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 秋 田 奇 々 怪 会

心霊現象、死後の世界、臨死体験、輪廻転生、古代文明、オーパーツ、超常現象、UFO等不思議大好きの会です

      「奇 々 怪 会」 とは、どういう会なのか


昭和30年前後にイギリスのネス湖で恐竜ネッシーの存在が話題となり(湖面を泳ぐ姿が目撃され、写真に撮られたりした)、ヒマラヤで雪男の足跡が発見された等などが新聞やテレビで話題になりました。
こうした話題は昔から私達の興味を引く出来事だったようです。

いや、もっともっと旧くには・・・
秋田出身の国学者・平田篤胤は異界・幽冥の世界の有様をまとめて、1822年(文政5年)に『仙境異聞』を出版しています。
実は文政3年秋の末、篤胤45歳の頃、江戸で天狗小僧寅吉の出現が話題となっていたそうです。
寅吉は神仙界を訪れ、そこの住人たちから呪術の修行を受けて、帰ってきたというのです。
篤胤は、天狗小僧から聞き出した異界・幽冥の世界の有様をまとめて、出版したのが『仙境異聞』であります。これが当時大きな話題となったと伝えられています。
ことほど左様に”不思議な話”は、いつの時代でも人の興味を引き付けるのだと思われます。

心霊現象、死後の世界、臨死体験、輪廻転生、古代文明、オーパーツ、超常現象、UFO、UMA、ツチノコ・・・・・
身近では霊的な場所、遺跡、神社、お寺、巨木等なども私達の興味を引き付ける様です。


奇々怪会は、こうした事に興味を持つ人の集まりです。
新規の入会を希望する方は下記までご連絡ください。
メールアドレス arashigeru@yahoo.co.jp

狐に化かされた・・・甲府市の2

2020年08月15日 | 不思議
前回に続き”狐に化かされた”の甲府市の実例です。
この話が掲載されているのは甲府市のオフィシャルサイトです。つまり秋田市に置き換えてみれば市長が挨拶し、議会の報告があり、市からの広報が通知される「市の公的なネットのサイト」です。
ですから秋田市の同様のページには、こうした”くだけた”というか、市の運営とあまり関係のない話題は見かけないのではないでしょうか?
では第二話です。
(高畑一丁目 赤坂政義さんの話)
昔は高い建物もなく空気も澄んでいたから、まわりの山は近くに見えたものだ。夜もいくらか月があり空が明るい時は、山の尾根がはっきりとして墨絵のように美しく見えた。

ところが、空が一面に曇って今にも降りそうな時には山の形も何も見えない。近くの十燭か二十燭の電灯がポツンポツンと見えるだけだった。
そんな晩に限って、西の山の中腹に一連の灯がうす青い光を放って、横に動いてゆくように見える。その灯は、提灯の光のごとくポヤッとした灯で、まるで十人二十人が提灯を下げて歩いて行くように見える。
土地の人は、
「今夜は狐の嫁入りがあるぞ」
「今夜は提灯が多いから、きっと大きな嫁入りだぞ」
なぞと取さたしている。

昭和のはじめ頃、近所の青年団の度胸のいい若者がいた。仲間が四五人寄って狐の嫁入りの話がでていたとき、その若者は
「よし、俺が見届けてくらあ」
と皆の止めるのもきかず、小走りで飛びだしていった。
見送った仲間達は、心配そうに帰りを待った。
しかし、その日はかえらず、次の日の正午になってもかえらない。心配した青年団長は、二、三人の役員と一緒に若者を探しに向かった。

駅を過ぎて線路を渡りそろそろ坂にかかろうとしたとき、向こうの坂の方からグッタリした様子で降りてくる若者にであった。
顔や手足にひっかき傷を作り、着物もそこここがやぷれていた。
迎えに行った者達は、思わず駆けよって
「おい、どうしたんだ」
と声をかけると初めてこちらに気が付いて、ホットした表情でポツリポツリと話だした。

昨日、坂にかかる頃は、ちょうど日も暮れて暗くなる頃であった。
どこかに灯の気はないかと、坂を上の方へ上の方へと登って行った。
すると、前方にボウッと灯が見えてきた。それを目掛けて若者は、近くまで行って見極めようと細い坂を駆け上がった。狭い石ころ道で雑草もたくさん茂っていた。
ところが、いくら進んでも光に近付くことができない。夢中で駆け上がると光はまた離れていく。
光から目をはなさないように一生懸命追い掛けて溝に落ちたり、つる草に足を取られたり、くたくたに疲れた若者は、やがて草の上で眠ってしまった。いつ間たったか目が覚めたときは、太陽が真上に昇っていた。

あたりを見まわすと、そこは稲荷神社の裏だった。
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狐に化かされた・・・甲府市

2020年08月13日 | 不思議
前回の会報で黒沢さんが紹介した”狐に化かされた”話題の全国の事例を少しずつアップしているのですが、今回はなんと甲府市のれっきとした市のサイトに事例が載っているのです。
ですから全くのデタラメとは思えません。

(高畑一丁目 赤坂政義さんの話)
私の母方の伯父に勇さんという威勢のいい人がいた。体もがっしりしていて度胸もよく、明治の大水害のときに、消防団員として殉職したくらいだから責任感も強かった。

その伯父さんが家に帰る途中、荒川橋あたりにさしかかると、日が暮れ周囲は暗くなっていた。
すると、川の向こう側で賑やかなお祭りがあるらしく、たくさんの提灯が見えた。
伯父さんは、子ども達に何かみやげでも買っていってやろうと、その祭りの方へ歩いて行った。

ところが、いくら歩いてもお祭りのそぱに近付けない。ピイヒャラ ピイヒャラ ドドンコ ドドンコと笛や太鼓の音が聞こえ、お祭りはますます佳境にはいっている様子だ。
こんな馬鹿なことがあるものかと、またどんどん歩いて行くとガツンと頭に何かがあたり、そこへひっくり返ってしまった。

はっと我にかえってまわりを見渡すとそこは河原の中で、頭を打ったのは橋桁とわかった。
見渡せば祭りの気配などどこにもなく、遠くに鉄橋が黒々と見えるだけだった。
「あのときはピックリしたぞい、夜中の十二時頃来て、ぴしょぬれの着物を全部取り替えさせられたからなあ」
と後で母は、その時の様子を面白く話してくれた。
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狐に化かされた・・・・

2020年07月24日 | 不思議
会報115号の黒沢さんの記事から「狐に化かされた」事例を紹介していますが、今回もそのひとつです。
ちょっと長文ですが、山登りをしていた方の不思議な話しです。

今から30年以上前のことです。飯豊連峰の北端・朳差岳に初めて登った時、今でも忘れることができない奇妙な体験をしました。この時は、関川村大石ダムから西俣コースを経由して、山頂を目指しました。
 ダムの先、滝倉沢に架かる吊り橋の手前に車を置き、西俣川沿いに歩き始めたのが、午前六時でした。橋を渡って、間もなくすると、けもの道とまではいきませんが、頼りなげな踏み跡が細々と続く道となりました。右側に深い沢があって、道は沢に沿って、高巻きに登って行きます。さすが飯豊連峰の北の果ての奥深い山、朳差岳にふさわしく人跡稀な登山道なのだと、自分を納得させて進むのですが、道はますます険しく、細くなっていくので、いささか不安ではありました。しかし、まだ山に登り始めて、いくらも経たない頃だったからでしょうか、さしたる疑問も持たず、どんどん前に進んでいきました。
 そのうち、沢に下ると、道らしきものは消え、河原伝いに登るようになってきました。どれくらい沢を遡行したでしょうか、眼の前に大きなスノ―ブリッジが立ちはだかったのです。それを越えるには、流れに入って、雪のトンネルをくぐるか、それとも左右どちらかの岩の壁を登らなければなりませんでした。沢登りや岩登りの、道具も技術も持たない身にとって、これを越えるのはとうてい不可能でした。そして、うかつなことですが、ここまで来て初めて、道を間違えたことに気が付いたのでした。
 その日は、すばらしい快晴で、見上げると、沢の両側にそそり立つ岩壁の間から、初夏の紺碧の青空が切り取られたように輝いていました。
ここまで来ると、今日の朳差岳登頂は諦めるしかありません。しばらく元来た沢を下るうち、日も高くなって来たので、河原に腰を下ろし昼飯を食べることにしました。
 そして、一時間ほど休んでから、再び沢を下り始めました。満腹のせいか、何か地に足が着かない感じで、しばらく歩き続けたところで、はっと我に帰ったのです。まるで、夢から覚めたようでした。そして、それまでぼんやりしていたあたりの風景がはっきりと焦点を結んだのです。
 何と、沢を下っているつもりが、再び登っていたのです。一瞬、頭が混乱し、動悸が激しく打ちました。こんなバカなことがあるわけがないと、何度も記憶を呼び起こそうとしました。
 昼食を食べた後、間違いなく、沢の下流に向かって歩き始めたはずです。確かに、それほど傾斜は急ではなかったのですが、自分が、登っているか、下っているかの区別は付くだけの斜度はあったはずです。
 静まり返った渓谷の底で、恐怖がじわりと湧いてくるのを感じました。この谷には得体のしれない何かが存在していて、それが自分に強く働きかけてくるように感じたのです。このままでいると、その力によって、この谷から抜け出せなくなってしまうような恐ろしさに駆られ、逃げるように、夢中で沢を下りました。そして、何とか車のとめてある登山口に辿りついた時は、ほっと胸をなでおろしたものです。
 ところが、車のエンジンを掛けようとしたら、始動しません。バッテリーがあがっていたのです。ここに来る途中に、トンネルがあって、そこでライトを点灯しましたが、抜けた後に確かに消したはずです。
 この時間、こんな場所には金輪際人など来ないだろうと、途方にくれたものでした。近くに県外ナンバーの車が一台とまっていましたが、山登りの人だとしたら、夕方か明日にでもならないと帰ってこないだろうと思いました。当時は携帯などないので、麓の集落まで歩いて、助けを求めるしかない。それにしても、今日は何という日だ、と落ち込んでいると、ダム湖の方から二人の男性が登って来ました。二人は、渓流釣りの人らしく、近くにとめてあった車に近づいてきました。
 二人に事情を話したところ、トランクから、ケーブルを取りだして、手慣れた手つきで、二台の車のバッテリーをつないで、見事エンジンを掛けてくれました。お陰で、その日の早い時間に無事帰宅できたのでした。
 こんなふうにして、初めての朳差岳への挑戦はあえなく、失敗に帰しました。
 朳差岳にはその年の九月に、同じコースを登り、無事山頂まで登りました。前回間違えた個所に来たところ、広いはっきりした正しい登山道が左の方についていました。右のけもの道のようなところに、どうして入って行ってしまったのか、どう考えても分かりませんでした。
 後日、ある人にこの話をしたら、それは狐に化かされたんだよ、といわれました。あの時の不思議な体験と感覚を思い起こすと、それは妙に説得力のある解釈だと感じたものでした。
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何時間も浮遊する「謎の白い物体」宮城県

2020年06月18日 | 不思議
昨日、宮城県の空に「謎の白い物体」が浮かんでいて正体が分からないというニュースが飛び込んできた。
今現在も正体が分かったとの続報がないので謎のままだと思われるのだが、ドローンを飛ばすとか、場合によってヘリコプターで近付いて調べるとか出来そうに思うのだが、どんなもんなのだろう・・・・・・

今日17日(水)の明け方から、宮城県や福島県の周辺では「ずっと空に浮かんだままの風船のような白い物体」が目撃されています。

ウェザーニュースにも約50件の目撃報告が寄せられていて、「西風に乗って少しずつ東に移動している」「雲に隠れたようなので、雲よりも高い所にあるようだ」との情報もあります。
また、昨日の夕方には岩手県内でもこれと似た物体が目撃されていて、半日以上も東北地方上空を浮遊している可能性があります。

目撃された白い物体は、気象庁が大気観測に用いるラジオゾンデを取り付けた気象観測用気球にも似ていますが、通常の気象観測用気球の飛揚時間は1時間半程度で、この物体のように何時間も空中に留まることはありません。
熱気球などの飛行時に発行される航空機向けの障害物情報も出ておらず、その正体はウェザーニュースも把握出来ていません。いったい何者なのでしょう…。

また、この物体の浮遊している高度がわからないため大きさも不明ですが、上空高い所ほど強い西風が吹いているため、半日も本州上空に留まっていることも少し不思議に思われます。

(追記)巡航している旅客機からも上方向に見えたとの目撃情報があるため、成層圏を浮遊している可能性も考えられます。もしそうだとすると、かなり大型の物体と考えられるものの、広範囲から見られたことは納得ができます。
みなさんも空を見上げると、何か面白いものが見られるかもしれません。今日の青空を楽しんでみてはいかがでしょうか。
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ムー公式サイト 中々面白そうだ・・・・・

2020年02月16日 | 不思議
前にご紹介したムー公式サイト、中を覗いてみたのですが結構面白そうだ。
しかし、中身を全部読むのは有料です。

例えばこれ・・・・「前世は「バイク事故で亡くなった高校生」! 転生前の記憶を持つ少年」
それは、ほんの雑談から始まった驚くべき話だった。私は写真家で、一般の女性を被写体にポートレート撮影をしている。この日は都内某所で、福岡からやってきた野村知恵さんを撮影した帰りだった。駅へと向かう道すがら、彼女はふと自分の息子、咲太郎君(現在7歳)の話を始めたのだった。
「うちの息子、自分のことを『咲ちゃん』って呼ぶんですけど、『前の咲ちゃんは、バイクに乗っとって死んだんよ』とかいうんですよね」
 びっくりしてしまった。それはつまり前世記憶ではないか。この世に輪廻転生があることを示す重大証言である。しかも知恵さんは、まるで世間話のように話している。私が前のめりになって聞いていると、「そんなにおもしろいですか?」と意外そうだ。私はより詳しく話を聞くため、後日改めて知恵さんに取材を申し込んだ。

咲太郎君が最初に前世の話を始めたのは3〜4歳のころ。寝かしつけるため布団に入り、部屋を暗くしながら知恵さんが話しかけていると、「今のお母さんの声、あんまりかわいくないよね」と、唐突に話しはじめたという。
 自分のことをいわれたと思った知恵さんは「私ふけた?」と聞いたが、「ちがうちがう。咲ちゃんが前の咲ちゃんだったときのお母さん」という。さらに、「今度の咲ちゃんはバイクに乗らん」と続けた。最初はの話かわからなかった知恵さんだが、その後も、必ず夜の寝入りそうなときに同じ話をするようになり、知恵さんは聞き役に徹した。
「もう寝ようかっていうときに、そういうモードに入っちゃうようで、ふっと思い出したように話すんです」
 おもしろいのは、前世のことを話すには体力を使うらしいということだ。知恵さんが続きを聞きたくても、「このお話はもうおしまい」といって、コトンと眠りに落ちてしまうという。


ここまではサイトで読める、この先は有料で登録していないと読めない。
ウェブマガジン ムーCLUBで月900円だそうだ、中々上手い商売だな~。
*勿論、上記の記事だけでなくサイトの記事全部が購読できるようです。
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人影のない中学校で撮影されたポルターガイスト現象

2019年05月19日 | 不思議
恐怖のポルターガイスト映像が撮影されたのは、アイルランド・コークのディーパーク・スクール。同校は1828年に建造された歴史のある学校で、これまでにも多くの心霊現象が報告されているという。英紙「Daily Mail」などによると、問題の映像が撮影されたのは今月1日の午前3時。校舎内に設置されているモーションセンサーカメラが作動し、撮影されたとのことだ。
映像を見てみると、人影のない真っ暗な廊下で、ひとりでにドアが勢いよく開閉し、地震でもないのに1つのロッカーが前後に猛烈に揺れ、直後には清掃用の立て看板もまるで誰かに蹴られたかのように飛ばされてしまう非現実的な光景が収められている。

バリー校長によると、今回ポルターガイスト現象が起こった場所では以前から奇妙な現象が報告されており、この場所を通った人々が揃って“寒気”を感じたり、ある教師が連れてきた飼い犬がこの場所だけは頑なに通ろうとしなかったこともあったという。

Ghost caught on camera?
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交通事故の現場で撮影された“被害者の魂”

2019年05月17日 | 不思議
2016年7月14日付の英紙「Daily Mail」が、交通事故現場で「人間の魂が抜け出る瞬間」が撮影されたと報じられ話題を呼んでいる。
この写真は、7月12日午後6時30分ごろ米ケンタッキー州の東部に位置するバート・T・コームズ・マウンテン・パークウェイで偶然撮影されたものだ。

写真中央部に集まっている人々の上空に、人の形をした「白いもや」のようなものが確認できる。この靄の真下には被害者がいるはずであるから、偶然「白いもや」がかかったというには、あまりにもタイミングがよすぎる。もし、これが「魂」だとしたら、事故の被害者はこの時に亡くなってしまったのだろうか……?
被害者の名前は不明のままであるが、救急隊員によると病院に運ばれた後に死亡したそうである。もしかしたら、「魂」らしきものが撮影された時点では、まだ被害者に蘇生するチャンスがあったのかもしれない。
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死者の顔が浮かび上がる石碑

2019年05月15日 | 不思議
茨城県守谷市の中心部からクルマを走らせること約15分。農家の古びた木造家屋や昭和40年代くらいに造られた建物が立ち並ぶ住宅地の狭間に“いわくつきの石碑”がある。この石碑は、<死者の顔が浮かび上がる石碑>と呼ばれている。

今から20年以上も前のこと、この石碑の表面に人の顔が浮かぶようになった。長い髪をしている小さな女の子、30代半ばくらいの女性、ゲッソリとした男性……。これまでに日本全国で確認されている心霊現象では、ある特定の人物の顔が浮かび上がるものがその多数を占めていたが、この石碑は、そのような例には当てはまらない。様々な人物の顔が浮かび上がるのだ。

この石碑がいつ頃造られたものかは、分かっていない。石碑には、成田不動明王が刻まれているが、作者すら分からない。もしかすると、古井戸に落ちて亡くなった女の子や牛乳瓶を持った小学校3年生くらいの男の子は、何かを訴えようとして、この世に姿を現しているのかも知れない。

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藤子不二雄(A)さん 自覚症状なく大腸がん「これで終わりなのか」…夢で亡き漫画家仲間が手招き

2019年02月11日 | 不思議
[一病息災]漫画家 藤子不二雄(A)さん(84)
 高校時代に、今は亡き藤子・F・不二雄氏とのコンビでデビュー。「オバケのQ太郎」「忍者ハットリくん」「怪物くん」「まんが道」……。世に出した漫画はどれも、幅広い年齢層に愛読されている。アニメの「笑ゥせぇるすまん」(原作は「黒ィせぇるすまん」)は、笑みを浮かべた黒服のセールスマンの喪黒福造が、現代人の欲望や心の渇きをあぶり出す名作だ。


酒と酒場での出会いを愛してきた。
 担当編集者を連れて居酒屋やバーをはしごし、夜明け前まで。そんな日々を長年続けていても、健康診断の結果はいつも異常なし。「編集者が体を壊しても、藤子さんは元気」と周囲が驚くほどの病気知らずだった。

 富山県氷見市の禅寺で生まれた。幼い頃から肉や魚は食べず、食事は野菜や海藻が中心。「元気でいられるのも、この食生活のおかげだ」と信じてきた。

 その健康への自信が揺らいだのは、2012年の終わり頃。右腕の皮膚疾患を治療してくれたなじみの医師に、がん検診を勧められた。陽電子放射断層撮影(PET)を受けると、おなかの付近に黒い影が見つかった。大腸がんだった。

 自覚症状が全くなかっただけに、予想もしておらず、ショックは大きかった。

 「目の前が真っ黒けです。これで終わりなのかなと思いました」

自覚症状なく大腸がん「これで終わりなのか」…夢で亡き漫画家仲間が手招き

さんずの川?ICUで夢
 がんは、おなかの右下の上行結腸にできていた。幸い早期だったが、内視鏡治療では、がん全部を取り切るのは難しいとみられた。通常の開腹手術よりも負担が少ない腹腔(ふくくう)鏡手術をすることになった。

 2013年3月中旬、東京都内の大学病院に入院した。当時は自伝的作品「まんが道」の青春編「愛…しりそめし頃に…」を雑誌に連載中。手術前日に病室で最終回となる原稿をチェックした。「万が一にも途中で切れることは避けたかった。ホッとしました」
 手術当日。おなかに開けた数か所の穴にメスなどを挿入し、内部をモニターで確認しながら進める。4時間の手術で2センチ近くあるがんを取り切った。

 容体の急変に備えて集中治療室(ICU)で過ごしている時、不思議な夢をみた。巨大なソーセージを食べるように迫ってくる外国人兵。そして、橋の架かった小川の対岸のアパートから手招きをする、亡くなったはずの漫画家仲間たち……。「橋を渡ろうとしていた。あれは、さんずの川だったかもしれない」

 夢をみている間、ベッドの上で大声をあげたり、点滴の管を引き抜こうとしたりしていたようだった。
 ICUに入った患者には、手術や緊急入院後のストレスで、幻覚や錯乱などの症状をみせるケースがあるという。
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後頭部にもうひとつの口!驚愕のピューマみつかる!

2019年02月09日 | 不思議
後頭部にもうひとつの口!驚愕のピューマみつかる!


(CNN) 米アイダホ州のユタ州境近くで最近殺されたピューマの頭部に、もうひとつの口があり、歯やひげが完全な形で発達していたことが分かって注目を集めている。

州魚類鳥獣当局者らによると、南部プレストン近郊で犬を襲った雄のピューマをハンターが追跡し、州境近くで射殺した。

死骸(しがい)を調べたところ、本来の口以外に頭の上にも歯が生えていたという。州当局が7日、写真を公開した。

当局者らは「このような例は見たことがない」と話している。

原因として考えられるのは、「結合双生児」の一方が母親の子宮の中で死んでしまい、もう一方の胎児に吸収されたケース。あるいは、異常な組織構造を持つ「テラトーマ(奇形腫)」という腫瘍(しゅよう)だった可能性もある。

アイダホ州にはピューマが数多く生息し、狩猟は合法とされている。ピューマは普段、シカなどの野生動物を食べているが、ペットや家畜を襲うこともある。
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