稀衣は、日頃パソコンのセキュリティ管理をマニュアル通りしてきたし、危険なサイトを覗いて見た事もない。
彼女は即プロバイダーに連絡をとって解決策を聞いたが埒が明かなかった。
狭い部屋の中で反応の無いパソコンに長時間向かっていた稀衣は得体の無い恐怖に襲われた。
「誰かに狙われている。それも大がかりな組織に狙われている」
唐突な思いがわき、マメに登録しておいた個人情報を知られている危惧が深まった。
「誰かに狙われている。それも大がかりな組織に狙われている」
唐突な思いがわき、マメに登録しておいた個人情報を知られている危惧が深まった。
お喋りできる友人はいるが頼りになる縁者もなく、収入の道が途絶える今、不安に駆られた彼女はパソコンの操作の問題や機能の不完全さを冷静に分析する余裕がなくなってしまった。
正社員でない彼女に取り敢えず失業保険で賄う道は無いのだ。
母の残した僅かな遺産と、自分の貯金、それだけがある。
母の残した僅かな遺産と、自分の貯金、それだけがある。
稀衣は深い憂鬱感に襲われてしまった。
斉木店長の温情(というより暗い表情の稀衣を同情して処遇に疑問を持つ事を恐れて)で彼女は残りの日々、特別の有給休暇を与えられている。
斉木店長の温情(というより暗い表情の稀衣を同情して処遇に疑問を持つ事を恐れて)で彼女は残りの日々、特別の有給休暇を与えられている。
する事も無いまま学生時代から使用しているベッドに横たわって、稀衣はただゴロゴロしていた。
家の中ばかりに居るとやたらに隣室が気になってきた。
洗濯物を干しにベランダに出ると、最近引っ越してきた隣りの中年の夫と目が遭う。
この男病気療養中で、妻を務めに出して一日中家にこもっているらしい。
この夫の痩せた蒼い顔、陰険そうな目でジッと見つめられると、稀衣は肌が泡立つ気持ち悪さを感じた。
独身の彼女に変な興味があるのかと思える。
又、毎夜隣室と隔てる薄い壁から伝わる音は嫌でも稀衣の耳に響く。
疲れて帰ってきた隣室の妻はひどく機嫌が悪い。
それを宥める男の声やうめき声で、妄想がわいて稀衣は不眠症になった。
「眠れない!静かにしてください」
思わず悲鳴を上げた稀衣に対して、ドスンと激しく壁を叩く音がした。
「人間、収入の当てが無いと常軌を逸するものだ」稀衣はひどく惨めになってきた。
移転したくても資金が無い、鬱鬱と過ごす彼女にある日突然遺産相続の話が舞い込んできたのである。