Harvard Square Journal ~ ボストンの大学街で考えるあれこれ

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小説師匠でピューリッツアー賞作家ジュノ・ディアスとハーバードで対談

2012-04-25 | Harvard-Nieman
「挑発的で、人の心を深く見透かし、落ち着かなくさせつつも、それらを全く別の次元に昇華させ、豊かで洗練された美しい表現で物語を紡ぎ出し、人の心を深くゆさぶる才能」



今日の夕方、ハーバードで、作家のジュノ・ディアスと対談をしました。

ジュノはデビュー作の短編集が高く評価され、「オスカー・ワオの凄まじい人生」で2008年のピューリッツアーを受賞。(ちなみに米国版はこちら。日本版の表紙とはかなり違った印象)本は100万部を越える大ベストセラーとなり、その豊かな表現力から、現代を代表する作家として注目されている。現在、高級誌「ニューヨーカー」に連載を持ち、この9月には、新作も出版される。

まぁ、世間的に言えば、有名作家でもあるのですが、私にとっては小説の師匠。
幸運なことに、去年の秋、彼の授業を取ることができ、人生初めての小説も書き、先日、朗読会でその小説の一部を朗読する機会にも恵まれました。

とは言え、対談の話しが来たときはびびりました。
ジュノは、剽軽者でもあるのですが、ナイフのようなシャープさを持つ頭脳明晰な人物。
私のような者で務まるのかと思いつつ、最終的にはこのような機会はそうあるものでもないし、何より彼のことをよく知っているわけだから、そこを強みにすれば何とかなるか、ということで引き受けることにしました。さすがに、2日前に、ハーバードのファカルティハウスで、ささっと打ち合わせをしました。

当日は開始の4時半前になっても表れずスタッフはやきもきでしたが、私はまぁ、彼ならぎりぎりに来るだろうと思っていたので、特に心配せず(笑)。
会場は満席。スタッフが追加の椅子を出してくれましたが、それでも入りきれない人が続出の満員御礼状態。
会場が落ち着くのを待っていたら、始められないだろうと思って、見切り発車で始めました。

まぁ、役目はそれなりにこなして、要所でつっこみも入れたり、笑いもとったと思うのですが、聴衆として聞いているのとは違って、細かいことが思い出せない...。
でも、会場の空気がピンと張りつめていて、彼の話しを食い入るように聞き入っている聴衆の、静かながらも熱いパワーを感じました。

ジュノは6歳の時にドミニカ共和国から、ニュージャージー移民して来たドミニカ系アメリカ人。
話しを聞きながら、頭に浮かんだのは、彼は二つの国だけでなく、様々な境界を軽々と越境出来る人なのだということ。

米国における「知性の最高峰」にあり、最も洗練された文章を書く作家の一人と言われ、ピューリッツアーの選考委員もつとめているものの、話す時には挑発的なストリートの少年のようなスラングを連発し、また、スターウォーズなどの映画やゲーム、ポピュラーカルチャーが大好き。テレビ番組にもやたらと詳しい(笑)。

質疑応答では、話しが米国の人種問題、教育や芸術批判などに向かい、人によっては、彼の直球ストレートな話しに、居心地の悪さを感じた人もいるのではないか、とやきもきしたり。
それでも、彼が素晴らしいのは、挑発的で、人の心を深く見透かし、落ち着かなくさせるような、反骨精神を持ちつつも、作品では、それらを全く別の次元に昇華させ、普遍化し、豊かで洗練された美しい表現で物語を紡ぎ出し、人の心を深くゆさぶることができることなのだと改めて思った。

驚いたのは、6歳で移民し、洗練された言葉で、素晴らしい作品を書く彼なのに、未だに英語を完璧に操れていないと感じているということ。
だからこそ、逆に、表現に敏感になるのだということも。

私の場合は、大人になってから米国に住んだということもあり、この点に共感を覚えて「毎日、左手でテニスをしているような感覚なので、よくわかる」と言ったところ、後から、ボスに「あなたが?本当にそうなの?そんなこと全く考えたこともなかった!」と驚かれて、こちらのほうが驚いた。私もジュノのことをそう思っていたのだから、仕方がないのかもしれないけれど、人を大きく分ける方法がいくつかあるとすれば、一つの言語・文化だけで生きている人と、そうでない人に分けることもできるのかもしれない。

実は私が最初に外国に住んだのは80年代のカナダのバンクーバー。特に香港からの移民が多かった時期。その時に、最も理解困難だったのがまさに「移民」。
ふたつ以上の言語・文化に住むことはどういうことなのか、その後、再訪して取材やインタビューをしたものの、結局まとめ切れずに挫折した苦い経験が(汗)。

日本での「国際化」の議論を聞くと、日本人が海外に住んで活躍すること、的な議論が多く、他の意味での「国際化」の視点がなかなか出て来ないのが気になります。今、世界に何億といる、二つ、あるいはそれ以上の「世界」で生きる人たちというのが、どのようなものであるのか、ということが、理解されていないのではないかと、久々に思い直し、またこのテーマへの興味がむくむくとわき上がってきました。しかも、今、私自身が米国に長く住み、ふたつの言語と文化で生き、また、米国生まれで日本人の親を持つ子供がいる立場にもなっていることも、別の視点を与えてくれている気がします。

ともかく、イノベーションは「周縁」から立ち上がるもの。まさに移民であるジュノは、彼の卓越した知性と努力で、二つの世界を行き来し、それを表現に落とすことができる希有な存在で、まさに文学界にイノベーションを起こしたのだ。

彼の話しは大好評で、多くの人の心を深くゆさぶった模様。
途中、はらはらする場面もあったものの、自由な心を持つ人なら、そこから学ベるものなのだと感じた。
彼の小説も、話しも、結局は、それぞれが自らの度量を試される、踏み絵のようなものなのかもしれません。

私の直前の思いつきで、対談を録画したのが幸いで、近くハーバードのサイトで公開されることに。詳細は追ってお知らせいたします。

実は、対談の締めに彼に敬意を表す為の一文を用意したのですが、時間が過ぎたところで、彼が勝手に会を終えてしまったので、話す機会を失ってしまったのですが(涙)、私のボスがいたく感動してくれて、フェロー仲間にメールでシェアしれました。よろしければ、ご笑覧ください。

____________

Last fall, I saw a homeless man near the Porter Square T
reading a book very seriously.
A few seconds later, I noticed that was your Pulitzer award wining book.

I couldn’t help approaching to him and told him that
actually the author is my writing teacher.
He said to me “you are very lucky” with a warm smile.

I have the deepest respect for Junot,
both as a writer and teacher.
In fact, whenever I see that one of his books
has not been properly put back
on the shelf of the bookstore,
I make sure to put it back
where the customers can see it.

Or, I have to confess that
I also take his books off
one of the higher shelves and
moved them to one of the tables.

I simply want others to experience the vivid world he paints so brilliantly.

I hope you will join me to do the same.
________

(c) Akiko Sugaya



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2 コメント

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謝辞! (Celi-Hanna-Mia)
2012-09-28 05:08:56
謝辞、使う機会を失ってしまって本当に残念でしたね。茶目っ気もあり、簡潔にして師匠を如何に尊敬しているかも十二分に伝わりました。
私もこんな感じのステートメントが書ければ、話せればなあと思いました。

残念ながら、ジュノさんは存じ上げませんでした、というか英語の小説を読む習慣がありません。これは学生の頃英語の授業でカポーティなぞ読まされたためかもしれません。まあ、先生の授業が人気なく、そのクラスは少人数で直ぐに順番が回ってきて、毎日のように単語調べに明け暮れていたので、後遺症なのかもしれません。
英語は、仕事でも社会人学生の身としても、医学系の論文にどっぷりです。でも、医学系論文は分かり易さが第一、テクニカルタームと背景の知識があれば、とても読みやすいです。学生としては、生物統計の分野に手を出して、論文にはしばしば数式やら統計ソフト関連のことも登場しますが、英語の小説よりは理解できる自信があります、なんて。
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日本語訳も! (Sugaya)
2012-09-28 23:03:46
コメントありがとうございます。ジュノの本は、ご興味おありでしたら、翻訳も出てきます。新著も日本語訳がでることを期待しているところです。http://amzn.to/g3bunb

これからもよろしく御願い致します!
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