読書の森

ずっとあなたが好きだった

窓の外は生暖かい6月の雨が降る。
学生街の喫茶店は冷房が効いているのに、若者の醸し出す熱気で暑い。

和人はぼんやりと人の流れを見ている。
大学を出てから、30年経つのに少しも変わらないと思いたい。
建物も人も近代化し、ひどく美しく変わっているのに、自分の心の目が思い出の学生街に見せている。

目の前に女性が立っていた。
一瞬錯覚かと思ったほど、昔のままの彼女がいた。
30年間思い続けた女、葵はふっくらとした笑顔を見せていた。
目じりの深いしわも、髪に目立つ白いものも、あの頃には無かった。
それなのに、ぴちぴちと若々しい20の葵が和人の目には見えた。

葵は学生時代からスターだった。
本物のスターである。
アイドルの癖にクラスでは目立たなかった。
ダサい恰好をして、野暮な黒縁のめがねをかけていた。

しかし、和人は知っている。
夏の海辺で真っ白な水着に身を包んで一緒に泳いだ葵を。
小さな島の民宿で有志で研究会をした時、なんと葵も参加したのだ。
どこかに屈託を抱えていたのか、疲れた様子だったが、和也は夢心地だった。

意識しないで選んだのだろうが、葵の水着は水に濡れると透けて見えた。
夜、和人は何度も自分の欲望と戦わねばならなかった。
どうにも手が触れぬ事の出来ない自分がもどかしかった。
いつか、きっと葵を妻にしよう。
その為に金が欲しい。

灼熱の夏休みが過ぎ、和人は教室で葵を見るのを心待ちにしていた。
しかし、待て度暮らせど葵は姿を見せなかった。

そして、衝撃的なニュースが入った。
葵は自分を弄んだ妻子ある男を殺したと言う。
清純なイメージが一気に消え、スキャンダラスなニュースが世間を騒がせた。
「嘘だ、葵は不倫や殺人を犯す人間ではない!」

和人は署名を集めた。
日頃の努力家の葵を知る学友はこぞって署名をし、若いファンもマスコミに怒りをぶつけた。
優秀な弁護士が付いて、葵は犯されそうになった男から逃れるために、男ともみ合いになり、気が動転して男を刺したという状況が提示された。

葵は正当防衛としての無罪にこそならなかったが、情状酌量されて執行猶予のついた非常に軽い刑に服した。
しかし、大学には二度と復帰することなく、それっきり消息を絶ったのである。

(続く)


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