本日のblogは以前作ったフィクションを添削したものです。何の政治的社会的意図もございません。
面白い読み物と思っていただき憂世を一瞬忘れていただければ幸いです。

戦争の足音が聞こえてきた昭和16年、田所志乃は新進気鋭の女流作家だった。
もっぱら乙女の友情、家族愛、愛国心を描いて、当時の女学生の人気を集めた。
女流作家の珍しい時代で、如何にも可憐な志乃の容姿もあいまって、スターのように扱われたのである。

彼女がB新聞の取材を受けたのは、その年の秋の初めだった。
取材した記者の野々村和人は、女流作家というにはあまりにも初々しい志乃に強く惹かれるものを感じた。
志乃も、女性と見て侮る事のない野々村の礼儀正しい態度に好感を持った。
話が弾み、文学談義に花が咲いた時、お互いに心が溶け合うものを感じた。
野々村はその後も、新作の取材を口実に杉並の志乃宅を訪問した。
回を重ねる内に、二人は離れがたい思いを持つようになったのである。
野々村は早くに妻帯している。
志乃は20歳、独身である。
二人の恋は世間では背徳行為になる。深みにはまれば志乃が社会的に抹殺される事は目に見えている。
二人は苦しみながら互いの想いを抑えられずにいた。
いつからか、二人の仲が噂となり、志乃の小説の売れ行きはピタリと止まった。
野々村が上海支局に配属されたのは、それと同時期である。