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読書の森

分かりたくない 最終章



5月の終わり、忙しく働く伸一の下に美梨からの手紙が届いた。

薄く白い便箋に書かれた内容はあっと驚くものだった。



若葉の香る季節になりました。
お元気でご活躍の事と存じます。
狭山様に対する先日の失礼な振る舞い、心からお詫び致します。

短い間でしたが、「いづみ」で狭山様とお話し出来た時が私の青春でございました。

主人は非常に私を大事にしてくれます。
自分には過分な生活をさせてもらっているという意識はあります。
私は主人は男らしく頼り甲斐のある人と思っております。
しかし、「愛してる」と言えないのです。

私は主人が好きです。
しかし、主人は私が積極的に愛するのを許してくれないのです。
全て主人のペースで愛されてるという感覚しか持てません。

監視されてる事に気付いたときに酷い幻滅を覚えました。

私ももう50を過ぎております。
いつまでも子どものように無邪気でいる筈もありません。



正直申します。
久しぶりのメールで狭山様からいつも通りの長閑なお返事が来た時、「この人の所に行きたかった」のだと思い込んだのです。

後はご存知の通りです。
何だか、優柔不断な頼りない女のままでなに一つ本当の事は言えませんでした。

誤解なさらないで下さい。
これはお別れの手紙なのです。

主人が初期ではありますが癌を発症した事を知りました。
主人の様子を見て不審に思い医者に確かめたのです。

本当に勝手だなと自分でも呆れましたが、その瞬間主人に対する愛情が湧き出てきたのです。

一生懸命働いて、頼りない妻を養って自分一人で何もかも背負って傷ついただろうなと、しみじみ愛しいのです。

主人は今も精力的に働いています。
私は何も気づかない振りをして、主人の身体に良い食事を作る他は、彼にコントロールされる妻を演じています。

愛されてるという実感より愛してるという実感の方が、どれほど人を元気にしてくれる事でしょう。
今の私にとって主人は何も替え難い人です。

狭山様、わざわざ出さなくてもいい手紙を送るのをお許し下さい。
かって私は真っ白い心であなたが好きでした。
それだけを伝えたかったのです。

どうかお元気で、そしてお幸せに!

狭山伸一様
青山美梨



伸一はぼんやりと空を眺めて呟く。
「女の心なんて分かりたくなかったのに」

美梨はやはりどうしようもなく鈍感で自分の事しか考えない女なのだろうか?
伸一の気持ちを配慮すれば決してこんな手紙は出さないだろう。

伸一は首を振った。
違うのだ。
追伸にあるようにこの手紙を破棄してしまっても、手紙を出した事によって二度と二人は会えないだろう。

伸一を自由にする為に彼女はこの手紙を出したのではないか。

あくる日、竈の炎の中に崩れていく手紙を見て、伸一はこの夏昔の友達と会おうと思った。

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