悪いんですけどね・・・。

 それで更に子供が運転することになればこれに対して更に1.5-2倍程度になるとのことです。これにはさすがに閉口してしまいそうです。とりあえず3年間無事故無違反であれば、元に戻るらしいのですが、私の場合、まだあと2年かかりそうです。

 とりあえず子供にはこっちで免許をとってもらえば、日本に帰ったときにそれがトランスファーされるわけで、教習場に行って30万円近くかかるものがただになるわけですから、何とか早くとってもらいたいなぁ、と思う反面、慣れるまではうちの細君のときのように、助手席に座ってはらはらどきどきしなければならないんでしょうね?

 大嫌いな飛行機と同じように・・・。

 誰もが一度は通る「経験」なので、仕方がないこととあきらめています・・・。

あ~、夏休み

2009-06-29 | 比較文化論
 子供達は既に長期の夏休みに突入しています。こちらの学校は8月の中旬から始まり、5月にはもう終わりになってしまいます。確かに学校のある期間は日本のような冬休みとか春休みというような2-3週間単位のブレイクはなく、だいたい同じような時期に1週間ほどのものしかありません。まぁ、勉強する間はじっくり勉強して夏休みなどはごっつりとろう! というのがこっちの考え方です。

 だから夏休みには「宿題」というものが一切ないんですよね? これは彼らにすればいいことですよね?

 とはいえ、夏休みの間ずっと家にいられては困るという両親の切ない気持ちから、子供達は現在サマースクールなるものに1ヶ月ほど出ています。これは小中学生からすれば、勉強というよりもスペシャルなお遊び要素満点の授業、高校生以降は補習や早期に学校を卒業したい子供達への特別授業的な役割を担っています。特に後者、大学では通常期間内に単位が取れなかった人に思し召しなる授業ということもあります。日本では4年次に規定単位を一つでも落とすと進級・卒業ができず、翌年もやらなければならないという厳しいものですが、米国の場合、「あとちょっと!」で落としてしまった場合は、「敗者復活」制度みたいなものがこれに当てはまります。

 現に私の知人も大学終了時に単位が足りず、一旦卒業できないにも関わらず卒業式に出て、その後サマースクールで単位をもらい、6月末に一人さびしく卒業していったという人があります。それでも翌年一年を棒に振るよりはまだましかもしれません。

 さて、そういう意味ではまだこのように学校に通っている子供さんもいるわけですから、本格的な夏休みは「独立記念日-July 4th-」以降というのが妥当でしょう。これを過ぎると、大人も子供ももうほとんど「Vacation Mode」です。毎年思うのですが、この時期から学校が始まる8月下旬まで、仕事と言う仕事は一切進みません。どこに電話しても、誰かが休暇をとっているものですから、何か会議しようとか交渉事は、その連絡がなかなか通じないことから遅々として進まないのです。これが困ったものです。

 日本の会社であれば、誰かいなくてもサブの人がフォローしてくれますが、こちらの場合は個人にその責任が任されているが故、その人が判断しなければ何も進まないのです。ましてそれが休暇となれば、普段の仕事から解放されるため、メールも電話もつながらないことがたびたびです。それなりに責任あるExecutive Classであればまだしも、一般のマネージャーなんかは、「神聖な休み」にわざわざ泥沼のような仕事をするはずもありません。またしてたとしても家族から総すかん! をされてしまうことは間違いありません。

 日本人は「職業病」というほど一生懸命仕事をします。で、休みや家族を犠牲にまでしてやっていることが果たしてよいことなのかどうかは私にはわかりません。とはいえ、米国人のようにプライベートを充実させるが故に、その間一切何も事が進まないというのも問題です。

 ちょうどいいのはその中間なんですが、そういう中途半端なことができる人間ってそうはいませんよね? 米国で丸4年過ぎるにあたり、どうやってこの「文化的違い」をうまくコーディネートしていくか? という点が難しいと思うことが多々あります。何かよい方法がありませんかねぇ?

 まぁ、とりあえず今週のJuly 4th 休暇でちょっと頭を休めてから考えましょうか・・・? と思う今日この頃です。

電話会議

2009-06-26 | 比較文化論
 米国に来てから未だになれないものがあります。それは電話会議です。日本人は会議と言えば、顔を突き合わせての直の打ち合わせを好みますが、こちらではもっと合理的に電話やTVを使った会議が頻繁にあります。たったわずかな時間のために遠いところまでやってきて打ち合わせをするよりは、頻繁に「文明の利器」を使って継続的にコミュニケーションを図っているほうがずっと効果的だというのかもしれません。それは確かに当たっています。そうすることによって、合理的に時間が使えるのです。

 しかしながら日本人にとって、TV会議はまだしも、電話会議というのはなかなかなじめません。というか、理解が非常に難しいのです。

 元来日本人は交渉に際して相手がどう考えているかを重視します。すなわち「相手の目を見る、行動を考える。」ことをしながら、出方をうかがいながら方向性を見出していく民族なのです。したがって、相手の具体的な表情も見えないままに話をすることには非常に抵抗があります。

 さらに日本語というのは、他のどの言語と比較しても非常に穏やかな、悪く言えばフラットな言語です。落ち着いて淡々としゃべることに美を見出している反面、なかなか容易に理解がしずらいところがあります。英語の場合、イントネーションやそのテンポによって、大よその意図がわかるかもしれません。ところが、日本語の場合、そういうことがつかみにくいのです。

 だから・・・、「阿吽の呼吸」とか「目は口ほどにものを言う」といった感じの言葉に代表されるように、その視覚的なものが、言語を補強しているのです。

 したがって、こういうすこぶるおとなしめの、落ち着いた民族からすれば、こういう電話会議たるものは苦手となって当たり前なのです。私もついこないだ満4周年を迎えましたが、未だにこの電話会議には慣れません。

 確かに皆さんは「ヒヤリング力を上げればそんなの目じゃないよ?」なことを言います。特に米国の駐在をしている人間に関しては、「そんなのわかって当たり前!」のような非常に高いハードルをいつも用意します。これが問題なのです・・・。

 駐在員だって人間です。わからないことはわからないのです。

 英語をしゃべる人間がみなきれいなEnglishをしゃべって容易に理解できるのであればよいのですが、元々この言葉は万国最大公約数的なものであり、要は「わかりゃいい!」程度のものなのです。そう考えると、誰もがお手本のような言語をしゃべるとは限りません。むしろ、自分よりも変な文法とアクセントを駆使したようなものでしゃべるかもしれないのです。

 まぁ、日本人の理解力には限界があるのですから、一番良い方法は、相手が何と言おうと最後に「これは・・・だっけ?」と言ってどこまでも確認することが必要なのです。相手が言った言わないということを気にしていたらだめなのです。とにかく「これは・・・なんだな?」としつこく聞き返すことが大事なのです。

 米国人は基本的に相手がわかるまで何度も説得するように躾られています。だから相手の言うことを鵜呑みにせず、常に確認をすることが大事なのです。

 昨日はこういう方針でやっていたものですから、30分くらいで終わることが1時間近くかかってしまいました。でもお互いに理解を共有できたので、それはそれでよいことだと思っています。

 とはいえ、やっぱり会議後は疲れましたねぇ・・・。いつも思うのですが、こういう時に同時通訳がいれば本当に楽なのに? という気持ちで心が満ち溢れます。

 皆さんは私に共感してくれますか??

「何かノリが悪い病」にかかっています・・・

2009-06-24 | とあるひと時
 何か最近また、「何もしたくない病」にかかっています。これは「怠け者病」というわけではなく、どちらかというと「何かノリが悪い病」というのに近いような気がします。

 こういうことって1年の間に良くあることですし、また長い人生の間に何度かは大きなタームで自分にめぐってくるものだと思います。以前にもこういうことはあったので、今回のはそれほど大きなものではないと感じているのですが、所謂「憂鬱病」とまで行きませんが、自分の中で何か釈然としないものを抱えながら長い時間いるのはあまり気持ちよいものではありません。

 「悶々としている!」といった感じなのです。

 この字を書くと変な意味に考える人もいるかもしれないですが、自分の欲望・欲求が満たされずにひたすら苦しんでいるという意味です。その欲望・欲求が人によっては「崇高」であったり「下世話」であったりといろいろな種類・レベルはあるのですが、「理想と現実」の狭間のなかでにっちもさっちも行っていないのがこの言葉の真理なのでしょう。

 確かにここ最近うまく行っていません。その最たる例がスケジュールの不順さです。どこに行っても何かトラブルが発生する。何とかそれをうまくつないで大怪我をするまでに至ってはいないのですが、あぶない綱渡りの繰り返しです。これがストレスとなって更なる「判断の悪さ」を引き起こしているような気がします。

 こういうときは何か気分転換をするほうがよいでしょうし、初心に帰って「初志貫徹」するのもいいかもしれません。はたまた、何も考えずある一定時間放置するとか、突拍子もないようなことをやってみるのもいいかもしれません。少なくともこのままじっとしていてはいけないような気がします。

 でもこういうのが続くとだんだん何をするにも億劫になるんですよね? 失敗が怖いから・・・。

 このブログを書いていても思うのですが、何か書こうとすると全て悪い方向のことばかり浮かんでくるのです。まさに今の経済状況と一緒です。

 ということで、今日全く関係ないのですが、Best Buyに行ってスピーカーを買って来ました。今までPC用のスピーカーを何個も買ってきたのですが、そのたびに子供や細君に最終的にはとられてしまい、今自分の机用と会社においておく奴が不足してしまったのです。いつもなら「無くてもいいや! もったいない!」とか言って買わないのですが、今日はこんな風にちょっと袋小路に入っていたものですから、ここでちょっと気分転換の意味で「え~い!」ばかりに買ってしまいました。久々に音楽を聴きながら仕事をするとなんだか少し落ち着いてきます。

 「人生なんて所詮山あり谷ありなんだから、苦労も逆境もポジティブに考えて行くほうが一番大事なことでしょう!」といういつも言っている言葉をもう一度思い出して、トライして頑張らねば・・・。

 何よりもまず、最近サボりがちなこのブログの更新をきちんと一日一回はやるようにします。それがこのスランプ脱出の意外な近道かもしれませんね! だめなら酒でも飲むか!

 皆さんからのお便りも募集しています。(笑)

初志貫徹

2009-06-22 | ちょっと変わったお話
 いやいや、先週末も結構えらい目にあいました。ニューヨークに行ってからというもの、もう思う通りに事が運ばないことこの上もありませんでした。

 まず朝、目覚めると前日飲んだお酒でHung Upしていました。まぁこれはいつものことなので良いのですが、外を見ると雨が降っています。できればチェックアウトする前にちょっと買い物に出かけたかったのですが、傘をもっていなかったのでしばらく様子を見ていました。ところが雨が止みません。そうしているうちに時間になってしまいました。私は仕方なく外にでました。

 その瞬間雨は土砂降りになってしまいました。あまりにも強いので、これは買い物にいくのはやめようかと思いました。いきなりくじけそうになったのです。でも昨日、とりあえずそうしようと心に決めていたので、頑張ることにしました。初志貫徹です。

 ホテルから出るに出られず入り口でうろうろしていると、そこに「マッチ売りの少女」ではなく、「傘売りのおじさん」がいました。仕方なく大きな傘を10ドルで買い、荷物を転がしながら雨の街へとでました。それがスタートでした。

 まず買い物をする為に6-7ブロックほど歩きました。ところが、雨が土砂降りでがらがらと引いている小型のスーツケースはやがて雨にぬれて重たくなってきます。更にさっき買ったばかりの傘もさすが「米国製」と言わんばかりに、雨漏りしてくるのです。

 それでもまずは買い物を済ませ、今度は昼飯へ。「吉野家の牛丼」へと向かいました。ところが相変わらずの雨、なので地下鉄で行こうとしました。ところが米国の地下鉄は「やさしく」はありません。エレベータがどこにあるわけでもなく、重たい荷物を抱えて階段を上ったり降りたりしなければなりません。「やっぱり牛丼は食べなくてもいいかなぁ?」とも思いました。でも乗り口を間違って降りては上り、上っては降りてを繰り返すうちに、雨は少し小止みになります。

 しかたないので、再度意を決して10分程度の道のりを歩くことにしました。これも初志貫徹です。

 何とか昼食を食べると、ちょうど打ち合わせに地下鉄で向かうには良い時間。で、一旦電車に乗ったのですが何か気持ちが悪くなってきました。ちょっとまずいなぁ、と思いつつ電車を降りて一休みしました。ところが、休んでいるうちに打ち合わせの時間が刻々と近づいてきます。仕方がないので、電波のつながる外に出て、遅れる旨の連絡をしました。ここでも荷物が重い・・・。

 時間に遅れるのは自分的に気まずかったのですが、体調は仕方がない。そのうちに良くなってきたので、30分遅れで何とか目的地につきました。

 ようやっと通常スケジュールに戻り、打ち合わせ開始。これでうまく転がり始めるかな? と思った瞬間に携帯に電話。航空会社から飛行機が遅れるとの連絡が・・・。2時間くらい遅れる連絡があり、これではもうその日中には帰ることはできません。いや、遅れるのはいいのですがふと頭をよぎったのは前の週のデンバーの出来事。遅れた上にキャンセルで、空港泊まりだけは避けたくなりました。

 昨日の段階で予感があったのです。もしそういう事態になったら、今夜は「お清めだ!」と決めていました。図らずもそうなってしまい、初志貫徹です。ということで、飛行機を翌日にずらし、ホテルを取り打ち合わせのお仲間と飲み会に突入してしまいました。(笑)で、結局朝の2時まで飲んでしまいました。

 最後のは果たして初志貫徹か意思貫徹かどうかは疑問でしたが、この一日、自分で最初に決めたことを貫き通したのです。

 さて翌朝、変更をかけた便が早かったので、とってもふらふらな状態でしたが何とか空港まで行って飛行機に乗りました。これが私の「初志貫徹」のツケです。でも飛行機に乗ってからこのふらふらさのおかげで、いつになく寝てしまい、結構揺れていたにも関わらずそんなに怖いことはありませんでした。

 やがて気がつくと空は真っ青で気持ちいいほど晴れていました。私のこれまでのトラブルもここでやっとすっきりしたように感じました。来週の出張は多分大丈夫でしょう!

イエローストーンツアー 2009-その1-

2009-06-20 | Travel
 5月の末からイエローストーンに行ってきました。まぁ、このブログでもその話は何度か出してきたので、ここで改めて言うほどのこともないのですが・・・。とりあえずまだまとめをしていなかったので、ここで重い腰を上げて報告をしようかと思います。

 意外なことにイエローストーンというのは、米国の中でもグランドキャニオンに匹敵するか、それ以上に人気のある国立公園のようです。(私が聞いたところによると、日本人はグランドキャニオン、米国人はイエローストーンといった感じですかね?) うちの連中もこのイエローストーンは昨年のツアーにと考えていたのですが、急遽カナディアンロッキーツアーに変更になってしまい、この旅行は一年遅れのものになってしまいました。

 当初うちの細君はHometownから車で行って、車で帰ってくるということを考えていました。イエローストーンまでの道中に。「マウントラッシュモア」「バッドランド」「デビルズタワー」等のいろいろな見所があったからです。ここを車で往復すると恐らく12日くらいは必要ではないか? と思えるような距離です。ところが、子供達のサマースクール、私の出張とかの要素が重なり、土日を入れたとしてもどうあがいても8泊9日が限界! ということになり、試行錯誤の末、行きは飛行機でアイダホフォールズまで行き、そこからレンタカーを借りて帰ってくるような計画になってしまいました。確かに車で行けば、かなり安かったのですが、如何せん米国旅行は金よりも時間がかかるものなのです。ということで、ツアーはスターとしました。

 まず初日は、私の大嫌いなデンバー経由でアイダホフォールズに入りました。ここはイエローストーンの南の玄関口であるジャクソンフォールから車で2時間ちょいのところです。正確にはイエローストーンの南にはグランドティトン国立公園が並立しており、今回もここを経由していく予定にしていました。当然のことながらデンバーではサンダーストームに襲われ、飛行機がぐらぐら揺れながら降りて、また上ってといった感じで、アイダホフォールズへ到着するともうくたくた。でも直ぐにレンタカーを借りに行きました。過去の「国立公園内のロッジではまともなものが食べられない!」という教訓からWal-Martで水と食料(カップめんのようなものとかチョコ・クッキー・パンのようなつまめるもの)を買い込みました。今回は小さめの折りたたみのできるクーラーボックスも持っていたので、ハムやチーズも買いました。クーラーボックスの中の保冷剤や氷をこまめに変えれば十分冷蔵庫的機能を果たすのはわかっていましたので、今回はこれを実践しました。あと、ハンバーガーショップとかで少々ケチャップやマヨネーズを拝借し、準備は完了! 一路ジャクソンフォールへと向かいました。

 ここで一つハプニングが発生しました。ご存知のとおり最近買ったナビゲーションシステム(カーナビをもじって「カナビン」を通称にしました)を使い目的地に向かったのですが、カナビンの示す方向がどうもあやしいのです。いや、あやしいというよりは、道が非常に険しそうな感じのものなのです。日中なら良いのですが、もう既に真っ暗になっています。都会ではありません。街頭もありません。そんな中、あぶなっかしい道を指し示すのです。近くて早いからです。でも、夜の未知な道ですから、何かあっても対応がむずかしくなります。それで、進路を変更しようとしたのですが、なかなかカナビンは言うことを聞いてくれないのです。すぐに引き返せ! とか、Uターンしろとか、ほぼ30分ちかくぐちゃぐちゃ言っていました。ようやくカナビンのお勧めルートと迂回路の残距離数が同じになると、少しはだまるようになりましたが・・・。そうして気を抜いたところに、今度は動く影が出たのです。幽霊ではありません。鹿さんでした。やっぱりこういう森林地帯ですし、まっくらなのでそりゃ出るのは予想していましたが、まさかこんなに早くでてくるとは思いませんでした。でも暗かったので、「あっーーー!」と言っているうちに通り越してしまいました。とはいえ、今回の旅でいろいろな動物たちに出会えるような予感がしました。

 ようやくジャクソンフォールに到着し、ここで一泊しました。

 翌日朝になると、ここが本当に大自然にあるのがよくわかりました。いやはや、氷河に覆われた山々と緑の森や草原、あふれんばかりのNatureがそこにはあるのです。グランドキャニオンのような「赤い」広大さでもなく、カナディアンロッキーのような「エメラルドグリーン」の鮮麗さでもありません。一面の若々しい「緑」が、その風景に命の息吹を与えているのです。躍動感を与えているのです。ということで、そういう景色に目を奪われつつ、一路グランドティトンに向かいました。

 グランドティトンは、どちらかと言えばモーレンレークの「テンピークス」とジャスパーの「マレイン湖」を合わせたような風景でした。ただそれがこじんまりしているのではなく、緑の大草原に広がっているのです。「雄大」という表現がぴったりだと思います。この地は映画「シェーン」でも舞台になったところです。確かに言われてみれば、映画とそっくりの風景が南側ゲートを入って直ぐの小さな教会(トランスフィギュレーション礼拝堂)のところにありました。写真で撮ってみると、バックの山々が青い空に映えて何ともいえないすばらしい「風景」になりました。ちなみに、「シェーン」は去っていった後に死んでしまったという「死亡説」があるのです。ご存知ですか?
 
 さて、インフォメーションセンターでいくつかのトレイルを紹介してもらいましたが、時間がなかったのでJenny LakeをわたったところにあるHidden FallsとInspiration Pointのみ見ることにしました。Lakeをボートで15分くらい行くともうそこは、グランドティトンの山々の麓です。そこから片道30分くらいのところに滝があるわけですが、いつものトレイルと違い少し起伏に富んでいました。おまけにもう6月だというのにまだ残雪があるのです。それも道の広範囲を覆っているところもありました。時々足をとられないように慎重に進んだので、そんなに距離はないのに意外と時間がかかったような感じでした。ようやく滝を見つけると結構落差があるのにびっくりしました。写真を何枚か撮ると、もう一つのInspiration Pointへと向かいました。看板にはこの先0.4マイルと書いてあり、そこからは完璧な山道です。傾斜もきついです。「でもまぁ近くだからいいや!」と思い上っていったものの、なかなかその場所につきません。ワインディングしている道を何度も切り返し登っていきました。20分くらい歩いたでしょうか? 0.4マイルなんてもんじゃありません。どう考えても1マイルはあったような気がしました。それでもようやくそこに辿り着くと、一面の展望が開けました。眼下にJenny Lakeが、そしてその向こうには森や草原そして山が果てしなく続いています。見渡す限りの絶景です。こういう風景は何時間見ていても飽きません。しばしそこで時を忘れて、自然の雄大さを堪能してしまいました。

 では、あの0.4マイルとはナンだったのでしょうか? もしかして直線距離だったのでしょうかねぇ?

 トレイルをこなした次は、動物探しです。とりあえず双眼鏡を片手に家族は動物をさがします。最初にでっかいものを見ました。バイソン君です。いや、その巨体は本当に大きいです。「車よりでかいんじゃないの?」といったような大きさで、あんなのにぶつかったらたまったもんじゃないと思いました。でもそれほどたくさんはいません。ところどころに1頭、また1頭とのんびりむしゃむしゃやっています。でもみんなから言わせると、もっとたくさん見えるはずだと言っていました。彼らはどこにいったのでしょうか?

 夕方ロッジにチェックインした後、そこの人に動物がたくさん出そうなポイントを聞き、出かけてみました。Snake River沿いのところだったのですが、動物は見当たりません。と、遥か遠いところにどうもムースかエルクのようなものが数引きでおっかけっこしているのはわかりました。でもたくさんいるはずの動物はどこにもいません。「がっかりだなぁ~!」と思った瞬間、細君の「あっ!」という声。向こう側の原っぱのところに何か動きがあったのです。いや、正確にはその原っぱにはたくさん石があるなぁ、と思っていたのですが、その石が動いているのです。そうです。たくさんの石と思っていたのが実はムースやエルクの集団だったのです。そういっているうちに日が傾きはじめるとそばの森から一匹二匹という単位ではなく、ぞくぞくと奴らが出てくるのです。「うわぁ~、あれ全部そうなんだ・・・。」と思った瞬間の驚きといったら表現ができません。ここれもまた自然がいかに大きいかを実感していました。

 夜中、細君にたたき起こされました。狼らしき声が聞こえました。ちょっと外に出てみるとそこには満天の星々がまたたいています。やはりこういう景色は空が澄んでいるところでないと見えるものではないですね・・・。日本では絶対あのきれいな天の川は見えないでしょう。

 そして、イエローストーンへと私たちは歩みを進めたのです。(-その2-へ続く)

Amtrack

2009-06-18 | Travel
 今週は東海岸の旅です。昨日ミシガンで仕事をし、今日はそこからからボストンに移動しました。お昼から打ち合わせをこなしたあと本当であればここにもう2日間ほど滞在し、カンファレンスに出ようと思ったのですが、急遽予定が変更となりニューヨークにいくことになりました。

 この数週間あちこちと米国を旅しているのですが、何か変なのです。異常気象というか何というか・・・。どこを飛んでいても揺れるのです。確かに機中から雲を見ていると揺れてもおかしくない雰囲気が多分にあります。でも2時間以上の長距離フライトを飛んでいれば、少しはまともな空間もあるわけで、飛行機嫌いな私でもいくらかの息継ぎはできるわけです。ところが、ここしばらくはどこにいっても揺れっぱなしなので、ほとほと参ってしまいました。

 そういうことも意識したのでしょうか? ニューヨークへの移動をどうしようか? と考えたときに、真っ先にレンタカーを考えました。飛行機を拒否したわけです。(笑)まぁ、ボストンーニューヨーク間は車で4時間くらいですから、空港までの移動+待ち時間+フライト+空港から目的地までの移動を考えれば、それほど時間的には違わないのです。で、直前にチケットを買うよりもレンタカーのほうが総合的に安いはず! との思惑からレンタカーを探したところ、予約がいっぱいでダメでした。

 確かに最近全米どこにいってもレンタカーがいっぱいで、空きの車は高いのです。タクシーの運転手さんとそんな話になったとき、彼曰く「それは一般のお客さんが車を買わずにレンタカーを利用しているんだよ!」とのこと。つまり、家に2台も3台も車を買う余裕がこの経済危機でなくなったので、そういう余分なものはレンタカーで済ましているということらしいのです。

 確かに彼の説明には一理あります。でもそれはそれでこちらとしては高いレンタカーを使わされるので、迷惑な話です。

 とにかくレンタカーはダメになりました。その時、ふと思い出したのがこのAmtrackなのです。まぁ、日本の特急電車みたいなものですね。全米にネットワークがあるのですが、如何せんこっちの人間は車で移動するのが普通なので、あまりこういう電車のようなものは使いません。だからそれほど乗り心地は良くないというのが定説です。私も何度かローカル線は乗ったことがありました。でもAmtrackは前に一度だけしかありません。それも1時間半? くらいの短い距離でした。「それならば、今回はトライすべき!」との判断から即切符を購入し、乗ることにしました。

 米国の駅は日本のように改札がありません。そのまま列車に乗り込むとやがて車掌さんがやってくるのです。席も日本のように指定席ではありません。したがって自分で勝手に好きなところにすわって車掌さんを待つのです。やってくるとチケットにはさみを入れ、紙のタグを座席の上におきます。これが検札した証拠なのです。今回は3時間の旅ということで、短縮前の東京―新大阪間のようなノリで乗っています。

 風景はやはり「米国」です。日本のように次から次へと景色が変わるようなドラマティックな展開はありません。ひたすら米国チックな光景が続きます。忘れたころに駅がやってきます。そんなのどかなものなのです。

 さて、乗り心地は? というと今回乗ったのは通常の2階建てのものではなく、新型車両だったので、非常に快適でした。どちらかというと在来線の特急電車と同じイメージですね。ただ細かいことを言うと、サスペンションが良くありませんし、座席もやっぱりちゃちいかな? というものです。日本のような「電車国家」と違い、そのレールの施設テクニックも、ルートも適当ですし、車体もお客さんのことを最大限には考えていないのでしょう。がたんがたんよく揺れます。そういう意味では、乗り心地は日本の新幹線のようなクオリティーを要求するのは難しいかもしれません。

 でも足が地面についている分だけ、私にはいつもとは格段に違う快適さがありました。たまにはこういう旅もありだな! と感じました。それに自分で運転しないのだから、あんまり贅沢は言えませんしね!

 今日は夜遅くにニューヨークに入り、また明日打ち合わせです。でも今晩ラーメンが食べられるかな? と思うとちょっとうれしいです。(笑)

星霜の 落つるが如く 蛍かな

2009-06-17 | ちょっと変わったお話
 一昨日のことでした。下の息子の日本語教室で「作文か詩か短歌か俳句を一人ひとつずつつくりましょう!」というのが宿題になり、その話をしていました。元来うちの娘と私はこういった文章を書いたり創作するのが比較的得意なのですが、うちの細君と息子はこういうことがからっきし苦手です。いつも作文を書かせると、たった原稿用紙2枚の作業が簡単に徹夜作業になってしまうから不思議です。確かに本を読んでいないことも原因にあるのですが、根本的に「文章を書く」というのが苦手なのです。

 で結局何を書くの? と聞いたところ、迷うことなく「俳句」という返事がありました。理由は案の定「字数が少ないから・・・。」とのこと。全くわかっちゃいないというのが実態です。字数が少なければ少ないほど、表現が難しくなるのがわかっていません! まぁ、文章を書くのが苦手なわけですから、少しでも字数を減らしたいのはわかりますけどね・・・。

 そこで娘と二人で、どんな俳句が作れるかな? とためしにいろいろと話をしてみました。最近ちょうど家の庭でも蛍が見え始めました。暗い夜になると、クリスマスのライトみたいにグリーンの蛍光色をいくつもちらつかせています。それがなかなか風情があっていいのですが・・・。で、そんなことを言っているうちに、一句ひらめきました。

 「星霜の 落つるが如く 蛍かな」 By Alford J. Claud

 自分では空からあまたの星が落ちてきて、それが蛍のあの光になったんだよ! ってな感じの意味で読んでみたのです。まぁ、だいたいにして文章自体がいつも乱雑な私ですから大したものが書けるわけでもありませんが・・・。でもこれを読んだときに違和感を少し感じていたのです。

 星霜というのは、本当の意味は「幾歳月」をあらわす言葉なのです。だから裏読みをすれば、幾歳月を経て燃え尽きた命が儚い蛍のようにきらめいているのだ! ともとれるのです。いや、実際自分は意識していなかったのかもしれませんが、何か人生の儚さをそのとき感じていたのかもしれません。そんな気持ちになったのも折りしもプロレスラーの三沢選手が急逝してしまったからかもしれません。意外なことかもしれませんが、私は結構昔はプロレスマニアだったのです。どちらかというとジャンボ鶴田派でした。技はジャンピングニーパッドしかないけど、王道のストロングスタイルを貫いたあの選手もまた、早世でしたね。そういう切なさが何となく胸の中にあって、そういう俳句が読めたのだと思いました。

 ところがです・・・。昨日の午後に突然メールが入りました。

 私が仕事でお世話になっているとある会社の人が、休みにテニスをやっている最中に突然心臓発作で意識を失い、そのまま帰らぬ人になってしまったのです。さすがにメールを見たとき、そして電話をして彼の同僚に話を聞いたときにはショックでした。だってこないだ、それも10日ほど前に一緒に元気にお酒をいっぱい飲んだ人ですよ! 一緒に仕事をばりばりやっていた人ですよ! なんでそんな死んでも死なないようなおじさんが簡単にコロッていってしまうのでしょうか? びっくりなんてものではなく、心の中にぽっかりと穴が開いてしまったようでした。

 その時感じたのです。この句はそういう何か、予知的なことがあったのかもしれない・・・と。

 まぁ、霊感的なことは非科学的かもしれませんが、私はこの拙い句ですが、彼に時世の句としてささげようと思いました。

 ご冥福を心からお祈りしたいと思います。

闖入者

2009-06-15 | 自然・動物関係
 久々の遅い休日の朝、この週末は半月ぶりくらいのゆっくりした日曜日でした。一昨日Hometownに戻ってきて、昨日は残務を家で片付けたりしてあまり余裕がなかったのです。やっとやるべきことをほぼ片付け終わったので、今日は自分が起きたくなるまでベットのなかでゆっくりとしていました。

 ここ最近日曜日の昼ごはんは私が作ることになっています。やっぱり週に1回くらいはおいしいスパゲティーが食べたいということもあり、自分で作るようにしています。旅行&出張とずっとでっぱなしだったので、自分の家の料理はとてもおいしく感じます。やはり「日本の家庭料理」は自分の家でないと食べれませんからね・・・。

 で、てばやくぱっぱと作って料理を食べた後、その事件は起こりました。細君が「岩が動いてる・・・。」という奇妙な言葉を発したのです。

 まぁ、本人も実際に岩が動いているとは思ってもいなかったわけで、何かの動物が庭先にちょろちょろしているとでも思ってたわけです。ところが、いつも見かけるウサギのポチやリス尾、鳥さん達とはかなり違う「異形の者」がそこにいたのです。

 その色、くすんだこげ茶色で、普段見るポチの3-4倍。見るからにビーバーのような小型の穴熊のような、はたまたオーストラリアのタスマニアデビルのような感じの物体が、のそりのそりと庭先の木の下を歩いているのです。いやはや、普段の来訪者から比べると大きさが桁違いなので、ちょっとびっくりといった感じなのです。

 「何だあれ?」と家族全員でやれ双眼鏡だ、カメラだと、ちょっとした騒ぎになりました。私の住んでいるところは、確かに住宅地は木々に囲まれたとはいえ、30万から50万人も住む大都市なのです。もう少し郊外にでれば鹿とかも出てくるのですが、まさかこんなところにうさぎやりすのような小型のものではなく、中型の哺乳類が出てくるとは思わなかったのです。

 結局うちの子供が調べたところ、「グランドフォグ」というものだということがわかりました。元来はきっと夜行性なのでしょうが、今日は時差ぼけでもしたのでしょうか? こんな昼間に堂々と姿を現しては、庭にある小さな花々をむしゃむしゃ食べていたのです。そのちょっと脇で、いつものポチも食べていたものですから、何とも異様な2SHOTになってしまいました。

 いやいや、こんな都会にいて自然が楽しめるというのはなかなかオツですが、ホークやふくろう、グランドフォグのような闖入者に時々出会うと、この街の自然の豊かさに感動してしまいます。いやぁ~、東京だったらこんなこと絶対にありえませんしね!

 ちょっとしたひと時でしたが、かなりうち的に盛り上がることのできた「闖入者」クンでした。これがイエローストーンとかの自然公園内でみるのであれば、「またか!」で片付けてしまうんでしょうけどね・・・。

 そういえば、そろそろ旅行記にも手をつけないといけないですね・・・。(笑) なかなかじっくり考える暇がなかったもので・・・。近日中にはアップデートしなければ、と考えています。

 今日はこれからひと雨来そうです。

私の嫌いなデンバー空港

2009-06-13 | Travel
 まさか前回の鉄板ネタの続編を書くことになろうとは思ってもいませんでした。あーいうことを書くと、やっぱりその後の反動が起こることってあるものなんですね・・・。前回よりもハードな事態があの後我々を待っていたのです。

 いろいろなことに関して人には「相性」というものが存在します。意識的か否か? 好きか嫌いか? 経験的、生理的に受けつける、受けつけない等さまざまな理由があるのかもしれませんが、往々にして、好き嫌いというものが存在するのです。何となくですが、ウマがあうというか上手くいくような相手・ものに関して「相性が良い」という言い方をしますよね? 恐らくしょっちゅう旅行をしている人であれば、飛行機とか空港・旅行先等でそういうことを感じる方も多いと思います。私の場合、「相性の悪い米国空港ベスト3」というのがあって、第一位がデンバーなのです。この空港を経由してろくな目にあったことはありません。ここはロッキーマウンテンを背後に背負っているものですから、そこに吹きつく風が異様に強く、私が行くときに限って大揺れするのです。ついこないだもイエローストーンに行く途中の経由地だったのですが、折りからのサンダーストームにたたられ、大揺れの状態でした。そんなに相性の悪いところだったら、わざわざ経由しなくてもいいのですが、時間の関係上そこしかなくしぶしぶ旅程に組み入れたのです。
 
 ちなみに第2位は、ロスアンジェルスで、ここではいつもホテルとかレンタカーへのアクセスで何故か何十分も待たされてしまうのです。第3位はペンシルベニアのとある小空港。私が全米中旅行をしていても、この空港だけはいつも“SSSS”をつけられて、厳重なチェックをされるのです。だから嫌いです!

 さて前に戻って、この旅程がやはり大失敗だったのです。悪天候のため最初のフライトが2時間近く遅れてデンバーについたのですが、経由便との間が2時間半くらいあったので、何とか接続には大丈夫な時間でした。さらに、デンバー空港自体がサンダーストームの影響で、全体的に飛行機の離発着が遅れていることもあり、「まぁ、乗り継ぎは大丈夫だろう!」と思っていたのです。飛行機から降りるや否や、掲示板で経由便を探したところ、午後9時半のフライトが朝1時半に変更されていました。朝にずれ込むほど遅れているのか? とびっくりしましたが、とりあえず翌日の予定には間に合うということで、お仲間さんとは「仕方ない!」とあきらめて晩御飯を食べながらゆっくり待つことにしたのです。(日本では深夜便は規制されているところが多いのでしょうが、恐らく全米、いや世界最大のデンバー空港はとても大きな空港です。四方八方に滑走路を有しており、都市からも離れています。だから一晩中飛行機を離発着させようが、文句はこないのでしょう?) 飛んでくれれば恩の字というのが、本音でしたね。

 ところがです。航空会社のラウンジを追い出され、ホットドック的な夕食とビールを飲んだあとまだ出発まで2時間近くありましたが、搭乗ゲートに行ったところ、そこにはあるはずの我々の乗るべき便の情報がありません。慌てて出発便の掲示板を見ると、そこからもいつの間にか削除されているのです。

 そうなのです。勝手にキャンセルされてしまったのです。

 そこからが大慌てです。航空会社のカスタマーサービスには長蛇の列。どう考えても2時間くらい軽くかかりそうです。一応ラインにならびましたが、「こんなのどうあがいても我慢できない!」ということになり、お仲間と携帯電話・iPhoneを使って、日本の航空会社・ネットでの情報収集に入りました。どたばたすること30分くらいして、日本を通じて我々の座席が、朝6時発の「臨時便」に自動的に振り返られていることがわかりました。それでその列は抜けたのですが、今度はその日に泊まるホテルを探さなければなりません。我々以外にも多くのお客さんがそこで足止めをされていましたので、近場のホテルは全部満杯でした。既にエージェントのお姉さんがオフィスにいる時間でもないし、全て自力でこなさなければなりません。私のiPhoneのバッテリーがこれまでの作業でかなり消耗しており、もうそれほど使えません。バッケージクレームにあるホテルに片っ端から電話をかけましたが、全部断られました。

 「困った・・・。」と思ったときに、妙案が浮かびました。もってきていたナビゲーションシステムを作動させ、そこからホテルリストを引き出しました。それとホテルのバッケージクレームにあるホテルを見比べ、そこに乗っていないホテルを探して電話しました。

 「部屋、空いてますよ・・・。」と簡単に予約が取れました。空港に案内のないホテルなら、もしかすると空室があるかも? と思って電話をかけてみたら案の定見つかったのです。いやいや、ラッキーでした。

 なにはともあれ、これで仮眠できる場所も見つかり転がり込みました。既に午前零時を過ぎており、朝一便で向かわなければならないことを考えると3時間くらいしか眠れません。でもそれでも飛行場で一晩明かすよりもずっとましです。我々はすぐさま眠りに落ち、翌日に備えました。

 その後無事に西海岸に辿り着き、予定を変更することなく無事に仕事は完了しました。でもさすがに体力的には今回の出張は厳しかったです。今家に帰ってきて、ちょっとへとへとになっています。

 やっぱりデンバーは、私にとって「鬼門」でした。これからはできるだけ近づかないようにしなければならないなぁ・・・、と思いました。でもそう言ってそうできるほど、私の出張スケジュールは甘いものではないんですけどね。

 皆さんも「相性」を感じることはありますか?