驚いたのは、この6月、小学生や中学生が校庭で体育の授業中に熱中症で倒れたというニュースです。体力の衰えというより日差しの成分に問題があるのではないかと考えてしまいます。
1970年代以前に子供時代を送った方、最近の春夏秋、昔に比べて、単に温度が高いというだけでなく日差しがむき出しのキツさらだと思われませんか?
植物が育つのに日光は欠かせないものですが、柔なものは日差しが強過ぎると焦げて火傷した状態になるのではないかと思います。
ブロ友さんの何人かが、植物が枯れ易く代わりに熱帯生まれの植物の勢いが強くなってる、と書かれてます。
地球温暖化の原因の一つにフロンガスが大気中のオゾン層を破壊している事があるそうです。
このフロンの正体は?とネット検索したところ、1920年代アメリカの科学者が開発した化学物質で自然界で出来たものではありません。
写真の文豪芥川龍之介の自殺の記事、彼自身が遺書で書いた自殺の動機を見ると、現代に通じるものはあります。
上の写真に太宰治が妻に宛てた遺書の言葉「お前を一番愛してた」が載ってます。奥様の死後見つかったものだそうです。
これは生垣の中で逞しく(逞しすぎで)生きるヘクソカズラであります。
このフロンの正体は?とネット検索したところ、1920年代アメリカの科学者が開発した化学物質で自然界で出来たものではありません。
無味無臭無毒不燃性で、冷却作用に優れ、20世紀半ばから冷蔵庫などに爆発的に利用されてます。便利だし安価だし、メーカーにとって願ってもないものであります。
しかし、この有難い物質はとんでもない害が有った。
それがオゾン層の破壊です。科学的に実証された時、心ある科学者はこぞってこの普及に反対したそうですが安くて直接害の無いフロンは使われ続けられたのです。
人の便利な暮らしを守る為、人の努力によって作られたものが、人の暮らしを破壊するなんて、矛盾した残酷な真実です。
気がつけば今の時代、私たちはこのどうしようもない矛盾に取り囲まれて、それでも生きてます。
人はより便利に生活をする為に生きているのでしょうか?
人は何の為に生きるか、を逆に考え何故自ら死ぬのかを探ってみました(止せばいいのに)。
写真の文豪芥川龍之介の自殺の記事、彼自身が遺書で書いた自殺の動機を見ると、現代に通じるものはあります。
「我々の行為するように複雑な動機を含んでいる。が少なくとも僕の場合はただぼんやりした不安である」遺書の抜粋です。
一体女房とまだ幼い子供(3人)残して突然死ぬのに、私には格好ばかりつけたエゴイストとしか見えないのですが。この後追い自殺者がいっぱいいたのは、戦争に向かう時代の不安でしょうか?
ただ芥川の自殺の原因に体調不良、不眠、仕事の行き詰まり、親族の死によって合計17人分の生活を看る必要が出てきた、という事があるそうです。
それなりに分かるものがあります。
上の写真に太宰治が妻に宛てた遺書の言葉「お前を一番愛してた」が載ってます。奥様の死後見つかったものだそうです。
他の女に子供産ませて、さらに別の女と心中した破廉恥な男の言える言葉かと思いますが、これも彼の本心らしい。
もっともその時彼は死病(重い結核)を患いかつ小説が書けない状態だったようです。
自殺とはかなり無責任な行為です。多くの人が迷惑する。
それでも古今東西自殺する人はなくなりません。
この自殺者の共通点は「追い詰められた状況」だと私は思います。「これ以上行き場がない、死ぬしか無い」と思ってしまう。
しかし、人はわざわざ自分で死ななくても、いつかは人生の終わりがある存在ですが。
これは生垣の中で逞しく(逞しすぎで)生きるヘクソカズラであります。
自衛手段でしょうか、折ると耐えられ無い臭い匂いを出します。
植物は当然痛痒は感じてない。
植物は自然界や周辺環境によって生死繁殖の仕方が変わります。
人間界の動きに非常に敏感であります。公害や伐採などへの反応が敏感です。
生き残りは何故か喜ばしくない雑草。
つまりずうずうしい植物が生き残るようであります。「何の為に生きるか」など考える事はあり得ません。
人は「何の為に生きるか」と考えられる故に自殺行為に移ってしまうのかも知れません。
単に自殺でなく、結局自滅してしまう公害の元、戦いの元を人が作るのも私には自殺行為と思えます。
こじつけが過ぎたblogで申し訳ありません。
熱帯夜が続いて少々頭がおかしいようでございます。出直さねばなりませんね。