見出し画像

読書の森

おかしなストーカー その1

最近作った創作blog『おかしなストーカー』ですが、あまりにも、、と思ってお蔵入りにしました。
が、適宜添削後、お恥ずかしいですが再び日の目を浴びさせます。
ご笑覧くださいませ。

かなり古い貸ビルの中の、さっぱりしたと言えば聞こえは良いが、ファイルが並ぶスチール棚、椅子とテーブル、Fax、パソコン、壁にかかったデジタル時計、ネットのリサイクル販売で入手したモノの他、めぼしい家具のない狭い一室、それが始めたばかりの岡探偵事務所だった。

ある昼下がり、誰もの寄りつかなかったこの事務所に、初めて訪れた客がいた。
それは、一見如何にも冴えない老女だった。


(上客じゃない。亭主の浮気調査をしてくれと訳の分からない悪口を並べるだけのクライエントもいるらしい。適当にあしらった方が良いだろう)
無愛想な表情を隠そうとせず、岡晴夫はその客に向かった。


上質のカシミヤだろうが、時代遅れの型のコートを脱ぎもせず、これも時代遅れのバックスキンのバッグを握りしめている年齢不詳の女。
足取りから老女と見えるが、化粧気のない顔はどこかあどけない表情を浮かべている。

服装と女性の持つ雰囲気がひどくアンマッチでおかしな印象があった。
白髪混じりの髪をまとめてシニョンに結っている。それが全然似合わないので美容院に行く金が無いようにも見える。
左手の中指に本物であればかなりの値打ちのダイヤの指輪をはめているが、節くれた指に全然似合っていない。

(ともあれこの探偵事務所の初めての客だ。LINEで変な噂を流されたら大変だから、丁寧に応対しなきゃな)

、、、、

岡は一流と言われる大学を出て一流と言われる商事会社に入社したところまでは、絵に描いたようなエリートコースに乗っていた男だった。
ところが、某国向けのプロジェクトをめぐって上司に直接反対意見を出した結果、北海道支社出向を命じられた。

ホイホイと持ち上げられるのに慣れていた彼はこの人事を自分に対する酷い侮辱だと受け止め、翌日その上司に退職届を出してしまった。少しは慰留されるかと思っていたのが甘くて、上司はもの柔らかな態度を変えずにスッと受理した。「ご苦労様でした。一応退職日の1カ月前に届けを出す事にはなっている。その間特別休暇をあげてもいいんだが」

同僚は知らんふりをしてパソコンの画面を見ていた。再び耐えがたい屈辱に襲われながら、岡は表面上ありがたそうに、休暇を申し出たのである。

「お前、奴に嫌われてたの全然分かんなかったんだな。そう言うの率直と言わずに空気が読めないバカってんだよ。理屈が通る通らないじゃない、まず相手の意向をよく理解して、理解したフリでも良いのさ、自分の立場よくするのが先決だ」
「無理が通って道理が引っ込むか」
「違う、側から聞いてるとお前が相手の話聞かずに自分の意見を喚いてる、と聞こえるよ。世間知らずすぎる」
「俺が偉い立場だったら反応は違うだろ」

顔を真っ赤にして怒る岡を見た同僚は呆れて立ち去ってしまった。
一旦出した退職届けは撤回できない。
おまけに威張り腐った危険な男とい噂が伝わって、再就職もままならない。

「自業自得だ、まず再就職を決めてから退職すべきだ」と彼が気づいた時は、彼の少なからぬ(筈だった)預金が大幅に減っていた!
生憎、その頃から世界中でコロナ禍に見舞われ、海外貿易の障害となって彼の得意の語学など役に立たない時代がきた。
エリートサラリーマン時代とは打って変わって荒廃した自堕落な日々が待っていた。
「このまま金が減っていけば、ひょっとして今に飢え死にするかも」
青くなって、なんとか収入を得る為に彼が考えたのが、探偵事務所を開く事だった。
岡は、法科を出て一応の法律知識がある点と探索して動き回る事が好きだった。かなり安易な理由であるがこの際仕方ない、と思った。

しかし、、、彼がひそかに期待してる金持ちの人の良い夫人など訪れるわけもない。
個人情報を知られたくないから目立たない事務所に来る可能性がある、と甘く見て開いた岡探偵事務所はあまりにも貧弱過ぎた。
暇で暇で、探偵事務所の借り賃が払えるかどうかの瀬戸際だった。

この客は彼がいかにも貧弱な若い男であるのを全然気にしてない。
あたかも親戚の子に昔話を語る形でお喋りを始めたのである。


「私は」、水谷雪と名乗る彼女は「東京オリンピック、と言ってもこの前のじゃないわよ。1964年のよ、の年に中学生だったの」
と自慢そうに言う。
「はあ、お若く見えますですねえ」

「そう言うことじゃないの」
「、、、」(じゃあどう言うことだ。このババア)
「日本全体希望に満ちてた時代、私も同時代の人も希望に満ちてた」
「良い時代でしたね(早く本題に入りやがれ)」

「実はその時の同級生がね、私のストーカーをしてるみたいなの」
!?
岡は改めて老女の顔を凝視した。
前よりイキイキした表情が、ひどくおぞましく思えた。
(ホントに婆さんだよ。1964年に13歳以上という事は少なくとも70は超えてる。それがストーカーだってさ。色キチガイか?)


と、その老女は岡を睨んだ。
「いやらしい、って考えられたみたいで心外ですけど」
「いえ、決してそんな意味じゃなくて」
ドギマギとなって彼は答えた。
「つまり、今その人は何をしてる人か、どうしてストーカーと言えるのか、疑問だと言うことでしょう」
(人の話を先取りして思い込み強そう。俺より上手だ)
「そう言う事でございます」(これって独身か、相手は家庭があるの?逆ストーカーと違う?)

岡は努めて感情を押し殺した声を出した。


ランキングに参加中。クリックして応援お願いします!

名前:
コメント:

※文字化け等の原因になりますので顔文字の投稿はお控えください。

コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

 

※ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

  • Xでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

最新の画像もっと見る

最近の「創作」カテゴリーもっと見る

最近の記事
バックナンバー
人気記事