薄曇りの空に一条の光が射してきた。
「日差しが暖かそうね」
咲良は徹の返事を待たず、美味しそうにスープを口に運んでいる。
公園内のレストランで二人はランチを食べた。
徹はとても食事が口に入れられない気分だった。
しかし咲良の奨めるキャベツのスープは喉を通った。
キャベツは不思議に優しい味がした。
「うまいよ」小声で彼は言った。
「良かった。食欲ないときは喉を通るスープがいいわね。実は私の作ったスープもね、結構友達の間で評判いいのよ」
咲良はちょっと眩しそうな目をして呟いた。
自分の家庭的な面を前面に出さなかった彼女にしては珍しい言葉だった。
別れの前に確かな約束が欲しい事が分かりすぎる分かる率直さだった。
「咲良!」
「はい、なあに?」
徹は一呼吸置いてから声を出した。
「咲良とは仙台へ旅行に行ったとき知り合ったんだよね」
今更何だと咲良の目が言っているのを徹は無視した。
「その時お互いに自己紹介した。出身校や会社名も正直に答えたよね。俺は所謂一流のコースを歩いていた男だ。
もし、その時俺の肩書が全然違っていたら、咲良は俺と付き合う気になったかな」
咲良は直ぐにあっさりと答えた。
「なったわ」
驚いて見つめる徹の目を咲良は邪気のない目で見返した。
「徹って私史上一番イケメンなの。今まで徹ほど素敵な男に出会った事なかったのよ。
会った瞬間からそう思ったの。話してたら猶更好きになってくるの。好きで好きで困ってしまうの。
でもそれとは別に、好きな人がいい会社に入ってるのに越したことはないけどね。」
「ちょっと、止めろよ」
こんな事態にも拘らず、徹は吹き出しそうになった。
そして辺りをキョロキョロ見回した。
レストランの中はまばらで見る人もいなかった。
徹はやっと救われた思いがした。
こんなに真っすぐに自分を賛美し信じ込む相手に徹は会った事がない。
彼はいつも屈折した人間関係を渡ってきたと思う。
殺してしまった妻とも装い続けた夫婦生活だった。
思わず涙ぐみそうになるのを、徹は欠伸をする振りをして隠した。
この女をこれ以上騙し続けたくない。
その為にも自分から逃げる様に死んではいけない。
ただし独身のイケメン、猪口徹は事故で死ぬ、二度と帰ってこない海外出張をするのだ。
そして、妻殺しの犯罪者猪口徹は明日警察に出頭する。
会社はおそらくこの事件を隠そうとするだろう。
それに乗じて、土下座してでも真実がこの女に届かないようにしてもらいたい。
そんな虫の良い考えを巡らしながら、徹はレストランのガラス戸を見た。
入口の桜の蕾は硬いままである。
「本物の桜は未だ見ることができなくても、咲良を見てればいい」
徹は明るい声を出した。
「いやだ、それこそ止めてよ」
咲良の頬がぱあっと赤く染まった。
別れが辛いなと徹は思った。
辛いくせに、ひどく穏やかで優しい気分だった。
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