「五月雨の 降残してや 光堂」
松尾芭蕉が、中尊寺で詠んだ句です。
「光堂」とは、国宝「金色堂」のことを指します。
この金色堂、金箔張りの豪華極まりない仏堂なのですが、建てられた当時は雨ざらしだったとか。
けれども、芭蕉の時代には「覆堂(おおいどう)」というものが外側に出来ています。
ですから、実際には雨露がお堂に掛かったりはしなかったはず。
まあ、俳句ですから、イメージの世界ですね。
おまけに今ではガラス張りにもなっていますから、空調設備も完璧。
湿度までコントロールされていることでしょう。
僕は2回目ですが、ここはホントに見事です。
もちろん、お堂そのものも見事。
それに加えて、奥州藤原氏4代の遺体が安置されているという事実も、これまたすごいことです。
奥州藤原氏を描いた小説、高橋克彦の『炎立つ』を読んでいると、何やらしびれるものがあります。
撮影禁止なので「金色堂」の写真は載せれませんが、それはそれ。
実際に見に行く価値は、十二分にある場所です。
で、何となく撮っておいた写真がこれ。
「何となく」というのは失礼なんですけどね。
一応、こちらが「本堂」です。
松尾芭蕉が、中尊寺で詠んだ句です。
「光堂」とは、国宝「金色堂」のことを指します。
この金色堂、金箔張りの豪華極まりない仏堂なのですが、建てられた当時は雨ざらしだったとか。
けれども、芭蕉の時代には「覆堂(おおいどう)」というものが外側に出来ています。
ですから、実際には雨露がお堂に掛かったりはしなかったはず。
まあ、俳句ですから、イメージの世界ですね。
おまけに今ではガラス張りにもなっていますから、空調設備も完璧。
湿度までコントロールされていることでしょう。
僕は2回目ですが、ここはホントに見事です。
もちろん、お堂そのものも見事。
それに加えて、奥州藤原氏4代の遺体が安置されているという事実も、これまたすごいことです。
奥州藤原氏を描いた小説、高橋克彦の『炎立つ』を読んでいると、何やらしびれるものがあります。
撮影禁止なので「金色堂」の写真は載せれませんが、それはそれ。
実際に見に行く価値は、十二分にある場所です。
で、何となく撮っておいた写真がこれ。
「何となく」というのは失礼なんですけどね。
一応、こちらが「本堂」です。