浩二は一人前を歩いていく。
後ろで見つめる由紀子を充分意識しながら、休むのに適当な店を見つける積もりだった。
由紀子は浩二の広い背中を目で追っていた。
彼の背中も彼の個性的なマスクもその指先までもが好きだった。
もどかしい感情を決して口に出せなかった。
弥も涼子も二人の恋を知っている。
知ってるがこの4人の均衡を壊して欲しくなかった。
弥は由紀子に、涼子は浩二に異性として惹かれている。
新入生の春、大学のキャンパスで知り合ってごく親しい仲間になって以来だ。
古里を離れた4人の東京での古里がこの仲間である。
だからこそこの危うい関係が進展して欲しくない。
風呂の無いトイレと台所は共同の貧乏下宿で生活して、アルバイトをしながら毎日を送る。
お互いの傷を労って舐め合う関係は居心地が良かった。
無事就職出来るまで、絶対抜け駆けは止そう、というのが暗黙の了解になっていた。
由紀子と浩二は、二人だけに通じる暗号のような心の触れ合いを、楽しむより苦しんでたと言っていい。
「この道」はその狭い路地の中央にミカン色の燈で迎えてくれた。
浩二はそれを見上げた。
由紀子も吸い込まれるように見つめた。
「この道はいつか来た道」
彼女はふと幼い頃歌った童謡を思い出した。
浩二と目が合うと浩二が笑った。
「ここで休むか?」
その浩二の提案を弥が壊した。
「俺は飯が食いたい。別の場所にしよう」
こうして4人は「アカシア」に入った。
(続く)
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